JR東日本E127系電車
| JR東日本E127系電車 | |
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新潟地区で運用されているE127系0番台
(2007年9月6日 / 新潟駅) |
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| 編成 | 2両編成 (1M1T) |
| 営業最高速度 | 110 km/h |
| 編成定員 | 0番台2両:275名 100番台2両:271名 |
| 全長 | 20,000 mm |
| 全幅 | 2,800 mm |
| 全高 | 4,090 mm |
| 編成質量 | 2両:62.0t |
| 軌間 | 1,067 mm |
| 電気方式 | 直流1,500V (架空電車線方式) |
| 主電動機 | かご形三相誘導電動機 |
| 編成出力 | 120kW×4=480kW |
| 制御装置 | VVVFインバータ制御(GTO素子) |
| 駆動装置 | TD平行カルダン駆動方式 |
| ブレーキ方式 | 回生・発電併用電気指令式空気ブレーキ 抑速ブレーキ |
| 保安装置 |
ATS-Ps(0番台) ATS-P, ATS-Ps(100番台) |
| 製造メーカー | 川崎重工業 東急車輛製造 東日本旅客鉄道土崎工場 |
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この表について
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E127系電車(E127けいでんしゃ)は、1995年に登場した東日本旅客鉄道(JR東日本)の直流通勤形電車。
目次 |
[編集] 概要
新潟支社と長野支社管内では、急行列車の運用から外れた165系・169系を普通列車として使用していたが、これらの車両は老朽化が激しく、また2扉のデッキ付きの構造であるために乗降に時間がかかり、列車遅延の原因となっていたことから、急行形車両の取り替えを目的に設計・製造された。
両地区ではセミクロスシートの近郊形115系も運用されているが、そのうち前者で使用する本系列の0番台では、乗客が増加している新潟都市圏でのラッシュ対応と、2両基本編成によるワンマン運転を考慮し、敢えてロングシートを採用した。また、基本編成がクロスシート3両の165系をロングシート2両の本系列に置き換えることで、所要車両数削減による導入・固定経費減少を図る狙いもあった。
主回路制御にはGTO素子のVVVFインバータを採用した。制御装置は東洋電機製造製で、主電動機は定格出力120kWのMT71型である。電動台車はDT61A、付随台車はTR246Aを装着する。ブレーキシステムは電気指令式空気ブレーキ、回生ブレーキ、抑速ブレーキに加え、列車密度の低い路線での使用を考慮し、発電ブレーキを併用している。発電ブレーキ使用時に必要となる抵抗器は制御電動車の屋根上に搭載されている。
車体はステンレス製でドアチャイム装備の両開き式片側3扉(ボタン式半自動機能装備[1])であり、ワンマン運転対応として運転台は半室構造とされ、ワンマン設定器、運賃箱、整理券発行機[2]、運賃表示器、自動放送装置、ドア締切表示器、ミラーが設置されている。運転台の主幹制御器は左手操作型ワンハンドル式であるが、209系などで採用されたデジタル指令(MON8)は、本系列では採用されていない[3]。
[編集] 番台別概説
[編集] 0番台
1995年(平成7年)5月8日に新潟近郊区間で営業運転を開始した。当初は全編成が同年3月に導入される予定だったが、阪神・淡路大震災の影響で一部車両(川崎重工業兵庫工場製)の納入が遅延したため運転開始時期がずれ込んだというエピソードがある。
車体帯の色は緑と黄緑の2色で、新潟支社で運用されている115系「2次新潟色」に準じている。座席配置は前述のとおり、ロングシートでモケットは一般座席は黄緑色で優先座席は赤色と黒色を採用。パンタグラフはJR東日本の直流電車では採用事例の少ない下枠交差式とされた。客用扉間の4枚の窓のうち中間2枚は701系と異なり大型の1段下降窓である。デザイン的には両側の固定窓と違和感がなく車窓の視界にも優れているが、強風時のガタツキ音が大きい。トイレは701系と同一の洋式であるが、車椅子には対応していない。
2007年時点では2両編成13本(26両・「V編成」)が新潟車両センター(旧・上沼垂運転区)に在籍し、新潟近郊区間を中心に運用されている。ワンマン運転は白新線・羽越本線新潟駅 - 新発田駅 - 村上駅間・越後線の新潟駅 - 吉田駅間・信越本線の新潟駅 - 新津駅間の一部列車で実施されている。またほとんどが普通列車で運用されているが、早朝の一本のみ白新線・羽越本線で快速運用が存在する。
登場当初は全席ロングシートの居住性を考慮して新潟近郊区間に限定された運用であったが、その後朝夕のラッシュ時間帯の一部列車で長岡方面への列車にも充当されるようになり、混雑緩和に一役買っている。
2003年から一部編成において車体ラッピング広告が貼付されており、Suicaのラッピング広告を貼付した編成やイオンリテールやセコム上信越のラッピング広告を貼付した編成も存在する。
V3編成は2008年9月に起きた越後線内での踏切事故に伴う列車火災事故のためクモハE127-3が焼損した[4]。 なお、他の事故車両であるV7・V9編成は長野総合車両センターにて修復されている。
[編集] 100番台
1998年(平成10年)12月8日に松本地区で営業運転を開始した。
0番台とは車体デザインが異なり、先頭部の形状、また客用扉間の開閉可能な窓の2段化など、ステップのない701系とほぼ同一とされた。またパンタグラフはシングルアーム式に変更され、行先表示器は前面・側面ともに幕式からLED式に変更、砂撒き装置が装備されたほか、トイレも車椅子対応仕様に設計変更された。座席配置は、運用路線のうち大糸線が観光路線であるということを考慮し、同線内基準で東側がロングシート、西側(北アルプスなどの方向)がクロスシートのセミクロスシート構造となっている。また本番台において、鉄道車両用に開発された運賃箱(レシップ製)が初めて設置された[5]。本番台の車体帯の色は長野支社で運用されている115系や169系などに準じたアルパインブルーとリフレッシュグリーンの2色の通称「長野色」(新長野色・信州色・新信州色とも)とされた。
2両編成12本(24両・「A編成」)が松本車両センターに在籍し、大糸線で運用されている。ワンマン運転は1999年(平成11年)3月29日より開始している。
以前は篠ノ井線塩尻駅 - 明科駅間・中央本線辰野駅 - 塩尻駅間でも運用されていた。しかし、2003年12月20日に篠ノ井線塩尻駅 - 松本駅間のATSがSN形からP形と変更された際に本区分番台にはP形車上装置は搭載されなかったことから以降は大糸線内限定運用とされていた。その後、大糸線内におけるATS-PsおよびATS-P(松本駅 - 北松本駅間)の使用開始に伴い、2007年秋ごろより保安装置を従来のSN形からPs形への交換とP形の追設を行い、2010年までにすべての編成で工事が完了している。
また冬季における架線への着霜対策のため、A7 - A12編成のクハE126形(南小谷寄り先頭車)の運転台側に霜取り用パンタグラフが搭載された[6]。
[編集] 使用線区
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
- JR東日本701系電車 - 本系列と類似した交流電車
[編集] 外部リンク
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