甲斐大和駅

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甲斐大和駅
駅舎(2009年4月)
駅舎(2009年4月)
かいやまと - Kai-Yamato
笹子 (6.1km)
所在地 山梨県甲州市大和町初鹿野1716-1
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
所属路線 中央本線
キロ程 106.5km(東京起点)
電報略号 イヤ
シノ(改称前)
駅構造 地上駅
ホーム 2面3線
乗車人員
-統計年度-
139人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 1903年明治36年)2月1日
備考 業務委託駅
* 1993年に初鹿野駅から改称。
ホーム上にある甲州鞍馬石を使用したモニュメント
ホーム(2009年4月)
駅付近の武田勝頼像

甲斐大和駅(かいやまとえき)は、山梨県甲州市大和町初鹿野にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)中央本線である。

歴史[編集]

開業当初の駅名は初鹿野(はじかの)。1903年明治36年)に大月駅から当駅までの開通により開業した古い駅である。終着駅であった時期は短く、同年6月11日には当駅から甲府駅までが延伸となったため中間駅となった。

駅開業当時、この駅は東山梨郡初鹿野村にあった。初鹿野村はその後1941年(昭和16年)に付近の村々と合併し大和村となったが駅名はそのままで、52年後の1993年(平成5年)に現在の甲斐大和駅へ改称された。これで駅名と自治体の名前が揃った格好になったが、それもつかの間の2005年(平成17年)、大和村は附近の市町と合併して甲州市となり、消滅した。

年表[編集]

駅構造[編集]

単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線の、計2面3線を有する地上駅。ホームは嵩上げされていない。ホームは切り通しの底に置かれており、駅舎は切り通しに橋を掛けた上に位置する。このため各ホームへは、駅舎から各ホームへ伸びる階段を下って行くことになる。なお、2・3番線に面した島式ホーム上には、駅付近で産出する甲州鞍馬石を使用したモニュメントが置かれている。

駅舎は1969年昭和41年)11月竣工で、内部には待合所のほか自動券売機2台や簡易Suica改札機1組と窓口とがある。POS端末が設置されている。業務委託駅(JR東日本ステーションサービス委託)。

のりば[編集]

番線 路線 方向 行先 備考
1 中央本線 下り 甲府上諏訪松本方面  
2 中央本線 下り 甲府・上諏訪・松本方面 待避列車
上り 大月八王子新宿方面
3 中央本線 上り 大月・八王子・新宿方面  

当駅では2番線を利用して、特急あずさ」、「かいじ」の列車追い抜きが多く行われる。これは当駅が、大月・塩山間では唯一の追い越し可能な駅だからである。

利用状況[編集]

1日平均乗車人員は以下の通りとなっている。

乗車人員推移
年度 1日平均人数
1998 190
1999 183
2000 181
2001 191
2002 191
2003 199
2004 192
2005 182
2006 190
2007 176
2008 163
2009 148
2010 146
2011 132
2012 139

駅周辺[編集]

駅一帯は国中地方郡内地方との境に近い山間部であり、駅そのものは日川渓谷(ひかわ)によって出来た小さな平地にある。この駅は長大トンネルの間にはさまれて位置しており、当駅の東は笹子駅の付近まで笹子トンネル (中央本線)と新笹子トンネル、西は短い鶴瀬トンネルをはさんで勝沼ぶどう郷駅の手前まで殆どが新深沢トンネル新大日影トンネルとなっている。

あたりは旧大和村の中心部で、地名は初鹿野(はじかの)。甲州市役所大和庁舎や小学校、中学校などがある。南の山には中央自動車道が走っている。

武田勝頼一族が自害した天目山が駅北東にあり、他に景徳院など、武田氏ゆかりの史跡がある。ホームには「武田氏終えんの郷」の看板が設置されているほか、2002年平成14年)には駅裏手に武田勝頼の銅像が建立された。

路線バス[編集]

甲州市市民バス

  • 甲州市縦断線:塩山駅南口 - 甲州市役所 - 共和 - 甲斐大和駅 - 景徳院入口 - 天目(栖雲寺)
  • 大菩薩上日川峠線(季節運行):甲斐大和駅 - やまと天目山温泉 - 奥日川渓谷 - 大菩薩湖入口 - 上日川峠

その他[編集]

稀に、休日などを中心にかいじ号が臨時停車することがある。また、週末には季節運行で大菩薩峠の登山口、上日川峠行バスが運行され、登山の玄関口になる。

隣の駅[編集]

東日本旅客鉄道
中央本線
笹子駅 - 甲斐大和駅 - 勝沼ぶどう郷駅

関連項目[編集]

外部リンク[編集]