淵野辺駅
| 淵野辺駅 | |
|---|---|
北口(2005年11月)
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| ふちのべ - Fuchinobe | |
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◄古淵 (2.7km)
(0.8km) 矢部►
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| 所在地 | 相模原市中央区淵野辺三丁目5-16 |
| 所属事業者 | 東日本旅客鉄道(JR東日本) |
| 所属路線 | ■横浜線 |
| キロ程 | 28.4km(東神奈川起点) |
| 電報略号 | ノヘ |
| 駅構造 | 地上駅(橋上駅) |
| ホーム | 1面2線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
39,350人/日(降車客含まず) -2011年- |
| 開業年月日 | 1908年(明治41年)9月23日 |
| 備考 | みどりの窓口 有 |
淵野辺駅(ふちのべえき)は、神奈川県相模原市中央区淵野辺三丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)横浜線の駅である。
渕野辺と記載される場合もあるが、こちらは淵の異字体である渕を用いた書き方であり、正しくは淵野辺である。
目次 |
駅構造 [編集]
島式ホーム1面2線を有する地上駅で、橋上駅舎を有している。直営駅。みどりの窓口設置。自動改札・自動券売機、指定席券売機が設置されている。
かつては貨物扱いが行われており、北口側の東神奈川方面に貨物扱い施設が、橋本方面には相模総合補給廠への専用線のための入換線があった。東神奈川方面のりばの向かい側にある現在使用されていない線路は元の貨物着発線である。貨物列車が運転されなくなって久しいが、2000年代初頭まで貨物列車着発用の信号機と本線への渡り線が設置されていた。敷地は貨物扱いの廃止後も長く放置されていたが、現在では旧貨物扱い施設の敷地が桜美林大学淵野辺キャンパス等に、また補給廠専用線入換線敷地の一部は北口ロータリーに転用されている。
のりば [編集]
| 番線 | 路線 | 方向 | 行先 |
|---|---|---|---|
| 1 | ■横浜線 | 下り | 橋本・八王子方面 |
| 2 | ■横浜線 | 上り | 町田・新横浜・東神奈川・横浜・磯子・大船方面 |
※なお、昼間の上り列車は桜木町までである。
駅設備 [編集]
- 改札階 - ホーム階
- 改札階 - 地上階
- 北口:エスカレーター2基・階段2か所・エレベーター1基
- 南口:エスカレーター2基・階段2か所(エスカレーターの両端に設置)・エレベーター1基
利用状況 [編集]
2010年度の1日平均乗車人員は39,800人である。20駅中7位。当駅は、青山学院大学や桜美林学園、日本大学第三中学校・高等学校等があり、学園街である。住宅街も数多くあり、利用客は横浜線快速が通過する駅ではもっとも多く、停車駅の東神奈川駅や相模原駅よりも多い。 近年の推移は下記の通り[1]。
| 年度 | 1日平均 乗車人員 |
|---|---|
| 2000年 | 29,354 [1] |
| 2001年 | 29,410 [2] |
| 2002年 | 29,945 [3] |
| 2003年 | 36,184 [4][2] |
| 2004年 | 35,876 [5] |
| 2005年 | 36,111 [6] |
| 2006年 | 36,746 [7] |
| 2007年 | 37,601 [8] |
| 2008年 | 38,577 [9] |
| 2009年 | 39,259 [10] |
| 2010年 | 39,800 [11] |
| 2011年 | 39,350 [12] |
駅周辺 [編集]
1908年(明治41年)の開業以来、駅舎は淵野辺の旧集落に近い北口側に設けられていた。当駅は淵野辺が所属する当時の高座郡大野村北部(1941年の合併により相模原町、1954年から相模原市)だけでなく、府県境を越えた東京府の南多摩郡忠生村(1958年の合併により町田市)への玄関口の機能も持った。また、鉄道から離れた上溝(現相模原市)や半原(現愛川町)への路線バスも発着し、付近の交通結節点の役割も負った。1930年代には陸軍の施設が周辺に相次いで進出し、それらを背景に駅前商店街が形成され戦後も賑わいを続けた。
一方、開業当時の南口側には畑が広がるのみで駅付近に目ぼしい集落は存在しなかったが、1940年代前半の相模原軍都計画による都市計画区域に組み込まれ、敗戦をはさんで県による区画整理事業が進められた。この計画では南口側に駅前広場が設定されていたが、実際に南口が開設されたのは当駅が橋上駅化された1974年(昭和49年)であった。そのため、南口側の市街化は1960年代までは緩慢であったが、東京・横浜のベッドタウン化の波が及んで以降急速な市街化が進行した。南口の開設とバスターミナルの整備により市内各地(相模大野、上溝、田名、相模原、橋本)や愛川・半原方面のバスの発着がこちらに移動し、多くの乗降客を集めるようになった。しかし、南口周辺の商店・飲食店は駅周辺に散在しており、北口のような駅前商店街の形成は見られない。
周辺には大学や高校が多く分布し、2001年(平成13年)には当駅を最寄り駅としている日大三高と桜美林高が揃って春の甲子園に出場したので、駅や商店街に横断幕やポスターが掲げられた。
北口 [編集]
南口 [編集]
南口から歩いて数分のところに、鹿沼公園と相模原市立図書館がある。
- 中央区大野北まちづくりセンター・大野北公民館
- 城南信用金庫 淵野辺支店
- 淵野辺駅前郵便局
- 東横インオリジナル横浜線淵野辺駅南口
- 宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 相模原キャンパス
- 相模原市立博物館
- 国道16号
バス路線 [編集]
北口および南口にロータリーがあり、神奈川中央交通が乗り入れる。
※印以外の系統は、毎時1・2本程度(系統により大きく変わる場合あり)。
淵野辺駅北口 [編集]
改札を出て右手にあるエスカレーターを降りるとロータリーが縦長に伸びている。手前がタクシー、バス乗り場で奥に一般車のロータリーとなっている。以前はロータリーではなく、営業所の折返し場のような構造であり、待合所・定期券売り場が併設されていた。現在は立派なロータリーとなっており、歩道側には屋根がついてある。また、乗り場付近には経由・行き先・時刻用の他に天井に経由・行き先専用の長方形型案内板が設置されている。バス乗り場とタクシー待機所の間には、当駅北口行きや回送バスが停車していることがある。
- 1番乗り場
- 2番乗り場
- 3番降り場(降車専用)
淵野辺駅南口 [編集]
南口の階段・エスカレーター付近から見ると、左側にバス乗り場 右側にタクシー乗り場 奥が一般車のロータリーとなっている。こちらは現在も変わらず、バス乗り場付近に屋根が設置しているが一般車の歩道側には、屋根がついていない。また、タクシー乗り場と一般車の間には、バス降車専用の降り場が設けられているが、こちらも歩道側には屋根がついていない。降り場と公衆トイレ付近には、当駅行きや回送のバスが待機している場合がある。
- 1番乗り場
- 淵53 - 上溝・高田橋経由 水郷田名ゆき
- 淵59 - 上溝・上田名・田代経由 半原ゆき
- 2番乗り場
元は相模大野駅や相模原駅、橋本駅などへの路線も運行されていたが2003年(平成15年)までに廃止され、上記の各路線に整理された。
歴史 [編集]
- 1908年(明治41年)9月23日 - 横浜鉄道東神奈川駅 - 八王子駅間の開通時に開業。
- 1910年(明治43年)4月1日 - 鉄道院が借り上げ。
- 1917年(大正6年)10月1日 - 国有化され、国鉄横浜線の駅となる。
- 1979年(昭和54年)10月1日 - 貨物取扱が廃止。矢部駅脇を通り在日米軍相模総合補給廠へ続く全長6.1kmの専用線が存在した。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道の駅となる。
- 2001年(平成13年)11月18日 - ICカードSuica供用開始。
- 2003年(平成15年)1月17日 - 駅舎リニューアル。
- 駅舎リニューアルによって順次、北口はペデストリアンデッキ・エスカレータ・エレベータが設置され、南口は駅外側から見て左半分が拡張されエスカレータが設置される。
- 2010年(平成22年)3月 - 駅ホームに設置されている案内サインが、新しい省エネタイプ(薄型反射透過フィルム型)に更新される。
隣の駅 [編集]
脚注 [編集]
- ^ JR東日本公式HP「各駅の乗車人員」
- ^ 2003年4月、青山学院大学相模原キャンパスが開設
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
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