アジア太平洋経済協力
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アジア太平洋経済協力(アジアたいへいようけいざいきょうりょく、Asia-Pacific Economic Cooperation)は環太平洋地域における多国間経済協力を進めるための非公式なフォーラム。略称APEC(読み:エイペック(アペックではない))。
なお、マスコミ等ではアジア太平洋経済協力会議という呼び方がされることも多いが、APECは非公式なフォーラムであって[1]、メンバーを法的に拘束しない緩やかな協力の枠組という性格を持ち[2]、この観点から原語においてもその名称に組織を意味する語が含まれていないため、日本語でも名称に「会議」を含めることは適当ではない。
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[編集] 概要
1989年にオーストラリアのホーク首相の提唱で日本・アメリカ合衆国・カナダ・韓国・オーストラリア・ニュージーランドおよび東南アジア諸国連合 (ASEAN) 加盟6か国の計12か国で発足し、オーストラリアのキャンベラで閣僚会議(Ministerial Meeting)を開催した。また、1993年には米国のシアトルで初の首脳会議(Economic Leaders’ Meeting)がもたれた。現在は、首脳会議、及び、外相、経済担当相による閣僚会議を年1回開いている。シンガポールに常設事務局を置き、開催国から任期1年で事務局長が選任されている。 参加しているメンバーは、21カ国・地域で、世界の人口の41.4%を占め、GDP(国内総生産)では57.8%、貿易額では47%を占めている。
APECは、開かれた地域協力によって経済のブロック化を抑え、域内の貿易・投資の自由化を通じて、世界貿易機関(WTO)のもとでの多角的自由貿易体制を維持・発展することを目的としてきたが、近年のWTOの新ラウンドの停滞や自由貿易協定締結の動きの活発化などによって、その存在意義が問われている。
なお、APECには国家ではない台湾、香港が参加しているため、参加国・地域を指す場合には、「国」ではなく「エコノミー」という語が用いられる。また、国旗や国歌は使用しないこととされている[1]。さらに、非公式なフォーラムであって、条約等に基づいて設立された組織ではないため「加盟」等の語も用いられない。
[編集] 参加エコノミー
- 1989年(発足時)
[編集] 経過
- 1993年11月 - シアトル閣僚・首脳会議(米国):初めての非公式首脳会議が行われ、議長国の米クリントン大統領から貿易・投資の自由化促進が示された。
- 1994年11月 - ボゴール閣僚・首脳会議(インドネシア):2020年までの域内での貿易自由化を打ち出した。
- 1995年11月 - 大阪閣僚・首脳会議(日本):ボゴール宣言実施のための行動指針(大阪行動指針:OAA)を採択し、13分野にわたる各国の自主性にゆだねる個別行動計画の検討に合意した。
- 1996年11月 - マニラ閣僚・首脳会議(フィリピン):ラモス大統領の「APECはビジネスだ」の合言葉が強調された。大阪行動指針に基づいて具体的な行動計画(マニラ行動計画:MAPA)が策定された。
- 2005年11月 - 釜山閣僚・首脳会議(韓国):ボゴール宣言の実施状況を評価し、今後の道程(釜山ロードマップ)を示す中間評価報告書を策定した。
- 2006年11月 - ハノイ閣僚・首脳会議(ベトナム):釜山ロードマップを実施するための行動計画(ハノイ行動計画)を策定した。
[編集] APEC首脳会議
| 開催回 | 開催日 | 開催国 | 開催都市 | 公式ウェブサイト |
|---|---|---|---|---|
| 第1回 | 1989年, 11月6日–11月7日 | キャンベラ | ||
| 第2回 | 1990年, 7月29日–7月31日 | シンガポール | ||
| 第3回 | 1991年, 11月12日–11月14日 | ソウル | ||
| 第4回 | 1992年, 9月10日–9月11日 | バンコク | ||
| 第5回 | 1993年, 11月19日–11月20日 | シアトル | ||
| 第6回 | 1994年, 11月15日 | ボゴール | ||
| 第7回 | 1995年, 11月19日 | 大阪 | [1] | |
| 第8回 | 1996年, 11月25日 | マニラ / サビック | ||
| 第9回 | 1997年, 11月24日–11月25日 | バンクーバー | ||
| 第10回 | 1998年, 11月17日–11月18日 | クアラルンプール | ||
| 第11回 | 1999年, 9月12日–9月13日 | オークランド | ||
| 第12回 | 2000年, 11月15日–11月16日 | バンダルスリブガワン | ||
| 第13回 | 2001年, 10月20日–10月21日 | 上海 | ||
| 第14回 | 2002年, 10月26日–10月27日 | ロス カボス | ||
| 第15回 | 2003年, 10月20日–10月21日 | バンコク | ||
| 第16回 | 2004年, 11月20日–11月21日 | サンティアゴ | [2] | |
| 第17回 | 2005年, 11月18日–11月19日 | 釜山 | [3] | |
| 第18回 | 2006年, 11月18日–11月19日 | ハノイ | [4] | |
| 第19回 | 2007年, 9月8日–9月9日 | シドニー | [5] | |
| 第20回 | 2008年, 11月 | リマ | ||
| 第21回 | 2009年, 11月 | 未定 | ||
| 第22回 | 2010年, 11月 | 未定 |
[編集] 台湾首脳の参加問題
APECは政治色を排除し、経済協力に焦点を絞ったフォーラムであるが、中国と台湾の政治的関係を反映し、1991年の台湾の参加時に、台湾からの首脳会議への参加者を経済閣僚または財界指導者に限定するとの慣例が確立され、この慣例を守るべきことが明文化されている[1]。
2005年11月の釜山での首脳会議の際にも、台湾は王金平・立法院長の出席を予定していたが、中華人民共和国の抗議や、韓国の拒否により、林信義・総統府経済顧問召集人を代わりに派遣した。
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
- APEC事務局(英語)
- 外務省のAPEC情報


