アジア太平洋経済協力

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APEC参加エコノミー
APEC参加エコノミー
2006年、ベトナムでの第14回アジア太平洋経済協力首脳会議のシンボルマーク
2006年ベトナムでの第14回アジア太平洋経済協力首脳会議のシンボルマーク

アジア太平洋経済協力(アジアたいへいようけいざいきょうりょく、Asia-Pacific Economic Cooperation)は環太平洋地域における多国間経済協力を進めるための非公式なフォーラム。略称APEC(読み:エイペック(アペックではない))。

なお、マスコミ等ではアジア太平洋経済協力会議という呼び方がされることも多いが、APECは非公式なフォーラムであって[1]、メンバーを法的に拘束しない緩やかな協力の枠組という性格を持ち[2]、この観点から原語においてもその名称に組織を意味する語が含まれていないため、日本語でも名称に「会議」を含めることは適当ではない。

目次

[編集] 概要

1989年オーストラリアホーク首相の提唱で日本アメリカ合衆国カナダ韓国オーストラリアニュージーランドおよび東南アジア諸国連合 (ASEAN) 加盟6か国の計12か国で発足し、オーストラリアのキャンベラで閣僚会議(Ministerial Meeting)を開催した。また、1993年には米国のシアトルで初の首脳会議(Economic Leaders’ Meeting)がもたれた。現在は、首脳会議、及び、外相、経済担当相による閣僚会議を年1回開いている。シンガポールに常設事務局を置き、開催国から任期1年で事務局長が選任されている。 参加しているメンバーは、21カ国・地域で、世界の人口の41.4%を占め、GDP(国内総生産)では57.8%、貿易額では47%を占めている。

APECは、開かれた地域協力によって経済のブロック化を抑え、域内の貿易・投資の自由化を通じて、世界貿易機関(WTO)のもとでの多角的自由貿易体制を維持・発展することを目的としてきたが、近年のWTOの新ラウンドの停滞や自由貿易協定締結の動きの活発化などによって、その存在意義が問われている。

なお、APECには国家ではない台湾、香港が参加しているため、参加国・地域を指す場合には、「国」ではなく「エコノミー」という語が用いられる。また、国旗や国歌は使用しないこととされている[1]。さらに、非公式なフォーラムであって、条約等に基づいて設立された組織ではないため「加盟」等の語も用いられない。

[編集] 参加エコノミー

オーストラリア ブルネイ カナダインドネシア国旗 インドネシア 日本 大韓民国
マレーシア ニュージーランド フィリピンシンガポール国旗 シンガポール タイ アメリカ合衆国
中華人民共和国 台湾 香港 ※台湾はチャイニーズ・タイペイ(中華台北)として参加。
メキシコ パプアニューギニア
チリの旗 チリ
ペルーロシア ロシア ベトナム

[編集] 経過

  • 1993年11月 - シアトル閣僚・首脳会議(米国):初めての非公式首脳会議が行われ、議長国の米クリントン大統領から貿易・投資の自由化促進が示された。
  • 1994年11月 - ボゴール閣僚・首脳会議(インドネシア):2020年までの域内での貿易自由化を打ち出した。
  • 1995年11月 - 大阪閣僚・首脳会議(日本):ボゴール宣言実施のための行動指針(大阪行動指針:OAA)を採択し、13分野にわたる各国の自主性にゆだねる個別行動計画の検討に合意した。
  • 1996年11月 - マニラ閣僚・首脳会議(フィリピン):ラモス大統領の「APECはビジネスだ」の合言葉が強調された。大阪行動指針に基づいて具体的な行動計画(マニラ行動計画:MAPA)が策定された。
  • 2005年11月 - 釜山閣僚・首脳会議(韓国):ボゴール宣言の実施状況を評価し、今後の道程(釜山ロードマップ)を示す中間評価報告書を策定した。
  • 2006年11月 - ハノイ閣僚・首脳会議(ベトナム):釜山ロードマップを実施するための行動計画(ハノイ行動計画)を策定した。

[編集] APEC首脳会議

2006年、ハノイ首脳会議の際に行われた日米韓3か国会議(APECの会議ではないため3か国の旗が飾られている)
2006年ハノイ首脳会議の際に行われた日米韓3か国会議(APECの会議ではないため3か国の旗が飾られている)
開催回 開催日 開催国 開催都市 公式ウェブサイト
第1回 1989年, 11月6日11月7日 オーストラリアの旗オーストラリア連邦 キャンベラ
第2回 1990年, 7月29日7月31日 シンガポールの旗シンガポール共和国 シンガポール
第3回 1991年, 11月12日11月14日 大韓民国の旗大韓民国 ソウル
第4回 1992年, 9月10日9月11日 タイ王国の旗タイ王国 バンコク
第5回 1993年, 11月19日11月20日 アメリカ合衆国の旗アメリカ合衆国 シアトル
第6回 1994年, 11月15日 インドネシアの旗インドネシア共和国 ボゴール
第7回 1995年, 11月19日 日本の旗日本国 大阪 [1]
第8回 1996年, 11月25日 フィリピンの旗フィリピン共和国 マニラ / サビック
第9回 1997年, 11月24日11月25日 カナダの旗カナダ バンクーバー
第10回 1998年, 11月17日11月18日 マレーシアの旗マレーシア クアラルンプール
第11回 1999年, 9月12日9月13日 ニュージーランドの旗ニュージーランド オークランド
第12回 2000年, 11月15日11月16日 ブルネイの旗ブルネイ・ダルサラーム国 バンダルスリブガワン
第13回 2001年, 10月20日10月21日 中華人民共和国の旗中華人民共和国 上海
第14回 2002年, 10月26日10月27日 メキシコの旗メキシコ合衆国 ロス カボス
第15回 2003年, 10月20日10月21日 タイ王国の旗タイ王国 バンコク
第16回 2004年, 11月20日11月21日 チリの旗チリ共和国 サンティアゴ [2]
第17回 2005年, 11月18日11月19日 大韓民国の旗大韓民国 釜山 [3]
第18回 2006年, 11月18日11月19日 ベトナムの旗ベトナム社会主義共和国 ハノイ [4]
第19回 2007年, 9月8日9月9日 オーストラリアの旗オーストラリア連邦 シドニー [5]
第20回 2008年, 11月 ペルーの旗ペルー共和国 リマ
第21回 2009年, 11月 シンガポールの旗シンガポール共和国 未定
第22回 2010年, 11月 日本の旗日本国 未定

[編集] 台湾首脳の参加問題

APECは政治色を排除し、経済協力に焦点を絞ったフォーラムであるが、中国と台湾の政治的関係を反映し、1991年の台湾の参加時に、台湾からの首脳会議への参加者を経済閣僚または財界指導者に限定するとの慣例が確立され、この慣例を守るべきことが明文化されている[1]

2005年11月の釜山での首脳会議の際にも、台湾は王金平・立法院長の出席を予定していたが、中華人民共和国の抗議や、韓国の拒否により、林信義・総統府経済顧問召集人を代わりに派遣した。

[編集] 脚注

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ
地域統合
アジア: 東アジアサミット東アジア共同体構想 - 東アジアEPA構想) - ASEAN+3) - 南アジア地域協力連合 - 湾岸協力会議
オセアニア: 太平洋諸島フォーラム(域内国のみ) - 南太平洋委員会(旧宗主国を含む) - 太平洋共同体事務局(旧宗主国を含む)
ヨーロッパ: 欧州評議会欧州理事会とは別) - 北欧理事会 - EUシェンゲン協定) - EFTA - EEA - CEFTA - GUAM
アフリカ: AU - CFAフラン - 西アフリカ諸国経済共同体 - 中部アフリカ諸国経済共同体 - 東アフリカ共同体 - 南部アフリカ開発共同体 - アラブ・マグレブ連合
アメリカ: OAS - ラテンアメリカ経済機構 - NAFTA - 南米共同体 - メルコスール - アンデス共同体 - カリブ共同体 - 東カリブ・ドル
大州間: アラブ連盟(アフリカ-アジア) - APEC(アジア-オセアニア-アメリカ) - イベロアメリカ首脳会議(アメリカ-ヨーロッパ) - OSCE(北アメリカ-ユーラシア) - NATO(北アメリカ-ヨーロッパ) - CIS(ユーラシア) - 経済協力機構(中央ユーラシア) - 平和のためのパートナーシップ(北アメリカ-ユーラシア) - 上海協力機構(ユーラシア)