与野駅

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与野駅
東口
東口
よの - Yono
所在地 さいたま市浦和区上木崎一丁目1-1
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
電報略号 ヨノ
駅構造 地上駅橋上駅
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度-
25,112人/日(降車客含まず)
-2008年-
開業年月日 1912年大正元年)11月1日
乗入路線 2 路線
所属路線 京浜東北線
(正式には東北本線
キロ程 27.6km(東京起点)
北浦和 (1.6km)
所属路線 武蔵野線貨物支線(大宮支線)
キロ程 4.9km(西浦和起点)
西浦和 (4.9km)
備考 みどりの窓口
西口
改札

与野駅(よのえき)は、埼玉県さいたま市浦和区上木崎一丁目にある東日本旅客鉄道(JR東日本)東北本線である。

線路名称上の当駅を通る路線は東北本線であるが、運転系統上は京浜東北線として案内される。また、東北本線と武蔵野線貨物支線(大宮支線)の合流駅となっている。

目次

[編集] 駅構造

島式ホーム1面2線を有する地上駅で、橋上駅舎を持つ。みどりの窓口(営業時間:午前7時〜午後8時)・自動改札機設置駅。

埼玉県内の京浜東北線の各駅では、通常、番線番号が少ない方を南行、番線番号が多い方を北行としているが、当駅のみが逆になっている。

[編集] のりば

1 京浜東北線 大宮方面
2 京浜東北線 上野東京横浜大船方面

[編集] 発車メロディ

  • 1番線のメロディは、2007年平成19年)10月1日より、さいたま市歌「希望のまち」が使用されている。

[編集] 利用状況

1日平均乗車人員 25,112人(2008年度)。この数字は同じく中距離列車の停まらない近隣の駅である北浦和駅と比べても格段に少ない。

[編集] 駅周辺

古くから郊外へ放射状に広がる住宅地である。かつては西口側に複数の商店街が構成されていたが、1980年代以降後述の再開発事業と2000年代のさいたま新都心街開きにより、大型商業施設が5km圏内の大宮駅さいたま新都心駅浦和駅周辺に集中するようになったため、環境の変化によって、大正時代から与野市街との往来で栄えていた「与野駅前(与野停車場)通り」沿いを中心に空洞化が進み、祭事以外は人の流れは少ない。しかし、再開発に伴う代替によりマンションのテナントで再開した店舗が有るほか、新たにコンビニエンスストアやチェーン系飲食店などの店舗が入居している。

なお、与野駅開業80周年を迎えた1991年(大正80年にあたる)より、与野駅西口商店街主催(旧与野市側が後援)で、大正時代の賑わいや風俗を再現する「大正時代まつり(当初は大正時代浪漫まつり)」を、例年10月に与野駅前通りを中心に催している。

[編集] 東口

東口は放射状に一戸建て・中小規模の集合住宅商店が建ち並んでいる。

[編集] 西口

[編集] 区画整理事業

西口は1960年代より埼玉県による土地区画整理事業が策定されていたが、当初は地権者の反対が強く停滞していた。1980年代さいたま新都心の計画が決定すると、1998年より再開発組合による本格的な開発が進み、2003年に一段落をみた(2010年まで事業中とされている)。

[編集] その他周辺施設

さいたま新都心方面(北側)
北浦和駅方面(南側)

北浦和方面への線路沿いは、中層の集合住宅が所狭しと並んでいる。

西方向

[編集] バス

バスは東口、西口の乗り場から利用できる。各路線ともに国際興業バスにより運行されている。

与野駅西口

当駅周辺では商業の空洞化が進み、与野本町駅の開業も相まって、1990年代より当駅〜役所〜与野本町駅間のバス乗車人数は少ない。2003年10月に与野本町駅止まり(与本03)であった(元々は大宮駅→北浦和駅発着であった)志03系統が延伸される代わりに、白鍬電建住宅系統の路線が後に廃止となり、2時間におよそ1本程度の運行となったが、2009年4月1日のダイヤ改正で平日朝1本のみの運行となった。
1995年頃よりロータリー整備と道路拡幅工事により、駅前通りは与野駅入口交差点(県道の終点)から与野駅方向(始点)への一方通行となったため、復路は南側のたつみ通りへ向かい、下落合交差点で国道17号に入り、与野駅入口交差点で左折して与野郵便局方面へ向かう⊿状の迂回路が長期に亘りとられていた。2004年1月に道路工事が完了するとこの措置は無くなり、迂回路上の停留所(向原・与野稲荷)は廃止となり、更にこれをもって二度栗山交差点〜(大宮区)桜木町四丁目交差点にかけて国道17号を走行する定期路線は無くなった。

与野駅東口

  • 北浦50系統:北浦和駅東口行
  • 北浦50-3系統:北浦和駅ターミナルビル行

[編集] 歴史

  • 1912年大正元年)11月1日 - 旧与野町民の請願活動により、浦和駅~大宮駅の中間に位置していた大原信号所(明治39年4月16日開設)を駅に昇格させ与野駅として開業。この際、与野町民への便宜を図るという開設目的により、旧街道筋に面した駅としては珍しく旧中山道に面する東側ではなく与野町に面する西側のみに改札口を設けた(その後東口も開設)。
  • 1973年昭和48年)4月1日 - 武蔵野線貨物支線が開業。
  • 1987年昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、JR東日本の駅となる。
  • 2001年平成13年)11月18日 - ICカードSuica供用開始。

[編集] その他

  • 当駅は旧北足立郡木崎村(旧浦和市木崎)に位置しているが、前身の大原信号場や西口が旧与野町に接しており、住民の請願により与野駅が設置された。似た境遇の埼玉の駅は志木駅が該当するが、こちらは志木側の住民反対に遭い、新座との境界線付近に位置している。
  • 「大原」という地名は住居表示化により存在しないが、当駅の北側(日本郵政さいたまビルおよび旧大宮操車場の南端)に線路をオーバーパスする新都心大橋(2009年竣工)と、南側に大原陸橋(1974年竣工)が有り、国道17号方面と旧中山道を結ぶ重要な陸橋である。
  • 新都心大橋の場所には、かつて大原橋という陸橋があったが、老朽化や道幅の狭さ、歩道が無いことなど問題を抱えていた。2006年1月より大原橋は通行止めとなり、橋の架け替え・拡幅化と、高架化による産業道路方面へ接続する工事が行われ、2009年3月に新都心大橋と名を変えて開通した。
  • 東口の「西高通り」と旧中山道とのスクランブル交差点に、巨大なケヤキの木がある。

[編集] 隣の駅

東日本旅客鉄道
京浜東北線
快速・各駅停車
北浦和駅 - 与野駅 - さいたま新都心駅
武蔵野線貨物支線(大宮支線)
西浦和駅 - (別所信号場) - 与野駅

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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