勝田車両センター
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勝田車両センター(かつたしゃりょうセンター)は、茨城県ひたちなか市にある東日本旅客鉄道(JR東日本)の車両基地である。同社水戸支社の管轄。
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[編集] 構内
常磐線に沿うように設けられ、本線側より1番線から19番線の着発線が並ぶ。14番線から18番線は検修庫内に通じており、交番検査などの際には主に14番線から16番線が使用される(要部検査や全般検査は郡山工場で行なわれる)。17番線は編成より分割された車両が置かれている事が多い。18番線の検修庫内には車輪の研削機が設置されており、水郡線営業所の車両も来ることがある。19番線は着発線の中でも特に短く、かつてクモヤ443が配置されていた頃は同車が使用することが多かった。
[編集] 配置車両の車体に記される略号
「水カツ」…水戸支社を意味する「水」と、勝田を意味する「カツ」から構成される。
[編集] 歴史
[編集] 配置車両
以下は2009年(平成20年)4月現在の配置車両である。
[編集] 旅客営業用車両
- 485系電車
- 臨時列車用の6両編成・4両編成各1本(10両)とジョイフルトレイン「リゾートエクスプレスゆう」の6両編成1本計16両が配置されている。
- かつてはボンネット先頭車を連結する訓練車が配置されていたが、鉄道博物館への静態保存のため郡山総合車両センターに回送後、鉄道博物館へ移送した。
- E653系電車
- 基本編成の7両編成8本(56両)と付属編成の4両編成4本(16両)の計72両が配置されている。
- 特急「フレッシュひたち」で運用されている。
- E501系電車
- 基本編成の10両編成4本(40両)と付属編成の5両編成4本(20両)の計60両が配置されている。
- 1995年12月1日の営業運転開始当初は、常磐線(上野~土浦間)の普通列車で運用されていたが、2007年2月21日をもって同区間での運用を一旦終了した。
- 2007年3月18日のダイヤ改正以降は常磐線土浦~草野間と水戸線の普通列車で運用されている。それに伴い各編成にトイレが設置された。なお、ダイヤ改正に先立ち付属編成は同年2月27日から水戸線および常磐線友部~勝田間で、基本編成は同年3月17日に翌日からの車両送り込みを兼ねて土浦~いわき間での営業運転を開始し、その関係で同日には上野駅発着の列車にも運用された。
[編集] 事業用車両
- E491系電車
- 電気・軌道総合検測車で、「East i-E」の愛称がある。3両編成1本が配置されている。
[編集] 貨車
[編集] 過去に配置されていた車両
- 急行「ときわ」「つくばね」に使用された。1963年10月1日の仙台運転所開設前までは東北本線の急行列車(みやぎの、青葉、松島、あぶくま)も受け持った。
- 485系は現配置車両であるが、1世代前の483系も使用された。特急「ひたち」「あいづ」などに使用。
- 1989年頃にサロ183形の1051と1054の2両、サロ189形の51-53の3両が配置されていた事がある。この車両は特急「ひたち」号のモノクラス化の際に必要となるサハ481形300番台への改造種車として転属して来た車両で、郡山工場にて改造後に使用が開始されている。2000年頃までに全車廃車。
- 401系は取手-勝田間の交流電化時、403系は水戸線電化時に合わせ投入された。2008年度内に最後の1両であるクハ401-51が廃車され、401系・403系列は消滅。
- 2008年3月の時点では、普通鋼製車両(403系・415系)が、7両編成20本(140両)と4両編成20本(80両)の計220両配置されていた。これらは2007年3月17日をもって定期列車としての運転を終了し、同月23日の水戸 - いわき間での「さよなら運転」をもって旅客営業運転を終了した。営業運転終了後は解体まで大宮総合車両センター車両検査科東大宮センター・高萩駅・勿来駅・草野駅などの電留線に留置されていた。
- 廃車となった普通鋼製車のうち4両編成2本と1500番台車の4両編成1本の計12両がJR九州へと譲渡された。この他の1500番台は保留車が出ているものの、18編成が現在も使用されている。
- 回送車両などの牽引車および伴走車としてクモヤ441-2と-5が2両配置されていた。2003年に廃車。
- 1975年に登場した交直両用電気検測車。クモヤ443-1とクモヤ442-1の2両で編成を組み、架線検測・信号検測を行なう。E491系に置き換えられ2003年に廃車となった。
- 1994年に登場した試験電車。TRY-Zの愛称が付けられ各種試験を行い1999年に廃車。同車の試験のため区内では「TRY-Zプロジェクト」チームを発足し技術、開発支援を行なった。
- 平(現・いわき)電化に際して1963年に新設計の交流機関車であるED75形が投入された。その後、内郷機関区へと転属し配置は無くなった。
- 1967年に2次型として登場した51号機から63号機までが集中して投入された。後に内郷機関区と田端機関区(現・田端運転所)へと転属し配置は無くなった。
[編集] 参考文献
- 「鉄道ファン」1995年5月号など
- 「(国鉄型車両の系譜シリーズ)形式455系」(イカロス出版)
- 「(国鉄型車両の系譜シリーズ)形式415系」(イカロス出版)

