小机駅

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小机駅
南口(2005年11月)
南口(2005年11月)
こづくえ - Kozukue
新横浜 (1.7km)
(3.1km) 鴨居
所在地 横浜市港北区小机町2534
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
所属路線 横浜線
キロ程 7.8km(東神奈川起点)
電報略号 コエ←コヱ
駅構造 地上駅橋上駅
ホーム 2面3線
乗車人員
-統計年度-
9,715人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 1908年明治41年)9月23日
備考 直営駅管理駅
みどりの窓口
浜 横浜市内

小机駅(こづくええき)は、神奈川県横浜市港北区小机町にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)横浜線である。

当駅周辺地区は、横浜市における都心(ツインコア)の一つである「新横浜都心」に指定されている[1][2]

駅構造[編集]

単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、計2面3線のホームを有する地上駅

ホームの上空から南口にかけて橋上駅舎が設けられている。かつては木造平屋建ての駅舎を使用していた。これは1923年大正12年)9月1日関東大震災で倒壊した駅舎の代わりとして1925年(大正14年)2月19日に建てられたもので、1番線のある単式ホームの脇、南口にあたる場所に設けられていた。当時単式ホームから島式ホームへは、ホームの東神奈川方にある1本の跨線橋で結ばれていた。また、駅の北から当駅の構内に行くには、駅から離れた踏切を渡らねばならなかった。跨線橋にエスカレータなどはなく階段のみであったが、駅の南側と単式ホームの間には段差がなかった。1998年平成10年)10月から橋上駅舎の使用が開始されたため、この木造駅舎は撤去された。また、跨線橋も現存しない。

南側から見ると、南口、1番線(単式ホーム)、2番・3番線(島式ホーム)、北口の順に並んでおり、北口は駅舎から跨線橋が延びている構造である。

かつては貨物列車の取扱駅だったこともあり、現在でも貨物側線などが現役のまま残されている。3番線と北口の間に存在する側線(電留線1・2)と引上線は、営業運転に使用される電車の留置(夜間停泊)などに使用するほか、母屋(1番線)側八王子寄りに残る旧貨物ホーム付近は保線車両の留置に使われることがある。

直営駅駅長配置)であり、管理駅として新横浜駅(在来線のみ、新幹線はJR東海の管轄)を管理している。JRの特定都区市内制度における「横浜市内」の駅である。

のりば[編集]

南口側を1番線として、以下の通りである。

番線 路線 方向 行先 備考
1 横浜線 下り 町田橋本八王子方面 早朝に数本存在する当駅始発は2番線発
2・3 横浜線 上り 新横浜東神奈川大船方面 2番線は原則として臨時の当駅始発列車のみ

なお、上り列車は昼間時は桜木町駅までの運転である。

2番線は上りの東神奈川方面で案内されているが、八王子方面への発車も可能である。実際のダイヤでは下り八王子方面の始発が運行され、案内されている上りは臨時のみで通常ダイヤでは使用されていない。臨時列車は日産スタジアム大催事等に東神奈川方面の始発としてごくたまに使用されるぐらいである。この他通過待ちなどの待避線としても使用できるが現在は使用されておらず、回送の引上線・電留線への出入庫に使用するほか、時折団体列車の時間調整などに使用される。

駅構内[編集]

  • 売店等
    • KIOSK小机1号店 - 改札外。改札を出て右手すぐ
      • 通常はタイムリー店舗[3]だが、日産スタジアムでの大規模催事の際には、改札外コンコース正面に臨時売店が設けられる。
  • 各ホームの階段部から見て東神奈川よりにエレベーターが設置されている。
  • 駅舎からホームへは2本ずつ通路が延びておりうち1本ずつが階段、もう1本ずつがエスカレータである。
    • 単式ホームと島式ホームはずれて(進行方向手前側に)設置されているため、階段・エスカレータの向きもそれに応じている。
  • 改札外は南口・北口ともにエレベーターがある。
  • みどりの窓口(営業時間 7:00 - 20:00)
  • ホーム上には、待合室が設置され1番線ホームは、東神奈川寄り階段付近、2・3番線ホームは、八王子寄りエスカレーター付近にそれぞれ冷暖房・列車接近および発車放送が設置されている。

利用状況[編集]

2012年度の1日平均乗車人員は9,715人である[4]。 近年の推移は下記の通り。

年度 一日平均
乗車人員[5]
1991年 8,205
1992年 8,127
1993年 7,772
1994年 7,897
1995年 8,051
1996年 8,137
1997年 8,243
1998年 8,554[6]
1999年 8,605
2000年 8,537
2001年 8,733
2002年 8,867
2003年 9,232
2004年 9,198
2005年 9,451
2006年 9,499
2007年 10,069
2008年 10,199
2009年 9,661
2010年 9,764
2011年 9,592
2012年 9,715

駅周辺[編集]

横浜国際総合競技場の最寄駅である[7]

駅の西側にある城山トンネルの上に、このあたりを治めていた小机城の跡があり、「小机城址市民の森」として整備されている。

競技場へ続く北口は住宅街であり、商業施設は皆無である。南口の横浜上麻生道路には昔ながらの商店街とコンビニエンスストアが存在する。飲食施設は少ない。

バス路線[編集]

駅南口側にロータリーはあるが、駅発着となる便のみがロータリーに乗り入れ、駅経由となる便は駅前の横浜上麻生道路上にバス停が設置されている。

下記の路線には、途中の停留所発着および営業所発着の便が存在する路線もある。詳細は営業所記事を参照のこと。

小机駅前(横浜上麻生道路・市ヶ尾方面のりば)

  • 39 緑車庫・中山駅行(東本郷町経由)
  • 市03 市が尾駅行(佐江戸経由)
  • 浜1 横浜車庫行(西菅田団地経由)

小机駅前(横浜上麻生道路・六角橋方面のりば)

小机駅前(駅前ロータリー)

  • 浜1 横浜駅西口行(西菅田団地経由)※休日は運休

2000年4月1日までは東急バスの綱島駅行が当駅から設定されていたが、周辺道路の整備に伴い廃止された。

歴史[編集]

開業当初、当駅の周辺には田畑が広がるのみで、人家はわずか2・3戸しかなかったという。しかしながら大正時代の末期にようやく当駅附近の開発が始まり、やがて当駅の周辺に家々が立ち並ぶようになった。これによりそれまでは小机城のふもと、堀崎にあった小机の中心部も、当駅の近くに移ってきたのである。

その他[編集]

歴史の項に記述された通り、1968年の新横浜 - 当駅間の複線化により、当駅を境に単線区間(原町田方面)と複線区間(東神奈川方面)に別れ、運転可能な列車の本数が異なっていたことから、当駅 - 東神奈川・根岸線間のみ運転の区間列車が多数存在した。10年後の当駅 - 中山間複線化により当駅発着列車は大きく減少し、分割民営化までに当駅止まりの定期列車はなくなったものの(前述の通り当駅始発や臨時列車は存在する)、その名残で横浜線および京浜東北線で走行した103系205系209系電車の行先方向幕には、「小机」および「快速小机」が登録されている。

隣の鴨居駅との間の距離は約3.1kmで、1997年4月に八王子みなみ野駅が開業してからは、横浜線の中で最も長い区間となった。

隣の駅[編集]

東日本旅客鉄道
横浜線
快速
通過
各駅停車
新横浜駅 - 小机駅 - 鴨居駅

脚注[編集]

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  1. ^ 横浜市都市計画マスタープラン(全体構想) (PDF) 平成25年3月発行。編集・発行、横浜市都市整備局企画部企画課。
  2. ^ 新横浜都市整備基本構想パンフレット(1999年) (PDF)  平成11年6月発行。横浜市都市計画局都市企画部企画調査課。
  3. ^ 繁忙時間帯しか営業しない店舗のことである。小机1号店の場合は平日午前6時頃から午前10時頃までのみ営業。
  4. ^ JR東日本「各駅の乗車人員」
  5. ^ 横浜市統計ポータルサイト「JR在来線(乗車人員、一日平均)」
  6. ^ 同年3月、横浜国際総合競技場が開場
  7. ^ 通常は快速の通過駅だが、大催事には臨時停車や、当駅止まりの臨時列車が設定されることもある。また横浜国際総合競技場利用者は当駅ではなく、東海道新幹線横浜市営地下鉄ブルーラインが乗り入れる隣の新横浜駅で下車する乗客も多いようである[要出典]

参考文献[編集]

  • 港北区郷土史編纂刊行委員会『港北区史』、港北区、1986年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]