山手駅

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山手駅
旧駅舎(2006年12月)
旧駅舎(2006年12月)
やまて - Yamate
石川町 (1.2km)
(2.1km) 根岸
所在地 横浜市中区大和町二丁目52
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
所属路線 根岸線
キロ程 5.0km(横浜起点)
大宮から64.1km
八王子から49.4km
電報略号 マテ
駅構造 高架駅
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度-
17,226人/日(降車客含まず)
-2011年-
開業年月日 1964年昭和39年)5月19日
備考 みどりの窓口
浜 横浜市内
山手駅ホーム。大宮方から撮影。

山手駅(やまてえき)は神奈川県横浜市中区大和町二丁目にある東日本旅客鉄道(JR東日本)根岸線である。

目次

駅構造[編集]

相対式ホーム2面2線を有する高架駅

石川町方の第2竹之丸トンネル(約61メートル)と根岸方の矢口台トンネル(約612メートル)にはさまれた500mにも満たない地上空間に位置する。駅の下を何本もの道路が通り、ガードがつくられている。近隣駅とはまったく違う風景が広がっているのが特徴的である。

開業当時に作られた旧駅舎は横浜方の高架下にあり、各ホームの横浜方の端から階段で連絡していた。構造上のネックのためにエレベーターエスカレーターは設置されてこなかったが、2011年からバリアフリー化工事が始まった。駅舎を大船方に約50m移し、上下線ホームに1基ずつエレベーターを、大宮方面ホームにはエスカレーターを設置。新駅舎は2013年3月24日に開業した。今後旧駅舎は解体され、高架下はJRと横浜市で活用される。駅前広場の拡幅も予定されており、2017年の整備完了を目指している[1]

なお、構造上ホーム大船方の先端部分にはスピーカーがほとんどなく、発車メロディーや放送がほとんど聞こえない。

駅舎内部には自動券売機自動改札機などが設置されている。みどりの窓口は、旧駅舎での営業終了とともに閉鎖された。本駅は直営駅である。売店は旧駅舎の改札外にレッツキヨスク山手1号店があるが、2013年3月29日をもって閉店する。

JRの特定都区市内制度における「横浜市内」の駅である。

のりば[編集]

番線 路線 方向 行先 備考
1 根岸線 下り 磯子大船方面  
2 根岸線 上り 横浜東京大宮方面  
横浜線 - 新横浜町田八王子方面 朝晩のみ運転

利用状況[編集]

2011年度の1日平均乗車人員は17,226人である。根岸線内では最少。当駅の周りには聖光学院中学校・高等学校神奈川県立横浜緑ヶ丘高等学校横浜国立大学付属横浜小学校など電車で通学してくる生徒を多数抱える施設が散在しているため、特に朝ラッシュ時には大変混雑する。近年の推移は下記の通り。

年度 一日平均
乗車人員[2]
1998年 16,472
1999年 16,530
2000年 16,471
2001年 16,454
2002年 16,494
2003年 16,591
2004年 16,232
2005年 16,509
2006年 16,877
2007年 17,147
2008年 17,242
2009年 17,182
2010年 17,118
2011年 17,226

駅周辺[編集]

駅周辺は住宅街となっている。駅前は狭く、周辺の道はほとんどが狭い路地のようなものである。横浜の山手地区港の見える丘公園外国人墓地などを有する観光スポットだが、これらの最寄り駅はJR石川町駅みなとみらい線元町・中華街駅である。

駅は北側が大和町二丁目、中央東側が立野、南側が矢口台に位置し、西側は仲尾台と、複雑にまたがっている。

駅前

史跡・観光名所

郵便局・金融機関

教育機関

バス路線[編集]

駅前広場は狭く、バスロータリーなどは設けられていない。駅の改札を出て左に行くとバスのりばが二つ設けられており、ここにすべてのバスが発着する。

山手駅前

乗り場 系統 主要経由地 行先 運行事業者 所管 備考
1番 20系統 港の見える丘公園・元町入口・山下ふ頭入口 山下ふ頭 横浜市営 本牧 平日朝~夕のみ
港の見える丘公園・元町入口 山下ふ頭入口 平日夕・土休日のみ
2番 222系統 本牧緑ケ丘・本牧和田 山手駅前(循環) 朝夕のみ
本牧緑ヶ丘・大鳥入口・和田山口 日中のみ
本牧緑ケ丘 本牧和田 最終便のみ

歴史[編集]

山手を名乗る駅は、本来山手地区に近い位置に「山手町駅」として予定されていたが、石川町の住民の運動により同駅は石川町駅となり、結果当駅が「山手駅」を名乗ることとなった。

元来の山手町は同駅より北側の、石川町駅寄りにあり、駅周辺とは全く別の地区である。当駅所在地はかつての久良岐郡根岸村であり、周辺の町名は、立野・竹之丸・仲尾台・矢口台・豆口台など多くが同村の字(あざな)に由来する。開港時における外国人居留地としての歴史と伝統を持つ山手町の最寄り駅ではなく、むしろかつての根岸の一部ではあるが、横浜市街の山手(やまのて)となった地区の最寄り駅である。駅名が決まった際には、山手地区の山手東部町内会が、山手に来る人々が当駅で間違えて降りてしまう危険性があることを理由として、当駅を山手にしないよう国鉄に請願を出したという。

当駅ができる前、このあたりの人々の交通はもっぱら横浜市電に頼っていただけに、当駅の開業は画期的なことであった。反面、駅の北東にある大和町の商店街は、駅の南西の豆口方面からの人々が市電に乗りに行く途中にあって栄えていたため、当駅が開業すると一転して寂れることとなった。

国鉄山手線の行先表示は1971年昭和46年)2月までは「山手」(やまて)となっていたが、山手駅の開業により紛らわしくなったことも影響し、「山手線」(やまのてせん)に改められた。詳しくは山手線#路線名の読み方についてを参照のこと。

かつて、全国で唯一広告のない駅として知られていたが、民営化に伴い広告を設置した。しかし利用者に不評であったため、数や内容を吟味することになった。

隣の駅[編集]

東日本旅客鉄道
根岸線
快速・各駅停車(いずれも根岸線内は各駅に停車)
石川町駅 - 山手駅 - 根岸駅

参考文献[編集]

  • 中区制五〇周年記念事業実行委員会『横浜・中区史』、中区制五〇周年記念事業実行委員会、1985年

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]