鎌倉女学院中学校・高等学校
| 鎌倉女学院中学校・高等学校 | |
|---|---|
| 過去の名称 | 鎌倉女学校 鎌倉高等女学校 |
| 国公私立の別 | 私立学校 |
| 設置者 | 学校法人鎌倉女学院 |
| 校訓 | 真摯沈着 |
| 設立年月日 | 1904年 |
| 創立記念日 | 10月2日 |
| 創立者 | 田邊新之助 |
| 共学・別学 | 男女別学(女子校) |
| 中高一貫教育 | 完全一貫制 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 学期 | 2学期制 |
| 高校コード | 14545K |
| 所在地 | 〒248-0014 |
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神奈川県鎌倉市由比ガ浜二丁目10番4号
北緯35度18分50秒東経139度33分0.5秒 |
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| 外部リンク | 公式サイト |
鎌倉女学院中学校・高等学校(かまくらじょがくいんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、神奈川県鎌倉市由比ヶ浜二丁目にある私立中高一貫校。高校からの募集はしていない。生徒数は1学年につき160人前後。略称「鎌女(かまじょ)」。
目次 |
[編集] 概要
[編集] 創立
1904年、田邊新之助により鎌倉女学校として創立。鎌倉高等女学校を経て、戦後の学制改革に伴い現校名になる。現在は中学・高校とも鶴岡八幡宮一の鳥居横にある校舎を使用しているが、以前は若宮大路をさらに南に進んだ所(現在の鎌倉簡易裁判所付近)に中学校専用の校舎があった。しかし、姉妹校である逗子開成中学校の生徒が起こしたボート遭難事故(詳細は「真白き富士の嶺」を参照)の賠償金を支払うために、その土地を手放さなくてはならなくなり、現校舎のみになった。
[編集] 交通・通学事情
JR横須賀線鎌倉駅から徒歩10分。創立後しばらくは、鎌倉唯一の女学校として、地元の文学界・政財界の家の息女が多く在籍していた。しかしJR根岸線の洋光台~大船間が開通するなど、鎌倉から横浜市中心部へのアクセスが容易になると近隣の学校との競争を余儀なくされる。その結果、人気が低迷した時期もあるが、英語教育に力を入れるなどの改革が功を奏し、現在は東大合格者も出る進学校として再び人気を集めている。
[編集] 教育
完全週休2日制で学期は2学期制。授業は、中学・高校ともに、4年制大学受験を目標として基礎学力のアップを図って編成されている(高2から文系と理系の2コースに分かれる)。昔から国語教育が盛んである。(高一の冬に漢検2級団体受験)また、近年は英語教育にも多くの時間を割き、高校卒業時までに英検2級取得、TOEFL-ITP受験を目標としている。また、希望者には短期留学や海外研修も実施している。中学3年の後期から高校の学習内容を勉強しはじめ、高2進学時に1〜3組を文系クラス/4組を理系クラスとしてクラス分けをする(例外の年もあるが、基本的に理系は1クラス=40人前後)。理系の大学進学者は毎年の卒業生の4分の1強ほどにとどまっている(2006年度卒業生で、東京理科大の合格者は8人)。
また、「特修科」(週1回、選択)と呼ばれる放課後の特別授業もあり、茶道(裏千家)・華道(草月流)・書道・バイオリン・フルートを習うことができる。音楽や美術も盛んで、音大・美大への進学希望者向けの授業もある。
教育面における他の横浜の女子校との大きな違いは、それらのほとんどが開校期に宣教師によって創立されたミッションスクールであるのに対し、同校は特定の宗教に基づく教育を行わない点である。
[編集] 交通
[編集] 理事長・校長
- 理事長 ‐ 手塚修平
- 校長 ‐ 錦昭江
[編集] 校訓
- 真摯沈着
[編集] 制服
- 冬服 ‐ 紺地のセーラー服。襟と袖口に3本の白線がある。
- 夏服(長袖) ‐ 白を基調としたセーラー服。紺地の襟と袖に3本の白線がある。
- 夏服(半袖) ‐ 白を基調としたセーラー服。紺地の襟と袖のうち、襟のみに3本の白線がある。
- リボン ‐ 冬服・夏服を問わず、高校生は黒、中学生は紺のリボン(絹製)を結ぶ。
- 校章 ‐ 白菊を象った純銀製の校章を胸に付ける。
- 1935年に制定して以来、一度もデザインを変更することなく、古典的でシンプルなセーラー服である(それまでは和服の制服であった)。
- 1990年代初頭までは、ベレー帽と指定カバンの設定もあった(現在もベレー帽は存在するが、着用は任意)。
[編集] 施設
[編集] 部活動
- 文化系
(合唱部と管楽部と弦楽部は、2009年度から「鎌女オーケストラ」として学校直轄の部活として活動している。)
- 体育系
※なお、10人以下の部は同好会となり、2009年、理科部は理科同好会から昇格した。
[編集] 主な関係者
[編集] 出身者
- 山田南平 - 漫画家。『紅茶王子』などの著作が図書室に揃っている。
- 岸田麗子 - 岸田劉生の娘で重要文化財である絵画「麗子微笑」(別名「麗子像」)のモデルとなった女性(転校したため卒業生ではない)。
- 大原さやか - 声優・ナレーター。中高6年間は演劇部に所属。創立100周年記念VPで、ナレーションを担当し、卒業生のインタビューとして映像出演もしている。
- 星野立子 - 俳人。
[編集] 教職員
- 大佛次郎 - 作家、元鎌倉女学院教員。
[編集] 姉妹校・周辺校
- 逗子開成中学校・高等学校 ‐ 創立者が同じ。両校の100周年式典を契機に交流を再開。1910年のボート遭難事故の際には、賠償金を両学校で負担し、鎌倉女学校の生徒が鎮魂歌『真白き富士の嶺』を歌った。
- 鎌倉学園中学校・高等学校 ‐ 最も近い私立校の一つ。
※1989年(平成元年)に鎌倉市岩瀬の京浜女子大学が鎌倉女子大学に名称変更(同時に初中高等部も)したが、鎌倉女学院とは特別な関係は全く無い。
[編集] 作品
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 鎌倉女学院 (公式サイト)