東久留米駅

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東久留米駅
西口(2009年2月)
西口(2009年2月)
ひがしくるめ - Higashi-Kurume
SI13 ひばりヶ丘 (1.4km)
(1.8km) 清瀬 SI15
所在地 東京都東久留米市東本町1-8
駅番号 SI 14
所属事業者 西武鉄道
所属路線 池袋線[1]
キロ程 17.8km(池袋起点)
駅構造 地上駅橋上駅
ホーム 2面2線
乗降人員
-統計年度-
51,808[2]人/日
-2011年-
開業年月日 1915年大正4年)4月15日[1]

東久留米駅(ひがしくるめえき)は、東京都東久留米市東本町にある、西武鉄道池袋線。駅番号はSI14

歴史

  • 1915年大正4年)4月15日 - 武蔵野鉄道が池袋 - 飯能間で営業を開始するにあたり開業[1]。現行の駅周辺部の地主が土地を提供し[3]、当地に開設された[1]当初の予定では、現行の市中央部にある前沢宿を通る予定であったが、地主の反対に遭った。仮に予定通り前沢宿付近に駅が設置されていたとすると、西武池袋線は清瀬市埼玉県新座市を通ることはなく、東村山市中央部を経由して所沢駅に向かうか、東村山駅西武新宿線と接続していたと考えられており、ひばりヶ丘駅の所沢側、清瀬駅の池袋側、秋津駅の所沢側で大きく屈曲しているのはその名残である[要出典]。なお、当時の隣の駅は保谷駅と所沢駅であった。
  • 1944年(昭和19年)8月 現在の西東京市谷戸にあった中島航空金属[4]までの鉄道敷設認可(2.84km)(正式名称は東久留米駅構外線)[5]
  • 1949年(昭和24年) - 北口駅舎が竣工[要出典]
  • 1970年(昭和45年) - ホームを相対式に改築、跨線橋を設置[要出典]
  • 1994年平成6年)11月16日 - 橋上駅舎が完成[6]。西口・東口を新設。西口にはエレベーターも設置(東口は後年設置)。
  • 1999年(平成11年) - 関東の駅百選に選定される。
  • 2005年(平成17年)10月 - 駅舎西口にある「富士見テラス」が「関東の富士見百景」に選定される[7]
  • 2008年(平成20年)
    • 2月 - ホーム清瀬寄り部分を改修、同箇所に屋根設置[要出典]
    • 3月 - ホーム上の案内板と縦書きの駅名表記を新デザインに変更[要出典]
  • 2009年(平成21年)8月1日 - 駅前商店街で開催されたイベントに合わせて、同日12時から17時の間に限り、北口駅舎の駅名標示板を同駅舎がモデルとなった『めぞん一刻』の『時計坂駅』に変更[8]
  • 2010年(平成22年)
    • [[1月22日]] - 北口改札閉鎖。同時に北口駅舎も解体[要出典]
    • 5月29日 - 北口駅舎跡地に商業施設「Emio東久留米」がオープン[要出典]

戦後直後の京王井の頭線には、吉祥寺駅から西武新宿線田無駅を経由して当駅まで延伸する計画が存在した[9]。この延伸計画は、その後頓挫してしまったが、現在では、当駅から井の頭線の起点の渋谷駅へは、東京メトロ副都心線を経由して、乗換えなしに向かうことができている。


開業時の所属自治体名は北多摩郡久留米村であった。駅名を「東久留米」としたのは、福岡県久留米駅と区別するためである。当時、国有鉄道および連絡輸送を行う私鉄は原則として同一の駅名を付与することができなかった。その後、久留米村は1956年(昭和31年)に町政実施(北多摩郡久留米町)を経て、1970年に市制施行する。この時、自治省の同一市名不可の原則に基き、福岡県久留米市との重複回避のため、駅名と同じ「東久留米市」と命名された[要出典]

中島航空金属専用線

1938年中島飛行機は現在の武蔵野市にエンジン工場を建設。武蔵野工場と名付けた。1943年9月には軍需工場の指定をうける。その関連施設として現在の西東京市谷戸に田無鋳鍛工場を建設した。1939年に独立し中島航空金属株式会社が設立される[5]。当初鋳物製造に必要な砂を馬車で運んでいた[10]が至近の東久留米駅まで線路(2.84km)を敷設することを計画。1944年8月認可を受けている(正式名称は東久留米駅構外線)。小型の蒸気機関車(元熊延鉄道3号機)により砂を運んでいたという。しかし1年で敗戦をむかえる[5]。その後中島航空金属は清算会社瑞穂産業となり専用線用地を京王電気軌道に売却しようとする。これに対し西武鉄道は無断で専用線を売却することに抗議。ついに訴訟に持ち込まれることになる。結局は和解により売却話はなくなった[11]

駅構造

相対式ホーム2面2線を持つ地上駅で、橋上駅舎を有している。駅舎の出入口は東口と西口に加え、連絡通路で結ばれる形で北口(東口・西口が開設されるまでの旧来の駅前広場)がある[12]

元々は貨物列車の発着に対応するべく側線が設けられており、島式ホームの形態であった。1970年に現行の相対式とされたが、側線の跡地がホームの外側に残っている。これは戦時中にあった中島飛行機関連工場への専用線の名残りであり、ひばりが丘団地の建設資材を運んだ時期もあった。専用線跡には遊歩道と送電線が通っている[要出典]

また、所沢寄りのホームが40年近くに渡り仮設(パイプ組み)の状態で維持されていたこと、現在の橋上駅舎建設が計画される以前(1970年の跨線橋設置時)から跨線橋に橋上駅舎の増設が可能なように鉄骨が配慮されていたこと、ホームの既存部が緩やかなカーブを描いていること、ホーム屋根の池袋よりの鉄骨が延長可能な形状であることなどから、側線跡地を活用し、池袋側にホームを移設の上、島式ホーム2面4線の形態にできるように考慮していたことが伺える。なお、側線の跡地は駐輪場や店舗などに活用されている[要出典]

エスカレーターは東口・西口地上部と改札コンコース間に各1基、北口地上部と連絡通路間に2基および改札内コンコースと各ホーム間に各1基の合計6基、エレベーターは東口・西口・北口に各1基、改札内コンコースと各ホーム間に各1基の合計5基が設置されている。

トイレは2階改札内と西口改札外1階にあり、いずれも多機能トイレを併設している[12]

橋上駅舎部の売店は2008年7月14日よりTOMONYとしてリニューアルオープンした[要出典]

北口改修工事

1949年に建設された木造の北口駅舎は、高橋留美子漫画めぞん一刻』に登場する「時計坂駅」のモデルとなった[13]。その駅舎も老朽化に伴い建て替えが行われた[要出典]

2008年2月には、改修工事に先立ち各ホームの清瀬寄りにホーム屋根を延長し、ホーム本設化工事が完了した[要出典]

本格的な改修工事は2009年6月から始まった。その間の同年8月1日には、駅前商店街で開催されたイベントに合わせて同日12時から17時の間に限り駅名標を駅舎がモデルとなった『時計坂駅』に変更した。その後、2010年1月22日に北口改札が閉鎖され、同時に駅舎も解体された[要出典]

駅舎跡地には2010年5月29日に「Emio東久留米」が開業した[14]

のりば

ホーム 路線 方向 行先
1 池袋線 上り 練馬池袋新木場渋谷横浜方面
2 池袋線 下り 所沢飯能西武秩父方面
  • 副都心線直通列車は2013年3月16日実施のダイヤ改正で、日中は土曜・休日ダイヤの当駅11時34分発各駅停車元町・中華街行のみ停車する[15]。そのため、日中時間帯に副都心線方面を利用する場合、最低でも優等停車駅などで1回以上の乗り換えが必要である。

利用状況

2011年度の1日平均乗降人員は51,808人であり[2]、西武鉄道全92駅中16位である[16]。2009年度までは、東隣のひばりヶ丘駅と同様に微増傾向であった。

近年の1日平均乗降人員、乗車人員の推移は下記の通りである。

年度 1日平均
乗降人員
1日平均
乗車人員
1990年 21,860[17]
1991年 21,984[18]
1992年 22,074[19]
1993年 21,975[20]
1994年 22,395[21]
1995年 22,582[22]
1996年 22,962[23]
1997年 23,170[24]
1998年 23,701[25]
1999年 23,959[26]
2000年 24,033[27]
2001年 47,798[28] 24,216[29]
2002年 47,719[30] 24,148[31]
2003年 48,673[30] 24,607[32]
2004年 48,983[30] 24,759[33]
2005年 49,205[30] 24,874[34]
2006年 49,754[30] 25,121[35]
2007年 50,840[2] 25,642[36]
2008年 51,791[2] 26,063[37]
2009年 52,302[2] 26,288[38]
2010年 52,275[2] 26,129[39]
2011年 51,808[2]

駅周辺

富士見テラスから望む富士山(2009年冬)

西口ロータリーから市役所方向に一直線にのびている道路は「まろにえ富士見通り」と呼ばれ、駅2階にある「富士見テラス」からこの通りの方向を見ると、天候にもよるが富士山がはっきり見え[7]関東の富士見百景に選出されている[40]。また、毎年12月25日には、日没の頃にここから富士山を望むと、夕日が富士山の山頂にかかって沈んでいく「ダイヤモンド富士」と呼ばれる現象が見られる[41]

2007年元日付読売新聞東京本社版の1面カラー写真に「富士見テラス」から撮影された富士山が採用された。

駅周辺は土地区画整理事業によってマンションが多数建設された。

駅ナカ店舗

東口側から見たEmio東久留米

出店店舗の詳細は西武プロパティーズ公式サイト『東久留米駅の店舗情報』を参照。

  • 東久留米市役所 東久留米駅市民サービスコーナー
  • Emio東久留米

北口

西口

東口

  • 田無警察署 東久留米駅前交番
  • 西武バス東久留米駅案内所
  • 東久留米消防署 新川出張所
  • 東久留米市立東部地域センター
    • 東久留米市立東部図書館
    • 東久留米市大門町地区センター
    • 東久留米市立けやき児童館
    • 東久留米市東部地域包括支援センター
  • 東久留米市スポーツセンター
  • 東久留米大門郵便局
  • 浄牧院
  • 東京都道125号東久留米停車場線
  • クリスチャン・アカデミー・イン・ジャパン(インターナショナルスクール
  • スーパーヤマザキ 東久留米東口店

バス路線

西武バスにより運行されており、全路線が当駅を起・終点とする。

東久留米駅東口

東久留米駅西口

橋上駅舎・ロータリーが完成する前は、北口(地上駅舎)横から現行の東口発の路線が運行されていた。その後この場所は駐車場とされた。また、東口のエレベーターが設置されているあたりにバス用のターンテーブルが設置されていた[要出典]

北口徒歩3分の所に立地していた「東久留米駅ターミナル」から、現行の西口2番乗り場発の路線に加え、1988年まで、田45田無駅 - 東久留米駅ターミナル間の路線が運行されていた。かつてのターミナルは宮地楽器東久留米センター前のマンション敷地である。田45の経路の一部は2013年に開設したイオンモール東久留米シャトルのルートになっている[要出典]

武21系統(入庫の滝山営業所行も含む)はロータリー完成後の新設である。久留23系統は、その後の新座駅南口ロータリー完成に伴う久留22-1系統新座市役所行の延長・系統番号変更によって設定された系統である。

いずれの系統も、2010年現在とは駅周辺の経路が異なっている。

隣の駅

西武鉄道
池袋線
快速急行・急行
通過
通勤急行(上りのみ運転)
保谷駅 (SI12) ← 東久留米駅 (SI14)所沢駅 (SI17)
快速・通勤準急・準急・各駅停車(通勤準急は上りのみ運転)
ひばりヶ丘駅 (SI13) - 東久留米駅 (SI14) - 清瀬駅 (SI15)

脚注

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  1. ^ a b c d 竹島勇(2015年4月16日). “地域発展支えた東久留米駅 100年 記念の歌を合唱”. 東京新聞 (中日新聞社)
  2. ^ a b c d e f g 「駅別乗降人員(一日平均)の推移」 No.2 2007年度 - 2011年度 池袋線・西武秩父線・西武有楽町線・豊島線・狭山線・山口線 (PDF) - 西武鉄道
  3. ^ 駅近くの稲荷神社には一町一反歩(3200坪)の土地を寄付した神藤庄太郎の像と顕彰碑がある『東久留米市史』、1979年、648-649頁
  4. ^ 『帝国銀行会社要録. 昭和15年(28版)』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  5. ^ a b c 名取紀之「オーラルヒストリーからみえてくるもうひとつの鉄道史」『多摩の鉄道史 -私鉄と沿線開発- 多摩地域史研究会第20回大会 発表要旨 Ⅱ 』多摩地域史研究会、2011年、74頁
  6. ^ 『1999会社要覧』西武鉄道株式会社、1999年、100-103頁
  7. ^ a b 市内の見どころ”. 東久留米市役所. 2012年2月12日閲覧。
  8. ^ [1][リンク切れ]
  9. ^ 井の頭線、消えた延伸計画と「日本一」の三鷹球場 - 日本経済新聞、2013年6月16日閲覧
  10. ^ 関島久雄「中島飛行機の大きな工場と小さな鉄道、そしてその後」『多摩のあゆみ』No.79
  11. ^ 名取紀之「オーラルヒストリーからみえてくるもうひとつの鉄道史」『多摩の鉄道史 -私鉄と沿線開発- 多摩地域史研究会第20回大会 発表要旨 Ⅱ 』多摩地域史研究会、2011年、82-85頁
  12. ^ a b 東久留米駅 駅構内マップ - 西武鉄道
  13. ^ 「「めぞん一刻」駅舎さよなら」2008年11月13日朝刊『朝日新聞縮刷版』2008年11月
  14. ^ 〜東久留米駅が新しく生まれ変わります〜「Emio東久留米」5月29日(土)オープン (PDF) - 西武鉄道 2010年5月18日
  15. ^ 該当する時間帯は、副都心線経由東急東横線みなとみらい線直通の快速急行が運転されており、地下鉄線直通列車は毎時2本運転の新木場発着のみ。
  16. ^ 駅別乗降人員 2011(平成23)年度 1日平均 (PDF) - 西武鉄道
  17. ^ 東京都統計年鑑(平成2年)224ページ
  18. ^ 東京都統計年鑑(平成3年)230ページ
  19. ^ 東京都統計年鑑(平成4年)
  20. ^ 東京都統計年鑑(平成5年)
  21. ^ 東京都統計年鑑(平成6年)
  22. ^ 東京都統計年鑑(平成7年)
  23. ^ 東京都統計年鑑(平成8年)
  24. ^ 東京都統計年鑑(平成9年)
  25. ^ 東京都統計年鑑(平成10年) (PDF)
  26. ^ 東京都統計年鑑(平成11年) (PDF)
  27. ^ 東京都統計年鑑(平成12年)
  28. ^ 「駅別乗降人員(一日平均)の推移」No.1 2001年度 - 2005年度 池袋線・西武秩父線・西武有楽町線・豊島線・狭山線・山口線 (PDF) - 西武鉄道
  29. ^ 東京都統計年鑑(平成13年)
  30. ^ a b c d e 「駅別乗降人員(一日平均)の推移」No.1 2002年度 - 2006年度 池袋線・西武秩父線・西武有楽町線・豊島線・狭山線・山口線 (PDF) - 西武鉄道
  31. ^ 東京都統計年鑑(平成14年)
  32. ^ 東京都統計年鑑(平成15年)
  33. ^ 東京都統計年鑑(平成16年)
  34. ^ 東京都統計年鑑(平成17年)
  35. ^ 東京都統計年鑑(平成18年)
  36. ^ 東京都統計年鑑(平成19年)
  37. ^ 東京都統計年鑑(平成20年)
  38. ^ 東京都統計年鑑(平成21年)
  39. ^ 東京都統計年鑑(平成22年)
  40. ^ 東京都にある関東の富士見百景のリスト”. 関東地方整備局. 2012年3月12日閲覧。
  41. ^ ダイヤモンド富士”. 関東地方整備局. 2012年3月12日閲覧。

関連項目

外部リンク