江戸川競艇場
| 江戸川競艇場 | |
|---|---|
| 施設 | |
| 所在地 | 東京都江戸川区東小松川三丁目 |
| 座標 | 北緯35度41分33.6秒 東経139度51分41.5秒座標: 北緯35度41分33.6秒 東経139度51分41.5秒 |
| 開場 | 1955年(昭和30年)8月12日 |
| 所有者 | 関東興業 |
| 施行者 | 東京都六市競艇事業組合・ 東京都三市収益事業組合 |
| コース | |
| 水面 | 中川 |
| 水質 | 海水 |
| モーター | 減音(ヤマト301型) |
| 場外発売場 | |
| 場外発売場 | ボートピア習志野(千葉県習志野市) |
| 実況 | |
| 担当 | 森泉宏一・平山信一・野村達也 |
江戸川競艇場(えどがわきょうていじょう)は、東京都江戸川区東小松川三丁目にある競艇場。
目次 |
[編集] 概要
1955年(昭和30年)8月12日に初開催が行われた。江戸川区にある競艇場ということから江戸川の名を冠してはいるが、実際に競艇が行われているのは中川である。
主催者は、東京都六市競艇事業組合と東京都三市収益事業組合で、いずれも一部事務組合(江戸川区など都心23区は両団体とも加盟していない。これは大田区の平和島競艇場も同じ)である。施設のオーナーは「関東興業」で、東京都三競艇場施設所有企業中唯一、鉄道または鉄道系列会社資本ではない(平和島競艇場は京急、多摩川競艇場は西武資本である)。
また、日本最東端の競艇場でもある。
[編集] 主な競走
正月には新春金盃、ゴールデンウィークにはゴールデンカップ、お盆には大江戸賞、年末には京葉賞が行われている。
例年、6月頃に周年記念 (GI) として江戸川大賞が行われている。
- 2007年の第52回の準優勝戦で4艇F[1](1号艇 中野次郎、2号艇 濱野谷憲吾、3号艇 山崎智也、4号艇 荒井輝年)のスタート事故が発生した。
- 2008年の第53回大会は蒲郡競艇場を借り上げて開催された(理由は後述)。競艇の開設周年記念競走が別の競艇場で行われるのは異例である。
[編集] 水面の特徴
全国で唯一、河川の水面を利用した競艇場である(過去には移転前の津、三国、芦屋、唐津が河川水面であった)。河口に近い位置に所在している事から水質は汽水である。年中風の影響を受けやすく、そのために競走(レース)中止がよく発生する(無料バスの発着する船堀駅・平井駅・西葛西駅には競走中止の告知のための専用看板が用意されていることからも判る)。また、川の流れの他、河口に近いことから上げ潮や下げ潮による水位の影響を受けやすく、全競艇場の中でも屈指の難水面として知られている。このため、選手の中には江戸川競艇場への斡旋を受け付けない者が多くいたが、2001年1月より原則として江戸川競艇場への斡旋拒否は選手会と施行者との話し合いでできなくなったため、現在では全選手が江戸川競艇場へ出走することになった(それでも斡旋後の欠場など走らない選手もいる)。
そういった特異的な水面であるため、艇界トップクラスの選手でも旋回に苦戦することが多々ある。逆に江戸川を得意とする「江戸川巧者」と呼ばれる選手も存在しており、実力が逆転することが多く、この水面に対する巧拙は予想ファクターとして他場以上に重要な意味を持つ。 特に潮流と風向きがぶつかり合うと波長が長いうねりを伴う波水面となり、波乗り技術の差が大きく出る事になる。 古くは高田登、大岩章、植草英二、豊川二郎、神山義雄、茂垣達也などが波水面を得意とし活躍した。
進入はアウト屋等が大外に出る以外は、ほぼ全レースが3対3の枠なり(進入固定競走と違い全艇オールダッシュとはならない)となる。これは潮の満ち引きに、スローに入る艇は定められた時間までにホームストレッチに艇を入れる必要があること、内規により3コースまでに入る艇はスローに入れるという決まり(4コース以降はスロー、ダッシュは問わない)。前づけの反則を厳しく取ること、およびピットの位置などの問題もあるが、基本的にはこの水面の特殊性ゆえに選手間に存在する暗黙の合意(江戸川競艇場だから枠なり)に基づいている部分が大きいようである。
なお、1991年 - 2002年にかけて、フリースタイルの進入が採用され、3-3スタイルの内規廃止、前付けを含むコース変動が可能であった。(昔はインコースは6号艇が取りやすく、インから654321と並んでいたが、全国競艇場の共通化によりピットの順番が入れ替わり1号艇がインコースを取りやすいようになった。この時にフリースタイルの進入が採用された)
実際、1991年の36周年記念の優勝戦では岩口昭三が(6コース→2コース)、43周年記念の優勝戦では金井秀夫が(6コース→2コース)前付けを成功させているが、連対には至っていない(金井秀夫は準優勝戦でも前付けを行い、ここでは連対を果している)。
また44周年記念では初日のダイヤモンドレーサー賞にて、17年ぶりの江戸川参戦であった中道善博が1号艇の熊谷直樹、2号艇の濱野谷憲吾に対し前付けを敢行。見事イン逃げを決めている。ただし、当時はスタート展示が無く、前付けを予測するのは非常に難しかった。
[編集] 施設の特徴
スタンド対岸に大型映像装置がない(徳山競艇場と2場のみ)。これは、真上に高速道路(首都高速中央環状線)があり、大型映像装置を設置できないため。代わりにスタンドの2マーク側に小さな映像装置があるため、この競艇場のみスタートの際などにレースコースに対し横に向きながら観戦する。首都高速からはレース場付近から防音壁が高くなるために内部は全く見ることができない。なお、首都高速下の堤防(スタンドの対岸側)からは無料観戦が可能であるが、場内実況は聞こえず、舟券を買うことができない。
また、堤防の法面自体が階段状のスタンドになっており、舟券購入後水面に出るには一度堤防を上らなければならない。
さらに建物とスタンドの間は都道(東京都道450号新荒川葛西堤防線)となっており、レース開催日は締め切られ、レースの開催されていないときは道路として利用される。
[編集] 備考
- 開催時期によって、第1レースが12時締め切りのハッピーサマーレースと、10時締め切りのハッピーウインターレースがある(通常は11時締め切り)。
- 前者は主に日没の遅い夏季開催(薄暮競走に準じる)、後者は日没が早い冬季開催に行う
- 1958年の第5回全日本選手権競走が江戸川競艇場で行われた唯一のSG競走(当時の四大競走、特別競走)である。
- マスコットキャラクターはラリーとバディ(ラリーズ)、それにちなんでラリーズカップが行なわれている。また、2007年10月27日から外れ券を食べるDREAM GOATという名のヤギ型回収機が登場している。
- 中川の護岸耐震補強工事を施行した為、2009年5月まで本場開催を中止し場外発売のみを行っていた[2]。
- 2008年5月、入場門の左右に2体の大魔神が設置された。
- 改装後のスタンドでは「昭和」をイメージした展示(映画の看板など)が行われている。
- トータリゼータシステムは競艇場としては唐津との2場のみとなる富士通フロンテックを採用している。
- 2011年2月より、関東全5場とボートピア岡部・栗橋・横浜・平和島競艇劇場との間で相互払戻(関東総合払戻・どこでもはらいおん)を開始した。本場開催中の午前7時30分より11レース払戻終了までの時間帯で取扱を行う。なお、ボートピア習志野で購入した投票券は、江戸川本場との相互払戻のため、前述の総合払戻の対象外となる。
[編集] 珍事件
江戸川競艇場は「日本一の難水面」と言われ、以下のレースはその影響を大きく受けた。
- 波高40cmで優勝戦開催(2001年4月2日11R)
- 待機行動中に舟艇転覆(2001年8月11日11R)
- 大波でレース挙行不能(2002年8月20日8R)
[編集] 場外発売場
2006年9月よりボートピア習志野を千葉県習志野市に設置している。
[編集] アクセス
[編集] 無料送迎バス
[編集] 車
- 首都高速中央環状線内回り船堀橋出入口より5分
- 首都高速中央環状線外回り平井大橋出入口より6分
- 首都高速7号小松川線小松川出入口より5分
[編集] 徒歩
- 都営地下鉄新宿線船堀駅前より徒歩15分
- 都営バス新小21系統東小松川小学校前停留所より徒歩8分
[編集] 脚注
- ^ 2007年第52回大会準優勝戦で4艇F
- ^ 但し、2008年4月1日から5月22日はスタンド改修に伴い場外売りも含めた全体休業となっていた
[編集] 外部リンク
- ボートレース江戸川 オフィシャルサイト (日本語)
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