太上法皇

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太上法皇(だじょうほうおう、だいじょうほうおう)とは、出家した太上天皇。またはその称号[1]法皇(ほうおう)と略する。ただし、上皇(出家をしていない太上天皇)と法皇の間に法的な身分の違いが生じるわけではない。

平安時代宇多天皇がこの称号を初めて使ったとされているが、『続日本紀』には聖武天皇譲位して法皇と称して東大寺大仏開眼供養に参列していたことから、その出所には若干のぶれが生じる。平安時代には白河法皇鳥羽法皇後白河法皇などが法皇として院政を行う。江戸時代霊元法皇が最後[2]

脚注[編集]

  1. ^ 新村出広辞苑 第六版』(岩波書店2011年)1684頁および松村明編『大辞林 第三版』(三省堂2006年)2311頁参照。
  2. ^ 宮内庁書陵部『皇室制度史料(太上天皇(三)』(吉川弘文館1980年)参照。 因みに、同書のP344~P345に法皇対象者の一覧が掲載されている。

参考文献[編集]

  • 宮内庁『皇室制度史料(太上天皇(三)』(吉川弘文館、1980年ISBN 4642011331 
  • 新村出編『広辞苑 第六版』(岩波書店、2011年)ISBN 400080121X
  • 松村明編『大辞林 第三版』(三省堂、2006年)ISBN 4385139059

関連項目[編集]