志賀原子力発電所

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
志賀原子力発電所
写真右側が1号機、左側が2号機
志賀原子力発電所の位置(石川県内)
志賀原子力発電所
志賀原子力発電所の位置
日本の旗 日本
座標 北緯37度03分40秒 東経136度43分35秒 / 北緯37.06111度 東経136.72639度 / 37.06111; 136.72639 (志賀原子力発電所)座標: 北緯37度03分40秒 東経136度43分35秒 / 北緯37.06111度 東経136.72639度 / 37.06111; 136.72639 (志賀原子力発電所)
着工 1988年12月1日
運転開始 1993年7月30日
運営者 北陸電力
原子炉
運転中 1898 MW
種類 沸騰水型軽水炉
改良型沸騰水型軽水炉
原子炉製造元 日立製作所
発電量
平均発電量 4,459 GWh
正味年間発電量 54,864 GWh
ウェブサイト
北陸電力設備の概要
2007年7月25日現在
テンプレートを表示

志賀原子力発電所(しかげんしりょくはつでんしょ)は、石川県羽咋郡志賀町にある北陸電力原子力発電所

施設概要[編集]

北陸電力が唯一保有する原子力発電所で、能登半島中部の西側、志賀町の赤住(あかすみ)地区に位置している。発電所の山側には、発電所で使用する工業用水用のロックフィルダム「大坪川ダム」が設置されている(北陸電力が管理)。

志賀原子力発電所には施設周辺の環境を配慮する形で、海底トンネル方式の放水路・取水路、一文字方式の防波堤(潮流への影響を少なくするため)が採用されている[1][2]。この取り組みが評価され、1995年に原子力発電所としては初めてグッドデザイン賞を受賞している[3]

歴史[編集]

北陸電力は、1965年の長期計画の中で、将来の電源構想として原子力発電を盛り込み[4]、原子力発電所の用地選定を進めた。その中で、能登半島の4か所を候補地として選び、発電所建設の地盤・地質に適した志賀町の赤住地区と富来町の福浦(ふくら)地区を選定した。

赤住地区は当初から発電所建設を受け入れる方針であったため、1967年に調査用地の買収が行われた。反面、福浦地区は建設に反対し、北陸電力は福浦地区での建設を断念。1970年に赤住地区のみで建設計画を進めることになる。だが、建設に同意した赤住地区でも反対意見があり、建設計画は長期間停滞する。

1980年代後半になると、地質調査が行われてからは発電所建設の流れが進み、1988年に発電所が着工。1993年に原子力発電所を保有しない沖縄電力を除く電力会社9社では後発の原子力発電所が開設された。

沿革[編集]

発電設備[編集]

  原子炉形式 主契約者 定格電気出力 定格熱出力 運転開始日 設備利用率
(2009年度)
現況
1号機 沸騰水型軽水炉(BWR) 日立製作所 54万kW 159.3万kW 1993年7月30日 98.5% 定期点検中
2号機 改良型沸騰水型軽水炉(ABWR) 日立製作所 135.8万kW[5] 392.6万kW 2006年3月15日 90.6% 定期点検中

1号機および2号機とも、想定される地震の強さは600ガル津波の高さは5m[6]

プルサーマル計画[編集]

志賀原子力発電所の1号機では、プルサーマルの導入を計画しており、2010年6月28日に石川県に対し、実施申し入れを行っている[7]

2011年現在、2015年度を目途に1号機でのプルサーマル導入を目指しているが、北陸電力会長の永原功は「震災もあったし、九州北海道でもやらせ問題もあったので、当面は無理」と発言し、志賀原子力発電所での導入の凍結を示唆した[8]

この発言に対し、北陸電力はプルサーマル計画を凍結していないと公表。ウラン資源の有効利用やエネルギーの安定供給などの観点から「ウラン燃料のリサイクルは必要」としている[9]

福島第一原子力発電所事故後の対応[編集]

2011年3月11日東北地方太平洋沖地震によって発生した東京電力福島第一原子力発電所事故に対し、北陸電力が3月18日に発表した対応では当初、想定される津波の高さが5mで発電所敷地(原子炉建屋)の標高が11m確保されているとして防潮堤の設置は行わないとしていた[10]

翌月の4月8日に公表した追加の対策として、非常用電源車の配備の他に新たに発電所敷地前と海水ポンプ前に4mの防潮堤を追加で設置する[11][12]など、今後150億円を掛けて対策することを決定した[13]

なお、2011年4月現在、1号機は同年2月28日にポンプ部品の不具合で運転を停止中、2号機は地震当日の3月11日から定期検査で運転を中止しており、現在は両機とも運転再開の目途が立っていない[14]

臨界事故[編集]

志賀原子力発電所における事故としては1999年6月18日に1号機でおきた臨界事故がある。 

当日は定期検査のため停止中で、制御棒は挿入状態であり原子炉の蓋は開放状態にあった。制御棒の制御装置は水圧式のピストン構造になっていて、手動で行う場合は挿入ラインのバルブ及び引き抜きラインのバルブの開閉による水圧調節で行われる。正しい手順として本来は「水圧逃がしバルブを開いて水圧を下げた後に」挿入ラインのバルブを閉じるべきであったが、人為ミスにより水圧逃がしバルブを閉じたまま挿入ラインのバルブを閉じたため、相対的に引き抜きラインの水圧が上昇し、制御棒が引き抜かれはじめた。3本の制御棒で同様の誤操作があったために予期しない臨界が始まった。直ちに制御室で緊急停止釦を押したが、点検中だったために「水圧制御ユニットアキュムレータ(緊急的に制御棒を挿入する安全装置)」が無効化されていたために作動しなかった。そのために作業員が閉じられた挿入ラインのバルブを手動で開いて制御棒を挿入して臨界の停止に成功した。外部への放射能漏れはなく、臨界していた時間は15分間だったとされている[15][16]。 

人為ミスの要因としては、初めてバルブを操作する操作員が配置されていたという点及び、手順書に「水圧逃がしバルブを開く」という手順が記載されていなかったことの複合が原因だったとされている[16]。 

国への臨界事故の報告は直ちにおこなわれておらず、2007年3月15日になってこの事故の存在が明るみに出たために、臨界に至った事故を隠蔽したと批判を受けている。 

経済産業省はこの事故を重大事故と見て、事故の発覚時に北陸電力の社長であった永原功を同日16時に呼び出し、志賀原発1号機の運転停止を命令した。北陸電力は同日18時から運転停止作業に入った[17]。臨界事故の隠蔽が発覚してから北陸電力は、信頼回復の一環として、これまで富山県富山市の本店にあった組織の一つ「原子力部」を発電所のある志賀町に移転させて「原子力本部」を新たに設置。同時に、石川県金沢市に「地域共生本部」を設ける機構改正を2007年6月27日付で実施した[18]

過去の主な対応など[編集]

冷却水に用いる大坪川ダム
  • 1989年11月9日、基礎工事で納入した鉄筋の中に、試験データが捏造されたJIS規格違反のものがあったことが、北陸電力により発表された(詳しくは原子力発電の事故隠し・データ改ざん一覧を参照)。
  • 1999年6月18日、定期検査中に制御棒1本の緊急挿入試験を行なっていたが、操作手順を誤った事から3本の制御棒において15分間臨界起こした。しかし北陸電力はこれを直ちに国に報告せず、検査記録を改竄するなどして隠蔽を計り、2007年3月15日になってこの事故の存在が明るみに出た。このために経済産業省の要請によって1号機を停止した。
  • 2004年6月10日 1号機 廃棄物処理建屋内における水漏れ
  • 2005年4月1日 石川県羽咋市で高さ90メートルの北陸電力能登幹線の鉄塔が、大規模な地滑りの影響を受け倒壊し、送電できなくなったため1号機を4時30分に手動停止。6月に運用開始予定であった能越幹線の運用を早め、4月26日、運転再開。その後、能登幹線は2006年6月に復旧したが、倒壊現場を避けるためにルートが変更され、それに伴い鉄塔が2本減らされた。
  • 2006年1月26日 2号機 営業運転に向け試験中、原子炉隔離時冷却系の蒸気供給隔離弁の試験をおこなったところ、2つあるうちの1つが全閉できなかった。その後、全閉することを確認したが、詳細に点検するために原子炉を停止する。
  • 2006年3月24日 耐震性の疑問に対し金沢地方裁判所より2号機に対し運転差し止め命令が命じられる。北陸電力側はただちに控訴、運転を止める予定はない表明。しかし後に、タービン関連のトラブルで停止している間に耐震強度を高めるための工事を行う。
  • 2006年7月18日 2号機のタービンにひびが入っていることが確認される。6月15日にトラブルを起こした中部電力浜岡原子力発電所5号機とタービンが同型であったため、7月5日以降、点検が行われていた。応急処置として、問題箇所の羽根を整流板に付け替えた上で2007年4月に運転を再開するという。羽根がなくなった分だけ出力が落ちるため、新しいタービンに入れ替えるまでは120.6万kWで送電することとなる。
  • 2006年11月6日 1号機の発電機コレクタリング冷却ファンに記録用紙が吸い込まれ、周囲の音や振動が変化した為に原子炉を停止する。1週間程で点検を終える予定だったが、中性子計測器の接続ミスが見つかったので運転再開が延期され、点検は同月22日までかかった。このトラブルが原因で、点検時に現場周辺へ記録用紙を持ち込む事が禁止される。
  • 2007年3月25日 後述の臨界事故隠蔽による運転停止中、能登半島地震により使用済み燃料貯蔵プール周辺に約45リットル(放射能量約750万ベクレル)の放射能を帯びた冷却水が飛散した。その内約8リットル(放射能量130万ベクレル)が飛散したのは養生シートのない部分だった。
  • 2009年4月13日 2号機の気体廃棄物処理系で通常の約300倍の放射性物質(キセノン133)が検出されたと発表した。同機の出力を約70万キロワットに落とし、放射性物質の漏洩場所の特定作業を行う。外部への放射能の影響はないとしている。
  • 2012年7月、原子力安全・保安院の専門家会議において、発電所敷地内のシーム(亀裂)が活断層である疑いが指摘され敷地内破砕帯の追加調査の指示を受ける。[19]
  • 2013年5月、定期検査中の一号機・低圧タービンにおいて、動翼の付け根、植え込み部にひびが発見された。ひび割れは四か所、長さ0.4mmから1.5mmのものであった。

参考文献[編集]

歴史・施設概要
  • 『北陸電力50年史』 - 北陸電力(2001年)
  • 『地域の皆さまとともに未来を築く志賀原子力発電所』 - 北陸電力リーフレット
沿革
  • 『石川県の電源立地とエネルギー開発』 - 石川県企画開発部資源エネルギー課(2004年3月発行)
発電設備諸元

脚注[編集]

  1. ^ 『北陸電力50年史』740ページ記載。
  2. ^ 北陸電力 施設の特徴
  3. ^ 北陸電力 志賀原子力発電所(1995年) - グッドデザイン賞
  4. ^ 『北陸電力50年史』631ページ記載。
  5. ^ 整流板設置時の出力は120.6万kW。
  6. ^ 『新潮45別冊 日本の原発』 - 新潮社(2011年) 40ページ記載。
  7. ^ 志賀原子力発電所におけるプルサーマル実施等に係る申し入れについて (PDF) - 石川県原子力安全対策室 2010年6月28日
  8. ^ 北電、プルサーマル凍結 志賀原発1号機 - 北國新聞 2011年10月19日
  9. ^ 当社のウラン燃料リサイクル(プルサーマル)計画について - 北陸電力 2011年10月19日
  10. ^ 東北地方太平洋沖地震を受けた志賀原子力発電所の対応について (PDF) - 北陸電力プレスリリース 2011年3月18日
  11. ^ 志賀原子力発電所の対策 - 志賀原子力発電所に関してよくあるご質問(東北地方太平洋沖地震対応状況)
  12. ^ 北陸電力 志賀原子力発電所における津波に対する安全強化策について (PDF)
  13. ^ 北陸中日新聞 2011年4月9日付朝刊ほくりく経済面「志賀原発 震災対策に150億円」
  14. ^ 志賀原発の再起動「時期は申し上げる段階にない」 - チューリップテレビ 2011年3月30日
  15. ^ 志賀原子力発電所1号機 第5回定期検査期間中に発生した原子炉緊急停止について
  16. ^ a b 隠された臨界事故 志賀原発で何が起きたか - NHKエコチャンネル(NHK金沢放送局制作『ナビゲーション』2007年3月23日放送分)
  17. ^ 志賀原子力発電所1号機 第5回定期検査期間中に発生した原子炉緊急停止について (PDF) - 北陸電力プレスリリース 2007年3月15日
  18. ^ 原子力本部および地域共生本部の設置について (PDF) - 北陸電力プレスリリース 2007年6月29日
  19. ^ 「十分な調査で安全性立証を」 北陸電、志賀シームで 2012/7/20電気新聞

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

発電所・施設概要
臨界事故関連