日野駅 (東京都)

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日野駅
1937年移転開業以来の駅舎(2005年6月12日)
1937年移転開業以来の駅舎(2005年6月12日)
ひの - Hino
立川 (3.3km)
(2.3km) 豊田
所在地 東京都日野市大坂上一丁目9-6
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
所属路線 中央本線
キロ程 40.8km(東京起点)
電報略号 ヒノ
駅構造 高架駅(盛土上)
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度-
27,713人/日(降車客含まず)
-2010年-
開業年月日 1890年明治23年)1月6日
備考 みどりの窓口

日野駅(ひのえき)は、東京都日野市大坂上一丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)中央本線中央線)のである。

目次

[編集] 駅構造

築堤上に島式ホーム1面2線を有する高架駅。これは日野台地多摩川の橋梁の間に駅が存在し、地上駅にすると線路の高低差が問題になるためである。なお、ホーム西側の一部は日野台地に掛かっている。

高尾側にホームのない中線が1線設置されている(旧駅の中線を転用したもの。後述)。土手に設けられたため、ホームの幅が狭く、特に高尾寄りは危険である。

駅舎は1937年昭和12年)の移転時に建てられたもので、民家風の素朴な造りになっている。改札口は立川方に1ヶ所。みどりの窓口自動改札機、指定席券売機が設置されている。ホームから改札口への通路の途中にトイレNEWDAYSがある。KIOSKは改札口を出てすぐのところにある。バリアフリー対応施設として、エレベーター1基と車椅子対応多目的トイレが設置されている。

日野駅プラットホーム
ホーム 路線 方向 行先
1 中央線 下り 八王子高尾方面
2 中央線 上り 立川新宿東京方面
  • 当駅には中央本線の中距離列車も乗り入れるため、本項では中央線のラインカラーをオレンジと青の併記としたが、実際のホーム案内はすべてオレンジのみ用いられている。

[編集] 利用状況

2010年度の1日平均乗車人員は27,713人である。日野自動車コニカミノルタセイコーエプソンスーパーアルプスなどへの通勤や、実践女子大学実践女子短期大学東京都立日野台高等学校に通学する学生・生徒の利用が多い。また、八王子や立川および東京都心方面への通勤・通学や買い物客の利用も多い。近年の推移は下記の通り。ここ5年間は27,000人台を保っている。

年度 JR東日本
1992年 28,195[1]
1993年 28,468[2]
1994年 28,537[3]
1995年 28,537[4]
1996年 28,912[5]
1997年 28,259[6]
1998年 27,764[7]
1999年 27,049[8]
2000年 25,867[1]
2001年 25,823[2]
2002年 25,719[3]
2003年 26,291[4]
2004年 26,708[5]
2005年 26,857[6]
2006年 27,288[7]
2007年 27,706[8]
2008年 27,798[9]
2009年 27,340[10]
2010年 27,713[11]

[編集] 駅周辺

改札口を出て左手(西側)に行くとバスターミナルがある。ここには京王電鉄バス西東京バスの路線が発着し、日野市内および隣接する八王子立川国立府中の各市内への路線バスが運行されている。駅の南側すぐには中央自動車道の高架がある。南側の豊田寄りには鉄道総合研究所の日野土木実験所がある。

[編集] 新撰組と日野

日野市は、新選組副長・土方歳三の出身地として知られるが、六番組隊長の井上源三郎の出身地でもある。当駅のホームから東の方に見える宝泉寺は井上家の菩提寺であり、源三郎もここに眠っている。また、生家も当駅から歩いて5分ぐらいのところにあり、子孫が資料館を開設している。

甲州街道東京都道256号八王子国立線)に面した改札口を抜け、右手(東側)へ甲州街道を行くと八坂神社がある。さらに進むと新選組を物心両面で支えた佐藤彦五郎家がある。ここは東京都内に唯一当時の建物の遺された本陣址である。現在駐車場になっている辺りに道場があり、近藤や土方はこの道場にて剣の腕を磨いたと言われている。

[編集] バス路線

日野駅

  • 1番乗り場
  • 2番乗り場
    • 日11:日野自動車前・泉塚経由 豊田駅北口行(京王)
  • 3番乗り場
    • 立73:仲田(甲州街道駅)経由 立川駅北口行(京王) ※土曜1本のみ
    • S(日野市ミニバス市内路線):日野市役所・日野市立病院病院経由 豊田駅北口行/下田経由 高幡不動駅行(日野市)
    • 日04:日野台五丁目経由 豊田駅北口行(京王)
  • 4番乗り場
    • 日21:宇津木台行(西東京)
  • 5番乗り場
    • 日01:日野本町経由 高幡不動駅行(京王)
    • 日03:実践女子短大経由 高幡不動駅行(京王)
    • 分53:日野本町・万願寺駅・NEC正門経由 分倍河原駅行(京王)
    • 高32:日野市役所入口・万願寺駅経由 モノレール北(高幡不動駅)行(京王)
  • 6番乗り場

[編集] 歴史

  • 1890年明治23年)1月6日 - 地元有志の寄付により甲武鉄道の駅として開業。旅客および貨物の取り扱いを開始。
    • 駅北50mほどのところに用水路を跨ぐ小さな跨線橋がある。赤レンガを積んだ風情のあるものだが、これは甲武鉄道開業当時(1889年)からのもの。ここで使われているレンガは日野煉瓦(現在は廃業)製のもの。多摩川橋梁の橋脚にも同社製のレンガが用いられており、現在も上り線の立川寄りの橋脚に見ることができる。
  • 1906年(明治39年)10月1日 - 甲武鉄道の国有化により国有鉄道の駅となる。
  • 1937年昭和12年)6月 - 複線化に伴い300mほど北、現在地に移転。
    • 民芸調の入母屋造りの駅舎が建設されたが、これはこの地が「多摩の米蔵」と称された日野でも「八丁田圃」と呼ばれる稲作地帯だったことによる。その田園風景との調和を考えたデザインとなっているため。
    • また移転時にホームのみを移設したため、機回し線など旧駅の機能はそのまま残る結果となった。旧駅のあった場所には鉄道総合技術研究所日野土木実験所が立地する。
  • 1959年(昭和34年)12月1日 - 貨物の取り扱いを廃止。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR東日本の駅となる。
  • 2001年平成13年)11月18日 - ICカードSuica供用開始。
  • 2010年(平成22年)1月11日 - 開業120周年記念として記念セレモニー・記念入場券発売などを実施。

[編集] その他

国立・日野・豊田
各列車の停車・通過一覧
駅名 国立 日野 豊田
むさしの
ホリデー快速河口湖
通過
通勤特快 通過
中央特快
通勤快速
通過 停車
快速 停車
  • 中央特快・通勤快速の停車駅であるが、大宮発着の普通列車(むさしの号)は通過する。なお、立川発着の普通列車も1996年(平成8年)までは通過扱いであった。
  • 昭和40年代初頭まで当駅始発・終着列車が設定されていた。歴史の項で触れた旧駅の機回し線を利用した折り返し運転が可能だったためである。その後、西隣の豊田駅に隣接して当時東洋一の規模の車両基地だった豊田電車区(現・豊田車両センター)が開設されてからは同駅が始発・終着駅となったため、当駅始発・終着列車は廃止となった。その後、この折り返し線は三鷹方面から武蔵野線に入る回送列車や臨時列車が使用している。
  • 将来計画として、下りホームを新設して現在のホームを上り専用とし、ホームを上下で分離させる予定である[要出典]。また、築堤になっている当駅を高架化して西口を新設する計画もある[要出典]


[編集] 隣の駅

東日本旅客鉄道
中央線
通勤特快・むさしの号
通過
中央特快・通勤快速・快速・各駅停車(緩行線直通、早朝・深夜のみ)・普通(大月駅以西直通)
立川駅 - 日野駅 - 豊田駅

[編集] 脚注

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[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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