荷物列車

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EF58形牽引の荷物専用列車

荷物列車(にもつれっしゃ)とは列車の種類の一つで、主に鉄道小荷物などの輸送を目的に設定されていた。列車の区分としては、旅客列車に含まれる。日本国有鉄道(国鉄)で全国規模で荷物列車の運行が行われていたほか、私鉄でも専用の荷物列車を設定していた例がある。これに使用する車両は荷物車と呼ばれる。

概要[編集]

手荷物や小荷物は元々、旅客列車に併結された荷物車で運ばれていたが、輸送量の増加や積みおろしのための運転時分への影響の配慮から荷客分離が考えられ、1929年9月15日東京 - 大阪間に初めて荷物列車1往復が設定された。主要幹線では専用の荷物列車が運行され、同時に普通から特急まで多くの旅客列車にも荷物車や半室荷物車が連結されていた。また、逆に荷物列車に極少数の客車を連結したものも一部には存在した。更に、荷物輸送を行う列車では郵便車郵便荷物合造車を連結し郵便物の輸送も併せて行うことも多かった。

国鉄の荷物輸送量は、1963年度の1億5847万個をピークに以後減少し、1984年度には3745万個に落ち込み、鉄道小荷物制度が宅配便に押されて廃止されたため、例外的に残った後述の新聞輸送列車を除き、1986年に運行を終了した。

新聞輸送列車[編集]

113系の新聞輸送列車
カーテンで区切る例

鉄道小荷物制度が廃止され荷物列車が消滅した後も、東日本旅客鉄道(JR東日本)内房線外房線には「新聞輸送同盟会」の貸し切りで総武本線両国駅発の夕刊新聞を輸送する荷物列車(列車番号荷2331M)が運転されていた[1]

1996年11月30日までは両国駅で在京紙など7社分の夕刊約1.7トン分を搭載した荷物専用車(クモユニ143形)を千葉駅まで走らせ内房線・外房線列車の後部(千葉方)に連結して運行されていたが、同年12月1日のダイヤ改正以後は113系4両編成×2本(8両編成)の旅客列車の最後尾車両(千葉方)を「荷物専用・他の車両へご乗車ください」と書かれた緊締幕で締切って新聞搭載スペースとし(両国 - 千葉間での客扱いはなし)千葉駅始発の4両編成の列車に連結、8両になって運転されていた。折り返しは緊締幕を外して通常の旅客列車となっていた[1][2]

千葉駅到着後は、外房線方面14時11分発安房鴨川行(列車番号269M、千葉方の4両が茂原発の4両編成と連結)、内房線方面14時26分発安房鴨川行(列車番号187M、両国方の4両がいったん黒砂信号場まで引き上げた上で(列車番号2332M - 2333M)君津発の4両編成と連結)、となっていた。当然ながら夕刊の発行されない日祝日・年末年始は運休となり、このような場合は幕張車両センター - 千葉間の回送列車(列車番号回8269M)として運転され、上記の手段で分割されていた。

しかし、1990年代後半から東京湾アクアライン館山自動車道などの開通で道路事情は大幅に改善された。列車による新聞輸送のコストの高さも手伝って2010年3月13日ダイヤ改正を機にこの新聞輸送列車は廃止された [3][4]

東北本線宇都宮線)や高崎線では、昼過ぎの下り旅客列車の最後部1両(1号車)内をカーテンで区切る形で夕刊を沿線のキヨスク新聞販売店向けに輸送する列車が運転されている。2013年3月16日改正ダイヤでは上野駅14番線13時00分発高崎線・高崎E233系(列車番号879M)、15番線13時20分発宇都宮線黒磯E231系(列車番号583M)、14番線13時44分発高崎線・高崎行E233系(列車番号885M)が該当する。新聞搭載スペースは、乗務員室寄りの半分を使用する。また、211系が使用されていた時は1両丸ごとで(便宜上トイレは2号車から移動する形で利用できる)使用していた。

名古屋鉄道での一例
名鉄岐阜駅に新聞を届ける特急

東海旅客鉄道(JR東海)では、飯田線身延線御殿場線東海道本線で車内乗務仕分け(旧: 荷扱い車掌)を東海交通事業、駅での載せ降ろしと仕分け荷扱いを東海整備に委託し、電車1両の半分を仕切る形態で新聞輸送を行っている。

このほか、名古屋鉄道遠州鉄道大井川鐵道近畿日本鉄道伊豆箱根鉄道駿豆線伊豆急行線伊東線でも旅客列車の一部を使用した新聞輸送が行われている。いずれの場合も車両または区画を分けるということはせず、ただドア近くに置くだけである。

鉄道による新たな荷物輸送[編集]

京福電気鉄道ヤマト運輸は、京福の西院駅嵐山駅との間で、2011年5月18日より電車による宅配便の輸送を開始した[5]。輸送は西院駅車庫から嵐山駅まで、荷物輸送用の旅客車1両を旅客営業車両に連結する形で行っている。

脚注・出典[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]