中川

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中川
中川 2004年3月2日撮影
吉川市と越谷市の境
水系 一級水系 利根川
種別 一級河川
延長 83.7 km
水源の標高 -- m
平均流量 -- /s
流域面積 286.2 km²
水源 埼玉県羽生市
河口・合流先 東京湾江戸川区
流域 埼玉県茨城県東京都
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中川起点の碑(羽生市東7丁目)
新中川(左手)との分流地点
綾瀬川(左手)との合流地点

中川(なかがわ)は、埼玉県および東京都を流れ東京湾に注ぐ一級河川利根川水系の支流である。上流を島川、中流を庄内古川と呼称する場合もある[1]

地理[編集]

埼玉県羽生市街地の住宅地の中に源を発する。宮田落(農業排水路)が葛西用水伏越で潜った吐口に起点を示す石標がある。源流付近では農業排水路から繋がる河川そのままの細い流れだが、小さな用水路や小川を集めて幅を広げて、幸手市付近では川幅約70mにもなるが、幸手放水路の分岐により一度川幅が3分の1以下になる。この幸手放水路は洪水対策で設けられたもので、関宿橋北側で中川の水を江戸川に放流している。

江戸川の西側を平行して南へ流れ、春日部市国道16号地下を流れる首都圏外郭放水路に接続(この放水路へは増水時に通水する)、越谷市付近で新方川元荒川を合わせると再度川幅が広くなり幅約100m程度になる。葛飾区内で新中川を分ける。海から約8kmのところで綾瀬川を合わせ、以後は荒川と接しながら並流。河口付近で荒川と合流する。綾瀬川が合流する地点には水門が設けられている。最下流部の江戸川区東小松川には現在では全国唯一の河川水面の競艇場である江戸川競艇場がある。

水元公園の小合溜[2]は、中川の水を導水したものが用いられている。

歴史[編集]

中川は利根川東遷事業以前は利根川荒川の本流だった。江戸時代初めまで現在の中川下流の川筋に流れ込んでおり、その時「中川」という川はなかった。利根川を東に移し、荒川を西に移す工事が完成した後に残った流れが、中川である。江戸時代の中川は、元荒川、庄内古川、古利根川などの流れが合流した地点から下流を指した。明治時代に庄内古川、島川の流路が本流とされ、さかのぼってこれらも中川と呼ばれるようになった。

環境[編集]

人口急増による生活排水の増加、下水道整備の遅れなどの影響により20世紀後半に水質がきわめて悪化したが、流域の下水道の普及などにより1990年代から次第に改善した。もっとも、日本国内の他の河川と比べると未だ悪い方に入る。2004年BOD値平均の全国比較でワースト2位になった(1位は支流の綾瀬川)。2011年の全国比較では、ワースト1位(2位は同じ支流の綾瀬川)になった[3]

水質が改善されてきたためか、中川では23種の魚類と4種のエビ・カニ・貝類が確認されている[4]

流域の自治体[編集]

埼玉県
羽生市加須市久喜市幸手市
茨城県
猿島郡五霞町
埼玉県
幸手市、北葛飾郡杉戸町春日部市、北葛飾郡松伏町吉川市越谷市草加市三郷市八潮市
東京都
足立区葛飾区江戸川区

支流[編集]


合流


分水
交差水路・河川

橋梁[編集]

上流から

島川橋付近(久喜市島川地区)
豊橋付近(松伏町金杉地区)

脚注[編集]

  1. ^ 災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 1947 カスリーン台風 第5章 利根川氾濫流の流下と中川流域 (PDF) - 内閣府防災部門HP
  2. ^ 正式名称は「小合溜井」(こあいためい)。かつての古利根川(中川)の一部で1729年に井沢弥惣兵衛が水害防止、及び灌漑用水を調整する遊水池として設けられた。
  3. ^ 河川水質の現況 - 国土交通省
  4. ^ 中川 - 東京都建設局

関連項目[編集]

外部リンク[編集]