国立駅
| 国立駅 | |
|---|---|
南口駅舎(2008年4月)
|
|
| くにたち - Kunitachi | |
| 所在地 | 東京都国立市北一丁目14-22 |
| 所属事業者 | 東日本旅客鉄道(JR東日本) |
| 電報略号 | クチ |
| 駅構造 | 高架駅 |
| ホーム | 2面2線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
52,635人/日(降車客含まず) -2010年- |
| 開業年月日 | 1926年(大正15年)4月1日 |
| 乗入路線 2 路線 | |
| 所属路線 | ■中央本線 |
| キロ程 | 34.5km(東京起点) |
|
◄西国分寺 (1.7km)
(3.0km) 立川►
|
|
| 所属路線 | 武蔵野線国立支線 (分岐のみ・定期旅客列車停車なし) |
| キロ程 | 5.0*km(JR貨物・新小平起点) |
|
◄新小平 (5.0km)
|
|
| 備考 | みどりの窓口 有 |
国立駅(くにたちえき)は、東京都国立市北一丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅である。
中央本線の駅であるが、当駅から新小平駅へ通じる武蔵野線支線(国立支線)が分岐している。この支線は中央本線と武蔵野線とを直通する貨物列車や「むさしの号」(当駅は通過)、臨時旅客列車などが使用する。
目次 |
[編集] 駅構造
下り方面が単式ホーム1面1線、上り方面が島式ホームの片面を使用した1面1線を持つ高架駅である。当駅東方から単線の国立支線が分岐している。
改札は南口・北口共に地上にあり、改札内通路でつながっている。コンコースとホームの間にはエスカレーター、階段とエレベーターが設置されている。
南口は仮設駅舎となっており、旧南口駅舎のあった場所より西側にある。南北をつなぐ仮設通路はさらに西に移動したために南口からは30m程、北口からは50m程通路を歩く事になる。
三角屋根の旧南口駅舎は、中央線三鷹 - 立川間の連続立体交差事業で取り壊される事となり、2006年(平成18年)10月10日から12月にかけて解体作業が行われた。主要部材は、現在も立体化事業完了時に再建が可能なように国立市で保存されている。
連続立体交差事業前は島式と単式の2面3線で、下りが単式、他に鉄道総合技術研究所用の授受線、通称「総研線」が1線があった。そのうち3番線は主に国立支線方向に向かう列車の待避に使用され、上り方の一部を除いて柵が設けられていた。3番線と総研線を横断する警報器のない構内踏切が北口改札横につながっており、朝ラッシュ時のみ使用された。
鉄道総合技術研究所へ通じる線路は駅北側にあったが、2004年(平成16年)に廃止されている。事業完了後は事業前と同じ2面3線となるが、外側が本線となって内側が副本線となり総研線は設置されず、跡地を国立市が緑道として整備する計画である。
2009年(平成21年)1月11日に下り線(1番線)が高架へ切り替えられ、新たにエスカレーターが整備されている。上り線も2010年(平成22年)11月7日に高架へ切り替えられた。
2010年現在、仮線の撤去および上り本線の新設工事が行われている。工事完了までの期間、上り列車は中線である2番線を使用するが、同様の工事が行われている武蔵小金井駅とは異なり、上り線立川方には既に上り本線と中線の分岐器が設置されている為、上り列車には分岐器による60km/hの速度制限があり、通過列車は低速で通過する。
今まで南北を通り抜ける自由通路がなく、駅構内を通り抜けられる「通行証」というものがあったが、2011年7月21日に駅東側にJRが作った自由通路が完成したため、通行証は廃止された。
[編集] のりば
2010年1月現在のもの
| 1 | ■中央線(下り) | 立川・八王子・高尾方面 |
| 2 | ■中央線(上り) | 新宿・東京方面 |
新宿方面は、早朝と深夜には東京発着の中央線各駅停車や総武線直通の各駅停車も運転される。それ以外の時間帯はすべて快速電車である。
[編集] 設備
現在は仮設駅舎であるため、最低限の施設のみとなっている。工事中で位置の変更があるため、通路などのものは単に「改札内」と記載する。
- みどりの窓口(南口・北口、改札外)
- 指定席券売機(南口・北口、改札外)
- KIOSK(北口)
- うどん・そば店(北口、改札外)
- カレー・うどん・そば店(南口、改札外)
- タクシー乗場(南口改札を出て左に数10mの旧駅舎前、北口改札前)
- バス乗り場(下記参照)
- トイレ(バリアフリー対応設備などはない。北口、改札内)
高架化工事に伴う駅構内改良工事に伴い、改札内の店舗はすべて閉店となった。
[編集] 駅舎移転問題
旧南口駅舎は現存当時、原宿駅に次いで東京都内で2番目に古い木造建築駅舎であり、その美しさは、当駅が関東の駅百選に選出された理由ともなった。選出は解体後も取り消されていない。
当駅が中央線の連続立体交差化事業に伴い工事範囲に入るため、その駅舎を移転又は撤去する必要が発生した。国立市はJR東日本による鉄道遺産としての保存を希望したが、同社が拒否した事で、国立市による保存か撤去の選択を求めた。また、同事業の一環としてその費用で保存する要望も事業主体である東京都に拒否されている。
これに対して国立市は、独自費用で駅舎を曳き家により工事範囲から移転して仮保存を行い、立体化工事終了後に再度曳き家により元の場所で保存する計画を立てた。しかし、費用負担の問題で議会と対立し、予算案が正式に否決されるに至った。
国立市はなおも保存の方法を探っていたが、工事のタイムリミットに近付いたため、妥協案として解体・保存し、立体化工事終了後に復元する事となった。なお、駅舎の防火などの法的問題のため、一度解体すると現地での復元ができなくなるため、2006年(平成18年)10月26日に文化財の指定を行い、法がかからないようにしている。
同月8日に旧駅舎の使用を終了し、10日からJR東日本により復元可能な状態に解体され、現在も市の費用で保存されている。高架化工事終了後、国立市では元の場所或いはその付近に復元する事を計画している。しかし、南北通過道路と駅前広場の関係で通過道路整備の状況によっては南北通過車両を現状通り駅前広場に流さざるを得ず、また、市が保存用地を取得或いは借用する必要があり、詳細はまとまっていない。
[編集] 利用状況
2010年度の1日平均乗車人員は52,635人である。
近年の推移は下記の通り。
| 年度 | JR東日本 |
|---|---|
| 1992年 | 57,759[1] |
| 1993年 | 58,170[2] |
| 1994年 | 57,000[3] |
| 1995年 | 56,336[4] |
| 1996年 | 56,479[5] |
| 1997年 | 55,533[6] |
| 1998年 | 54,844[7] |
| 1999年 | 54,861[1] |
| 2000年 | 54,787[2] |
| 2001年 | 55,064[3] |
| 2002年 | 54,833[4] |
| 2003年 | 55,245[5] |
| 2004年 | 54,827[6] |
| 2005年 | 54,902[7] |
| 2006年 | 54,979[8] |
| 2007年 | 54,872[9] |
| 2008年 | 54,243[10] |
| 2009年 | 53,345[11] |
| 2010年 | 52,635[12] |
[編集] 駅周辺
[編集] 南口
駅前ロータリーを起点に、大学通りが南に、富士見通りが西南に、旭通りが東南に、それぞれまっすぐ放射状に伸びている。それぞれの通りの直線区間の長さはおよそ1.8km、1.3km、0.7kmである。これらの道路は、上空から見ると正面から見た旧駅舎の輪郭となぞらえた形状になっている。これらのうち、大学通りが東京都道146号国立停車場谷保線に、富士見通り駅寄り約370mと旭通りが東京都道145号立川国分寺線に指定されている。いずれの通りも若者向けなどの商店が多く立ち並び、また路線バスが頻繁に通っている。特に大学通りのこの部分は幅員が全体で40m以上あり、車道、歩道、自転車道、緑地帯が画然と分けられている。緑地帯はサクラとイチョウが交互に植わった並木道である。
それ以外の街路はほぼ東西、南北の格子状であり、一方通行が多い。大学通りを南に進むと、南武線の谷保駅に出る。
大学通りの両脇に一橋大学のキャンパスがあるなど、教育施設は多い。
- 一橋大学 国立キャンパス
- 桐朋中学校・高等学校
- 私立国立学園小学校・付属かたばみ幼稚園
- 東京都立国立高等学校
- 東京都立第五商業高等学校
- 学校法人日本放送協会学園(NHK学園)
- 国立音楽大学附属幼稚園・小学校・中学校・高等学校
- 中央郵政研修センター
- 国立駅前郵便局
- 国立旭通郵便局
[編集] 北口
駅周辺は南口と同様に格子状の街路になっているが、範囲はそれ程広くない。駅を出て北に少し歩くと国分寺市域に入る。
[編集] バス路線
南口からは京王電鉄バス、京王バス中央、立川バスおよび国立市コミュニティバス「くにっこ」(立川バス)によって運行されている。このうち、大学通りを南に向うバスは各系統合わせて昼間5分毎の頻発となっている。
北口からは立川バスおよび「くにっこ」によって運行されている。2008年(平成20年)3月29日から国分寺市コミュニティバス「ぶんバス」(立川バス)の西町ルートが運行開始され、乗り入れている。
全路線でPASMO・Suica・バス共通カードが使用できるが、「くにっこ」「ぶんバス」では使用できない(ぶんバスは東京都シルバーパスも)。
[編集] 南口
ロータリーの南西に、主に富士見通り方面に向かう系統が発する1番乗り場が、主に大学通りと旭通り方面の系統が発する3 - 6番乗り場は東側にある。2番乗り場は西側にあり、降車専用である。現行の仮設南口出口から見て、正面が2番、その先の道路向こうが1番、ロータリー左側が3 - 6番である。
- 無印(切符売場すぐ前)
- 障害者スポーツセンター送迎(特定輸送・無料)
- 1番乗り場:立川バス(富士見通り方面)
- 無印(1番乗り場に隣接)
- 国立市コミュニティバス「くにっこ」
- 北西中ルート:市役所方面/北西中ルート:北市民プラザ経由 国立駅北口方面
- 国立市コミュニティバス「くにっこ」
- 2番乗り場
- 降車専用
- 3番乗り場(大学通り方面)
- 4番乗り場:立川バス(大学通り方面)
- 国10:富士見台団地経由 国立操車場行
- 国11:富士見台団地経由 矢川駅行
- 国12:谷保駅行
- 国41:富士見台団地経由 国立泉団地行
- 5番乗り場:京王電鉄バス(旭通り方面)
- 6番乗り場:立川バス(旭通り方面・大学通り方面の一部)
- 国04:第三小学校経由 矢川駅行
- 国13:国立循環(旭通り回り)
- 国13-2:国立東循環
- 国14:国立循環(音高回り)
- 国14-2:国立西循環
- 国15-2:谷保団地経由 立川駅南口行
[編集] 北口
現行の北口から見て、左側の線路沿いに1番乗り場、左側横断歩道を渡った先のバスベイに2 - 5番乗り場、正面道路の右側にぶんバスの乗り場(0番)がある。すべて立川バスにより運行されている。
- 0番乗り場
- 国分寺市コミュニティバス「ぶんバス」
- 西町ルート:ひかりプラザ、稲荷神社方面
- 国分寺市コミュニティバス「ぶんバス」
- 1番乗り場(稲荷神社方面)
- 国23:戸倉循環(稲荷神社回り)
- 国26:稲荷神社経由 上水営業所行
- 国29:弁天通り折返し場行
- 無印(1番乗り場に隣接)
- 国立市コミュニティバス「くにっこ」
- 北ルート(北市民プラザ方面)
- 北西中ルート:北市民プラザ・国立駅南口経由 市役所方面
- 国立市コミュニティバス「くにっこ」
- 2番乗り場(日吉町方面)
- 国22:戸倉循環(日吉町回り)
- 国25:恋ヶ窪駅経由 上水営業所行
- 3番乗り場
- 国24-2:北町公園行(第二小学校経由)
- 5番乗り場
- 国21:けやき台団地行
[編集] 歴史
- 1925年頃より、学園都市として箱根土地(現・プリンスホテル)の堤康次郎がこの地区の開発を計画。南口から三方向に伸びる道路はこの計画によるものである。
- 1926年(大正15年)
- 1928年(昭和3年)10月15日 - 中央線、当駅まで複線化。
- 1929年(昭和4年)
- 1951年(昭和26年) - 駅所在地の谷保村が町制施行にあたり、駅名から町名をとって国立町となる。
- 1962年(昭和37年)10月25日 - 貨物の取り扱いを廃止。
- 1970年(昭和45年)3月20日 - 試験的に、国鉄では初めてとなる自動改札装置を設置[8]。
- 1973年(昭和48年)4月1日 - 武蔵野線貨物支線が開業。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR東日本の駅となる。
- 1998年(平成10年) - 関東の駅百選に選定。選定理由は「赤い三角屋根の駅舎が駅前の桜並木とマッチした駅」。
- 2001年(平成13年)11月18日 - ICカードSuica供用開始。
- 2003年(平成15年)6月 - 連続立体交差事業開始。
- 2009年(平成21年)1月11日 - 下りホームを高架に切り替え。
- 2010年(平成22年)11月7日 - 上りホームを高架に切り替え。
- 2011年(平成23年)10月8日 - 終電後から10日始発前まで構内線路切り替え工事が行われる。
[編集] ゆかりの作品
[編集] その他
JR移行直後に駅舎の屋根がオレンジ系の明るい色に塗り替えられていた時期があったが、利用客の評判が悪かったため程なく元の色に戻された[要出典]。
[編集] 隣の駅
- 東日本旅客鉄道
- ■中央線
- 武蔵野線貨物支線(国立支線)
-
- 新小平駅 - 国立駅
-
- ※むさしの号(新小平駅方 - 当駅 - 立川駅方)は当駅を通過する。JR東日本では旅客用の営業キロを設定していないため、運賃は西国分寺駅経由で計算する。
[編集] 脚注
- ^ 東京都統計年鑑(平成4年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成5年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成6年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成7年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成8年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成9年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成10年) (PDF)
- ^ 『コロタン文庫 鉄道No.1全百科』p313(1981年・小学館)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
|
|||||
|
|||||||||||||||||