西尾幹二

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西尾 幹二
(にしお かんじ)
誕生 1935年7月20日(73歳)
日本東京府
職業 文学者評論家
国籍 日本
主題 論説、評論翻訳
代表作 『ヨーロッパの個人主義』(1969年
『ニーチェとの対話――ツァラトゥストラ私評』(1978年
『人生の価値について』(1996年
『国民の歴史』(1999年
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西尾 幹二(にしお かんじ、1935年7月20日 - )は、日本ドイツ文学者評論家学位文学博士東京大学)。電気通信大学名誉教授

新しい歴史教科書をつくる会の運動を進めた人物としても有名。西尾の基本的な政治哲学は「米中両国の狭間で、日本はいかにして生存するか」である。

目次

人物

東京都に生まれる。東京都立小石川高等学校東京大学文学部独文科卒業。同大学院修士課程修了。1979年、学位論文「初期のニーチェ」で東京大学より文学博士の学位を受ける。「新しい歴史教科書をつくる会」(以下、「つくる会」)名誉会長(2001年9月~2006年1月)。

ニーチェの研究家

ニーチェの研究と翻訳で知られる。翻訳は『悲劇の誕生』、『偶像の黄昏』、『アンチ・クリスト』、『この人を見よ』など。ニーチェ以外ではアルトゥル・ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』などの翻訳がある。主要著作『ニーチェ』、『ヨーロッパの個人主義』、『ソ連知識人との対話』、『日本の教育 ドイツの教育』、『自由の悲劇』、『わたしの昭和史』、『国民の歴史』、『人生の深淵について』、『民族への責任』等。『地球日本史』『新地球日本史』の責任編集。 早くから西欧との比較に基づく文化論を展開し、文芸、教育、政治、国際問題をめぐる評論家としても活躍している。

保守系文化人として

竹山道雄西義之と続く、ドイツ文学者出身の保守系文化人として、すでに、1970年代後半から名は知られていた。小堀桂一郎とは大学の同級生。朝まで生テレビに番組開始時から多く出演する。バブル景気時に経済界で高まった外国人労働者の受け入れ論に、文化論的視点から反対論を主張。国際法学者の大沼保昭らと活発な論争を繰り広げた。論壇での活躍が圧倒的に増えたのはやはり「つくる会」以降である。NHKの対中報道などが迎合的で偏向しているとして、また、人権擁護法案に危険性があるとして早くから指摘する一方で、「カルト系右翼」や「神社右翼」にも厳しい批判を加えている。

台湾独立運動については否定的で、「台湾も所詮は中国と同根の反日集団であり、擁護に値しない」と雑誌『正論』などで批判し、金美齢らの怒りを買った。西尾の台湾独立運動批判に対して、とりわけ激しく反応したのが小林よしのりで、小林は「まるで、後ろから斬りつけるような卑怯な姿勢」と強く非難。西尾と小林はこれを境に対立関係に陥る。西尾と小林との対立は9・11を契機とする親米反米、親小泉・反小泉を巡る論争と考えられがちだが事実ではない。西尾は親米というよりも、核武装を主張していることからも、むしろ反米的傾向が色濃い。

2007年には南京大虐殺虚構論を唱える映画「南京の真実」に多くの右派・保守系知識人達と同様賛同した。西部邁など自身と政治的に対立した人物とも大同団結した形となる。西尾は製作記者会見にも出席し、東京裁判の不当性を訴えた。

政党政治では一党優位政党制を支持しているが、「保守政党が永続的に政権を握り続けられるような制度を法的に整備する」事を前提としており、むしろヘゲモニー政党制支持に近い。

今日の皇室の在り方を憂慮しており、特に皇太子徳仁親王に対して月刊誌WiLL』2008年5月号から「皇太子さまに敢えて御忠言申し上げます」と題して定期的に執筆している。ただその御忠言は皇太子以上に、皇太子妃雅子への批判が主となっている。また、「雅子妃は病気ではなく健康である」と主張している。2008年8月30日に出演したテレビ朝日朝まで生テレビ!」でも同様の主張を展開した。しかし、『WiLL』の中でも久保紘之などからや、『正論』でも、皇太子妃雅子を批判することに、反対する声も上がっている。たかじんのそこまで言って委員会でも、こうした批判についての議論が行われた。(2008年8月17日放送、ゲスト所功を招いて)

つくる会での活動

西尾は「新しい歴史教科書をつくる会」の設立人の一人である。1996年8月、西尾と藤岡信勝が出会い、各界有志に呼びかけを行ったことが「つくる会」の始まりである。翌1997年1月30日、「つくる会」の初代会長に就任する。2001年に会長の座を田中英道に譲り、名誉会長となる。

2006年1月17日、「若い人と話が通じなくなった」という言葉を残し「つくる会」を突如離脱する。だが、会を離脱していながら側近を通じ事実上の院政を敷いているとの批判は後を絶たない。離脱したはずの「つくる会」で、会長だった八木秀次が無断での訪中などを口実にその後解任され、八木が「つくる会」に対し、抗議の脱会をする事態にまで発展する。また、八木が脱会した際には、西尾が傀儡として後任に考えていたとされる東大の同級生、種子島経も西尾の創業者意識の強さに幻滅して八木に同調してしまった。八木は、西尾の「つくる会」への介入を文化大革命と評している。西尾の一連の活動に対しては、日本人の歴史再認識に果たした役割を高く評価する声も保守派の中には依然としてあるものの、ここ数年の西尾に対しては、そのあまりの硬直性を批判する意見も少なくない。旧版教科書の改訂その後についてはインターネット日録(2007/1/26-2008/3/12休載:その間管理者、寄稿者の記事有)に概要がある。

藤岡信勝とは元々性格が合わないとされる。種子島経は西尾と藤岡の関係について「この二人はいずれ劣らぬ自分中心の天動説論者で、宿命的に仲が悪いのだが、ただ、誰かを呪い潰そう、という際にだけ共同戦線を組むこともある。いうなれば呪い仲間である」と指摘している[1]

9.11テロ以来不仲だった小林よしのり(一時期、小林の漫画で西尾の顔を黒く塗りつぶして描くなどがあった)から2006年ごろから小林の作品の欄外で肯定的なコメントをかかれるようになり、西尾自身も『わしズム』夏号に小林からの寄稿依頼に応じて論文を執筆するなど、両者の関係改善が進んでいるようである。

小泉・安倍内閣への評価

小泉純一郎内閣に関しては、その中期までは大変好意的で、2003年9月に小泉が自民党総裁に再選された際には、北朝鮮に対する融和姿勢に懸念を示しつつもそれ以外は手放しで礼賛している。1990年代の自民党の左傾化に終止符を打ち派閥政治の象徴だった竹下派支配と派閥順送り人事を小泉が徹底的に破壊しつくし、その直後に安倍晋三幹事長に据え自身の後継候補として育て上げたことを高く評価している。

しかし、好意的だった小泉への評価は、第二次訪朝を期に完全に批判的なものに転じる。同政権の対北朝鮮・対アメリカ外交、郵政民営化をはじめとする規制緩和路線などを過激な筆致で徹底攻撃(月刊誌『Voice2005年10月号では「狂人宰相」とまで呼んでいる)している。郵政民営化路線を徹底的に批判し、同年の総選挙では城内実衛藤晟一ほかの造反議員の応援演説までしている。父親が旧鉄道省官僚だったことに加え、かつて旧郵政省の関係団体「逓信協会」の機関誌で長年にわたり評論文他を書き、また編集長を務めた池田俊二と共著を出している。(洋泉社新書40、2001年)ことも遠因とされる。なお城内実の父で、警察庁長官を務めた城内康光とは同期の友人でもある。

その一方で不確定な情報をもとに小泉批判をしたことが原因で、自身も大きな批判を受けた(→小泉訪朝における空白の10分間事件を参照)。これについて本人は「小泉政権の陰謀」だと主張している。

また、その際には小泉を自民党の左傾化を推進してきた野中広務加藤紘一と同一視し、批判に拍車をかけている。郵政解散以降は、かつて激しく批判していたはずの派閥政治とその温床になってきた中選挙区制に関しても評価に転じている。更には、小泉が2001年自民党総裁選の公約通り2006年終戦の日靖国神社を参拝した際にさえ、小泉を激しく罵倒している。

近年の主張

核武装の積極推進論者でもある。

慰安婦問題に対しては「性奴隷説」に異議を唱える立場であり、2007年7月13日に米国大使館に手渡された米下院121号決議全面撤回を求めるチャンネル桜主導の抗議書[2]にも賛同者として名を連ねている。[3]

宮内庁からの抗議

WiLL2008年8月号(ワック・マガジンズ刊)において、西尾は「これが最後の皇太子さまへの御忠言」において、会田雄次が1968年に語った「いまの皇太子(今上天皇)は、あんな不自由な寒くてしょうがないところはいやだといって、都ホテルへ泊まられるのですよ。この点は、訓練の相違もあるんでしょう。これは大きな問題だと思うのです。」を引用したが、宮内庁から当時の資料からそのような事実はないとの抗議を受け、誌上での訂正を求められている[1]

雅子妃に関する発言

西尾は、皇太子妃雅子は健康であり、公務を欠席しているのは仮病であると、雑誌[4] やテレビ[5] 等で繰り返し発言している。2008年12月23日、今上天皇は誕生日文書回答において「皇太子妃が病気の今、家族が皆で、支えていくのは当然のことです」と発言した。

著書

  • ヨーロッパ像の転換 新潮選書, 1969
  • ヨーロッパの個人主義-人は自由という思想に耐えられるか 講談社現代新書, 1969
    • 加筆改題し「個人主義とは何か」 PHP新書、2007
  • 悲劇人の姿勢 新潮社, 1971
  • 情熱を喪った光景 河出書房新社, 1972
  • 懐疑の精神 中公叢書・中央公論社, 1974
  • 地図のない時代-反時流的考察 読売選書・読売新聞社, 1976
  • ニーチェ』第1・2部 中央公論社、1977年5月・6月
  • ニーチェとの対話-ツァラトゥストラ私評 講談社現代新書、1978
  • 新開国のすすめ-日本文化再生の条件 日本経済新聞社,1979
  • ソ連知識人との対話 文藝春秋、1979年10月 のち中公文庫、1986年4月 ISBN 4-12-201318-6
  • 鎖国の跫音-現代日本の精神的諸相, PHP研究所 1981
  • 西欧の無知日本の怠惰 文藝春秋, 1982 のちPHP文庫
  • 日本の教育ドイツの教育 新潮選書, 1982
  • 日本の教育智恵と矛盾 <中公叢書> 中央公論社 1985
  • 行為する思索 中央公論社, 1987
  • 戦略的「鎖国」論 講談社, 1988 のち講談社文庫
  • 「労働鎖国」のすすめ-外国人労働者が日本を滅ぼす <カッパ・ビジネス>光文社、1989年9月(ISBN 4-334-01238-8
    • 「労働鎖国のすすめ」に改題され PHP文庫、1992年6月刊(ISBN 4-569-56475-5
  • 智恵の凋落 福武書店, 1989
  • 日本の不安 世界史の転機に考えること PHP研究所 1990 のちPHP文庫
  • 自由の悲劇 未来に何があるか 講談社現代新書、1990
  • 日本の孤独 誇りある国家であるために PHP研究所、1991
  • 教育と自由 中教審報告から大学改革へ 新潮選書、1992
  • 全体主義の呪い 東西ヨーロッパの最前線に見る 新潮選書、1993
    • 「壁の向うの狂気―東ヨーロッパから北朝鮮へ」に改題され、恒文社21、2003
  • 確信の喪失 学習研究社, 1993
    • 「あなたは何を信じて生きるのか」に改題され、PHP文庫
  • 立ちすくむ日本 PHP研究所, 1994
  • 思想の出現 西尾幹二対談集 東洋経済新報社 1994
  • 異なる悲劇日本とドイツ 文藝春秋, 1994 のち文春文庫 1997
  • 教育を掴む 論争的討議の中から 洋泉社 1995 対談も含む
  • 自由の恐怖 宗教から全体主義へ 文藝春秋 1995
  • 人生の価値について 新潮選書, 1996 のちワックブックス、2006
  • 歴史を裁く愚かさ-新しい歴史教科書のために PHP研究所 1997 のちPHP文庫
  • 現代について 徳間文庫教養シリーズ, 1998
  • 沈黙する歴史 徳間書店, 1998 のち徳間文庫
  • 「わたしの昭和史-少年篇」(1・2) 新潮選書, 1998
  • 国民の歴史』新しい教科書をつくる会編、産経新聞ニュースサービス、1999年10月。ISBN 4-594-02781-4
  • 西尾幹二の思想と行動』全3冊 扶桑社, 2000 著作選集
  • 超然たる人生 PHP研究所, 2001 (一章ごとの形式の選文集)
  • 歴史と科学-日本史を歩く PHP新書、2001
  • 国を潰してなるものか-憲法・台湾・教科書問題 徳間書店 2001
  • 歴史と常識-ものの見方の一元化を排す 扶桑社 2002
  • 日本の根本問題 新潮社, 2003
  • 私は毎日こんな事を考えている 西尾幹二の公開日誌 徳間書店 2003 ブログ日誌が元
  • 男子、一生の問題 三笠書房, 2004
  • 日本がアメリカから見捨てられる日 徳間書店, 2004
  • 日本人は何に躓いていたのか 勝つ国家に変わる7つの提言 青春出版社, 2004
  • 人生の深淵について 洋泉社, 2005
  • <狂気の首相>で日本は大丈夫か PHPソフトウェア・グループ, 2005
  • 民族への責任 皇室・領土・企業買収・歴史教科書 徳間書店 2005
  • 江戸のダイナミズム-古代と近代の架け橋』 文藝春秋、2007年1月。ISBN 4-16-368830-7
  • 国家と謝罪―対日戦争の跫音が聞こえる 徳間書店 2007 ブログ記事を含む
  • 日本人はアメリカを許していない 2007 ワックブックス
  • GHQ焚書図書開封 米占領軍に消された戦前の日本 徳間書店 2008
  • 皇太子さまへのご忠言 ワック 2008
  • 真贋の洞察 保守・思想・情報・経済・政治 文藝春秋 2008
  • 三島由紀夫の死と私 PHP研究所 2008
  • GHQ焚書図書開封2 徳間書店 2008 3.4を刊行予定

共著

  • (宮下啓三)『ドイツの言語文化――思想と文学を中心に』(旺文社 1980年)
  • 藤岡信勝)『国民の油断――歴史教科書が危ない!』(PHP研究所 1996年)
  • 小室直樹・市川宏)『韓非子の帝王学』(プレジデント社 1998年)
  • 中西輝政)『日本文明の主張――『国民の歴史』の衝撃』(PHP研究所 2000年)
  • 長谷川三千子)『あなたも今日から日本人』(致知出版社 2000年)
  • (池田俊二)『自由と宿命――西尾幹二との対話』(洋泉社[新書y] 2001年)
  • (路の会)『日本人はなぜ戦後たちまち米国への敵意を失ったか』(徳間書店 2002年)
  • 三浦朱門)『犯したアメリカ愛した日本――いまなお敗戦後遺症』(ベストセラーズ 2002年)
  • (金完燮)『日韓大討論』(扶桑社 2003年)
  • 石破茂)『坐シテ死セズ』(恒文社21 2003年)
  • 八木秀次)『新・国民の油断――「ジェンダーフリー」「過激な性教育」が日本を亡ぼす』(PHP研究所 2005年)
  • 大原康男小林よしのり小堀桂一郎高森明勅中西輝政長谷川三千子百地章)『日本人なら知っておきたい靖國問題』(青林堂, 2007年)
  • 西村幸祐責任編集)『ぼくらの核武装論』(オークラ出版 2007年)
  • 青木直人佐藤優)『中国の黒いワナ』(宝島社
  • (長谷川三千子)『あなたも今日から日本人―『国民の歴史』をめぐって』(致知出版社)
  • 渡部昇一竹村健一岡崎久彦西部邁堺屋太一田久保忠衛石原慎太郎・他多数)『日本の正論―21世紀日本人への伝言』(産経新聞ニュースサービス)
  • 藤岡信勝小林よしのり高橋史朗)『歴史教科書との15年戦争―「侵略・進出」から「慰安婦」問題まで』(PHP研究所)

編著

  • 『ドイツ文化の基底――思弁と心情のおりなす世界』(有斐閣 1982年)
  • 『ドイツ語シンフォニー――初級読本』(朝日出版社 1990年)
  • 『歴史教科書との15年戦争――「侵略/進出」から「慰安婦」問題まで』(PHP研究所 1997年)
  • 『地球日本史』(産経新聞ニュースサービス 1998年-2005年)
    • 地球日本史〈1〉日本とヨーロッパの同時勃興 産経新聞ニュースサービス のち扶桑社文庫
    • 地球日本史〈2〉鎖国は本当にあったのか 産業新聞ニュースサービス 扶桑社文庫
    • 地球日本史〈3〉江戸時代が可能にした明治維新 産経新聞ニュースサービス 扶桑社文庫
    • 新・地球日本史〈1〉明治中期から第二次大戦まで 産経新聞ニュースサービス
    • 新・地球日本史〈2〉明治中期から第二次大戦まで 産経新聞ニュースサービス
  • 『新しい歴史教科書――「つくる会」の主張』(徳間書店 2001年)
  • 『すべての18歳に「奉仕義務」を――「教育基本法見直し会議」緊急報告』(小学館[小学館文庫] 2000年)
  • 『迫りくる「全体主義」の跫音――歴史教科書「12の新提案」』(小学館[小学館文庫] 2001年)
  • 『新しい歴史教科書 次なる戦い』(小学館[小学館文庫] 2002年)

共編著

  • 渡邊二郎)『ニーチェ物語――その深淵と多面的世界』(有斐閣 1980年)

翻訳

  • 悲劇の誕生ニーチェ 中央公論社、1966 「世界の名著46」第1回配本 のち中公クラシックス
  • 『意志と表象としての世界』 ショーペンハウエル 中央公論社、1975 「続世界の名著10」 のち中公クラシックス全3冊
  • ブルクハルト 歴史の中に立つ人間』 カール・レーヴィット、滝内槙雄共訳 TBSブリタニカ 1977、ちくま学芸文庫 1994
  • 『ニーチェ全集』 第1期1. 2巻 白水社 1980 一部の訳を担当
  • 『この人を見よ』 ニーチェ 新潮文庫 1990
  • 『偶像の黄昏・アンチクリスト』 ニーチェ 白水社イデー選書 1987

参照

  1. ^ 種子島経『狂乱の春—「つくる会」会長職2ヶ月』
  2. ^ 米下院外交委員会への「抗議書」
  3. ^ 抗議書への賛同者一覧
  4. ^WiLL』 「皇太子さまに敢えて御忠言申し上げます」
  5. ^朝まで生テレビ!(2008年8月30日) 「たかじんのそこまで言って委員会」(2008年8月17日)

関連項目

外部リンク