鎌倉女学院中学校・高等学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
鎌倉女学院中学校・高等学校
Kamakura-Jogakuin Highschool.jpg
過去の名称 鎌倉女学校
鎌倉高等女学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人鎌倉女学院
校訓 真摯沈着
設立年月日 1904年
創立記念日 10月2日
創立者 田邊新之助
共学・別学 男女別学(女子校)
中高一貫教育 完全一貫制
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 2学期制
高校コード 14545K
所在地 248-0014 
神奈川県鎌倉市由比ガ浜二丁目10番4号
北緯35度18分50秒東経139度33分0.5秒
外部リンク 公式サイト
Portal.svg ウィキポータル 教育
Project.svg ウィキプロジェクト 学校
テンプレートを表示

鎌倉女学院中学校・高等学校(かまくらじょがくいんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、神奈川県鎌倉市由比ヶ浜二丁目にある私立中高一貫校。高校からの生徒募集はしていない。生徒数は1学年につき160人前後。略称「鎌女(かまじょ)」。

概要[編集]

創立[編集]

1904年東京開成中学校逗子開成中学校の校長を務めていた田邊新之助により鎌倉女学校として創立。1910年に、逗子開成中でボート遭難事故が起こり、その補償ため鎌倉女学院も経営が難しくなり一時荒廃したが、陸奥宗光の長男・広吉が共同出資して校長となり、建て直した[1]鎌倉高等女学校を経て、戦後の学制改革に伴い現校名になる。現在は中学・高校とも鶴岡八幡宮一の鳥居横にある校舎を使用しているが、以前は若宮大路をさらに南に進んだ所(現在の鎌倉簡易裁判所付近)に中学校専用の校舎があった。しかし、前述の姉妹校逗子開成中学校の生徒が起こしたボート遭難事故(詳細は「真白き富士の嶺」を参照)の賠償金を支払うために、その土地を手放さなくてはならなくなり、現校舎のみになった。

交通・通学事情[編集]

東日本旅客鉄道(JR東日本)横須賀線鎌倉駅から徒歩10分。創立後しばらくは、鎌倉唯一の女学校として、地元の文学界・政財界の家の息女が多く在籍していた。しかし東日本旅客鉄道(JR東日本)根岸線洋光台大船間が開通するなど、鎌倉から横浜市中心部へのアクセスが容易になると近隣の学校との競争を余儀なくされる。その結果、人気が低迷した時期もあるが、英語教育に力を入れるなどの改革が功を奏し、現在は東大合格者も出る進学校として再び人気を集めている。

教育[編集]

完全週休2日制で学期は2学期制。授業は、中学・高校ともに、4年制大学受験を目標として基礎学力のアップを図って編成されている。 昔から国語教育が盛んである(高一の冬に漢検2級団体受験)。英語教育にも実績があり、高3の夏までには約9割の生徒が英検2級を取得し、TOEFL-ITPの受験も校内で行っている。また、希望者には短期留学や海外研修も実施している。外国人講師4人の他、日本人の先生たちも中1から英語で授業を行っており、卒業生の英語のレベルはとても高く、大学で語学を学ぶ鎌女生たちは、マルチリングアルを目指して英語以外の語学に進学する傾向が見られる。中学3年の後期からどの教科も高校の学習内容を勉強しはじめ、高2進学時に1〜3組を文系クラス、4組を理系クラスとしてクラス分けをする(例外の年もあるが、基本的に理系は1クラス=40人前後)。理系は1クラスであるが、国公立大学への進学者も多く、国公立医学科へも毎年現役で合格者を出すなど、レベルは高い。

また、「特修科」(週1回、選択)と呼ばれる放課後の特別授業もあり、茶道(裏千家)・華道(草月流)・書道・バイオリン・フルートを習うことができる。音楽や美術も盛んで、音大・美大への進学希望者向けの授業もあり、ほぼ毎年のように現役で東京芸術大学への進学者を出している。

教育面における他の横浜の女子校との大きな違いは、それらのほとんどが開校期に宣教師によって創立されたミッションスクールであるのに対し、同校は特定の宗教に基づく教育を行わない点である。

交通[編集]

理事長・校長[編集]

  • 理事長 ‐ 手塚修平
  • 校長 ‐ 錦昭江

校訓[編集]

  • 真摯沈着

制服[編集]

  • 冬服 ‐ 紺地のセーラー服。襟と袖口に3本の白線がある。
  • 夏服(長袖) ‐ 白を基調としたセーラー服。紺地の襟と袖に3本の白線がある。
  • 夏服(半袖) ‐ 白を基調としたセーラー服。紺地の襟と袖のうち、襟のみに3本の白線がある。
  • リボン ‐ 冬服・夏服を問わず、高校生は黒、中学生は紺のリボン(絹製)を結ぶ。結び目より上の両翼部分を大きく広げた結び方が特徴で、通称「鎌女結び」と呼ばれている。
  • 校章 ‐ 白菊を象った純銀製の校章を胸に付ける。
  • 1935年に制定して以来、一度もデザインを変更することなく、古典的でシンプルなセーラー服である(それまでは和服の制服であった)。
  • 1990年代初頭までは、ベレー帽と指定カバンの設定もあった(現在もベレー帽は存在するが、着用は任意)。

施設[編集]

  • 現校舎は2004年の創立100年を機に全校舎を新築し、2005年に落成
  • 校舎の他、静岡県天城山荘を所有

部活動[編集]

文化系

(合唱部と管楽部と弦楽部は、2009年度から「鎌女オーケストラ」として学校直轄の部活として活動している。)

体育系

 ※なお、10人以下の部は同好会となり、2009年、理科部は理科同好会から昇格した。

主な関係者[編集]

出身者[編集]

教職員[編集]

姉妹校・周辺校[編集]

1989年(平成元年)に鎌倉市岩瀬(2003年に鎌倉市大船に移転)の京浜女子大学が鎌倉女子大学に名称変更(同時に初中高等部も)したが、鎌倉女学院とは特別な関係は全く無い。

作品[編集]

  • 2004年放送のUHFアニメうた∽かた』で、主人公らの通う学校(鎌倉女子学園)のモデルの一つとなった。立地は同一だが、校舎や制服のデザインは異なっている。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 下重暁子『純愛 エセルと陸奥廣吉』講談社

関連項目[編集]

外部リンク[編集]