逢坂誠二

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
日本の旗 日本の政治家
逢坂 誠二
おおさか せいじ
逢坂誠二
生年月日 1959年4月24日(52歳)
出生地 北海道虻田郡ニセコ町
出身校 北海道大学薬学部卒業
前職 ニセコ町役場
総務課財政係係長
現職 民主党
北海道第八区総支部代表
所属政党 民主党菅グループ
称号 薬学士北海道大学1983年
薬剤師
公式サイト 逢坂(おおさか)誠二
|オフィシャルサイト

日本の旗 内閣総理大臣補佐官
(地域主権、地域活性化
及び地方行政担当)
内閣 鳩山由紀夫内閣
菅内閣
任期 2009年12月4日 - 2010年9月21日

選挙区 比例北海道ブロック→)
北海道第8区
当選回数 2回
任期 2005年 - (現職)

Flag of Hokkaido Prefecture.svg ニセコ町 町長
当選回数 3回
任期 1994年 - 2005年
テンプレートを表示

逢坂 誠二(おおさか せいじ、1959年4月24日 - )は、日本政治家民主党所属の衆議院議員(2期)。 民主党総括副幹事長。

北海道虻田郡ニセコ町生まれ。北海道倶知安高等学校北海道大学薬学部卒業。1983年から地元のニセコ町役場勤務。総務課財政係長などを経て1994年11月から2005年8月までニセコ町長(3期)を務める。2005年9月の第44回衆議院議員総選挙で北海道8区から出馬し、当選する。内閣総理大臣補佐官鳩山由紀夫内閣)、総務大臣政務官菅内閣 (第2次改造))を歴任。

目次

[編集] 略歴

[編集] ニセコ町長

町長在職中は情報共有に力をいれ、一般的な行政主体では公開しなかった情報を請求者に公開したり、町長が自ら集会所等に出向き住民との対話を図るタウンミーティングの先駆けとなる行動を行ったりした。また2001年には全国初の「まちづくり基本条例」を制定して注目された。

[編集] 衆議院議員

町長として3期目を迎えていた2005年9月、町長を辞職し第44回衆議院議員総選挙に比例北海道ブロックから民主党公認単独1位で立候補し初当選。2007年2月、7月に行われる第21回参議院議員通常選挙に比例区からの出馬を打診され応諾したが、4月に民主党の常任幹事会で選挙態勢が整わないなどとして異論が相次いだため、最終的に転出を見送った。なお、逢沢の出身地であるニセコ町(後志総合振興局)は北海道第4区に属するが、第4区には現職の鉢呂吉雄がいたため第8区からの出馬となった。しかし鉢呂のもともとの地盤は第8区(旧檜山支庁今金町)であり、2人の出身地盤と選挙区が逆転することとなった。

2009年8月に行われた第45回衆議院議員総選挙において、小選挙区の北海道第8区から立候補、2期目の当選を果たした。同年12月、鳩山由紀夫内閣において地方分権、地域活性化及び地方行政担当の首相補佐官に就任した。 2010年6月、菅内閣において、首相補佐官に留任。2010年9月、菅改造内閣総務大臣政務官に就任。2011年1月、菅再改造内閣で総務大臣政務官に留任。 2011年9月、野田内閣発足に伴い、民主党副幹事長に就任。2012年1月、野田改造内閣発足に伴い、民主党総括副幹事長に就任。

[編集] 政策

地域主権
自治体に対し権限や財源を移すとともに、自治体独自の自主的な判断を尊重することを打ち出している[1]。また、道州制論議については「われわれは道州制を否定していないが、一番重視したいのは市町村」[1]と述べており、基礎自治体である市区町村を重視する姿勢を示している。鳩山政権では内閣総理大臣補佐官(地域主権、地域活性化及び地方行政担当)として地域主権に関する政策立案を担当しており、地方自治を所管する総務省の政務三役会議に出席することもある[2]

[編集] 活動

[編集] エピソード

  • 1984年に薬剤師の免許を取得
  • パソコン通信時代からのネットユーザであり[4]SNSブログTwitterにおいて情報発信をしている。またネットを活用した政治活動を積極的に行っており、2009年6月17日に行われた国会での党首討論においてはテレビ中継を見ながらTwitterを用いて実況中継するなどしている[5]。パソコン通信(PC-VAN)で使っていたハンドルネームは、怪人ニセコである。
  • mixiに参加しており、「衆議院議員 逢坂誠二の日記」を立ち上げたり「革命を愛する」コミュニティに所属するなどしている。2009年7月3日にmixi公認アカウントを取得した。
  • 2008年3月26日、国鉄労働組合のJR採用差別闘争の院内集会に参加し、連帯の挨拶を行った[6]
  • 2009年1月8日、衆議院予算委員会質疑において、自分が見た夢の話を語った[7]
  • 2009年5月7日、相原久美子参議院議員が民主党議員有志を代表して平頂山事件の生存者3人と面会。「日本政府が謝罪もせず、申し訳ない気持ちでいっぱいです。真の安定した日中関係を築くには戦後補償問題の解決が不可欠。皆様の要求が実現するように努力します」と述べ、被害者への公式の謝罪などを日本政府に求めていくことを約束し、謝罪書簡を渡した。この書簡に衆議院議員として署名している[8]
  • 2009年8月30日に行われた第45回衆議院議員総選挙において、当選が確実になるや「当選確実なう」とTwitter上でつぶやいた事がネットで話題となった。しかしこの行為は当時の公職選挙法に違反しているとの指摘もある。[9]

[編集] 著書

  • 『自治体再生へ舵をとれ』(共著) 学陽書房、2002年、ISBN 4313161031
  • 『わたしたちのまちの憲法―ニセコ町の挑戦』(木佐茂男との共編著) 日本経済評論社、2003年、ISBN 4818815020
  • 『町長室日記―逢坂誠二の眼』 柏艪舎、2004年、ISBN 4434047248

[編集] 参加議連・団体

[編集] 脚注

  1. ^ a b 「過疎地域にも可能性ある――首相補佐官(地域主権担当・民主)逢坂誠二氏」『東京新聞:過疎地域にも可能性ある 首相補佐官(地域主権担当・民主) 逢坂 誠二氏:政治(TOKYO Web)中日新聞社2010年1月4日
  2. ^ 共同通信「総務省、政務三役会議を全面公開――透明性アピール」『総務省、政務三役会議を全面公開 透明性アピール - 47NEWS(よんななニュース)全国新聞ネット2010年1月4日
  3. ^ 逢坂誠二の徒然日記 その931 平成21年5月26日号 [1]
  4. ^日本の政治とTwitter - 党首討論ライブ中継の逢坂誠二議員に聞く(前編)」 ASCII.JP デジタル
  5. ^衆議院議員がTwitterで国会討議を「生中継」」 マイコミジャーナル
  6. ^ 週刊かけはし(日本革命的共産主義者同盟 (JRCL)発行)JR採用差別問題で院内集会 [http://www.jrcl.net/frame08047c.html
  7. ^衆議院TV 2009年1月8日 平成20年度補正予算(2)」 逢坂誠二(民主党・無所属クラブ)17時01分にて視聴可能
  8. ^辽一新闻」中国語
  9. ^ 津田大介 『Twitter社会論 ~新たなリアルタイム・ウェブの潮流』 洋泉社、2009年。ISBN 4862484824

[編集] 関連項目

  • 長浜博行 - 第21回参院選に際し、現職衆議院議員から参議院議員へ転出

[編集] 外部リンク

個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語