出版不況

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出版不況しゅっぱんふきょう)とは1990年代末から言われるようになった日本出版業界の「不況」状況を示す言葉である。

1997年以降、出版産業の市場規模は年々縮小している。

目次

[編集] 考えられる原因

[編集] 競合市場の出現

インターネット
インターネットの普及により、出版物の違法コピーやコピー品の交換が横行するようになり[1]、書籍の需要が減少した。
新古書店漫画喫茶等の二次流通市場
市場規模こそ出版全体の10分の1以下に過ぎないものの、利益の大きい漫画を主に取り扱っており、利益に与える影響はより大きいと見られる。
携帯電話
可処分所得が携帯使用料に回り、その分書籍購入費が減少した。また、携帯コンテンツとしての提供サービスも増えてきた事も関係している。
電子辞書
辞典の売上がピーク時より250億円も減少する一方、電子辞書の市場規模は400億円に達しており、辞典の売上が食われたものと見られる。
図書館
新刊本(特にベストセラー)を多数貸出しており、本の売上に悪影響を与えていると指摘されていた。

[編集] 出版流通システムの問題

2002年の書籍新刊点数は約7万2千点、書籍販売部数は約7億4千万冊に及ぶが、返品率は4割弱であり、出版流通システム(再販制度,委託制度,パターン配本)が次のような負のスパイラルに陥っているとの意見がある。

  1. 売上高確保のための出版点数の増加
  2. 書棚収容量の飽和
  3. 返品の増加
  4. 出版物の短命化
  5. 読書機会の喪失
  6. 市場の低迷
  7. (1. に戻る)

また、数は見込めないが常に一定の需要がある優良図書が置かれるべきスペースを増大する一方の新刊本が奪い、出版社も書店も新刊本の販売を優先し、質の高い書籍が人目に触れず、それが結果的には活字離れを助長していると指摘する声もある。

この他、客注が遅いなど顧客サービスが悪いことも指摘されている。

また出版社-取次間の取引条件の問題として、新規開業した出版社又は中小出版社においては, 歩戻しや注文品の支払保留等の取引条件について,老舗出版社又は大手出版社に比べて厳しい取引条件と なっている点やこれらの取引条件についての合理的な基準が明示されていないといった点が指摘されている [2]

[編集] 考えられる影響

  • 出版で生計を立てている者(出版社関係者、印刷業関係者、作家、ジャーナリストなど)の食い扶持が減っていく。
  • 編集者のチェックを受けている出版物の衰退で正確な知識の伝播が損なわれることや、インターネットにアクセスできない情報弱者が知識獲得手段を奪われることは結果的に国民の知る権利が損なわれるとの懸念もある[3]

しかし、雑誌『Nature』の調査によれば英語の百科事典である『ブリタニカ百科事典』とインターネット上のフリー百科事典『Wikipedia』英語版が正確な情報源としては同レベルである[4]としており、正確な知識の伝播は損なわれることはないと言う意見もある[要出典]。それどころか今後システムの改良やWikipedia執筆者の増加によって人々はインターネット登場以前に比べてより正確な知識を得られる可能性がある[要出典]。 また、国民の知る権利が損なわれるのではないかと言う懸念に対しては、日本は教育水準が高いのでアメリカで言われているようなデジタルデバイド(情報格差)は存在せず、むしろインターネットの普及によって情報格差はより是正されていくはずだと言う意見もある[要出典]

[編集] 対策

一時は作家と新古書店、マンガ喫茶、レンタルブック店との間に作品の二次使用料を巡る確執があった。このうち、

  • レンタルブックについては、2005年に書籍・雑誌に貸与権が付与されたことに伴い、業者が著作権者に使用料を払うことで決着した。
  • マンガ喫茶については、貸与ではなく展示にあたるため貸与権の適用はないが、著作権者と業者との間で自主的な話し合いが持たれ、2003年に使用料の交渉を始めるとの暫定合意がなされた。

また、公共図書館におけるベストセラーの複本購入問題について、2004年に日本図書館協会が調査報告を公表している。それによると、

  • 調査対象の図書館1館あたりのベストセラーの所蔵冊数は平均で2冊未満しかなく、大量に所蔵しているとは言えない。
  • 貸出数が発行部数と貸出数の合計に占める割合である図書館提供率の平均は、2002年のベストセラーにおいては9%程度で、それほど高い数値には見えない。
  • 文芸書のベストセラーについてはサンプルが少なく断定的なことは言いにくいが、図書館提供率はかなり高い。

となっており、指摘されたような実態はほとんど無かったことが判明している。

出版社はマルチメディア化に対応した電子ブックの開発、新書創刊を行っており、『ハリー・ポッターシリーズ』や『バカの壁』などのベストセラーに恵まれることもあるが、市場全体としては年々縮小している。2008年に入っても、新風舎草思社民事再生法の適用申請に見られるように出版業の衰退に歯止めはかかっていない。

[編集] 年表

[編集] 日本以外の出版不況とその対策

[編集] イギリス

イギリスでは出版不況が1995年の再販制崩壊の引き金を引き「不況は価格が高いせい」と大手出版社や書店が業界で結んでいた定価販売協定を脱退した。1990年代前半には独立系書店は4割近い販売シェアがあったが今は十数%に激減したといわれる。ただ再販制度が維持されている日本でも同様な推移が見られるため、価格競争との因果関係を認めることは難しい。

テレビと連動したタレント本など売れ筋が積まれる一方、価値の高い少部数の本は棚から消えるという『質より量』の風潮も出来たが、同様な現象はむしろ『質より量』に偏向した日本の出版流通において顕著であると言われる。大型チェーンが市場シェアの4〜5割を握って値引きを迫り、出版社側も売れ筋に傾倒しているが、再販制度が維持されている日本においても同様な現象が認められる。

こうしたなかで最近では書店ビジネスの多様化が進められるようになっている。中堅出版社10社が提携した「インディペンデント・アライアンス」は独立系書店専用のベストセラー作家のサイン本を作ったり取引条件を大型書店と同等にしたりするなど「町の書店」の維持に本腰を入れている[5][6]。こうした試みは日本の現行の硬直化した出版流通システムでは難しいと言われている。

[編集] ドイツ

一方、同じ欧州のドイツでは比較的健闘が目立つ[5]。 中世のギルドの伝統を受け継いだ学校は業界団体の書籍業組合が設立し短期研修を含めて年間延べ1000人が学ぶ。読者の要望や知識欲をくみ「本を選ぶ能力」が備わった出版人が育つ。返品率の低い理由の一つがここにある。

流通の早さも段違いで、ドイツ中心部にある取り次ぎ大手リブリの巨大流通センターでは全国の書店の注文を受け50万点の在庫から本が選ばれ次々と箱詰めされていく。1日の注文数は25万冊に及ぶが在庫がある限り午後6時までの注文は必ず翌朝までに届ける。書店は流通ルートを持たない出版社と直接取引するよりも早く入手できる。

日本では取次会社が書店の要望と無関係に本を送ることもあるがドイツでは需要に応じて送るので本屋からリブリへの返品率は6%にすぎない。110万点に及ぶ書籍のデータベースが効率的な流通を支えている。業界統一の共有財産で出版社は刊行6ヶ月前にタイトルを登録するのがルールである。価格変更や絶版などの情報はその都度更新する。情報はオンラインで見られ書店はそれを元に注文する。

ドイツでの事情も順風満帆だったわけではない。書籍の価格を拘束する再販制度(ただしドイツの書籍再販制度は新刊に限った時限再販である。また委託制ではなく買い取り制である。)を維持しつつ日本より効率的な流通システムを作り上げたドイツの出版界は少部数でも息長く市場に生き続けているのが特徴であるが経済のグローバル化に伴う資本集中の波とは無関係ではいられず「町の書店」は減っている[7]。 環境が激変したのは2006〜2007年頃。大手書店同士が経営を次々統合し、DBH(約470店)とターリア(約220店)という巨大チェーンが誕生した。両社を合わせて市場シェアはまだ14%程度だが零細の「町の書店」には充分脅威となる。こうしたことからドイツにおける書籍時限再販の存在を日本の書籍再販制度の擁護にあげるのは難しい状況となった。

新興チェーンの店舗は伝統的書店と異なる。DBHグループの「ウェルトビルトプラス」は売れ行きが落ちた本の出版権を買い取り廉価版として出版したり店員の数を抑えて安値を強調したりするといった手法をとり、廉価本チェーンや大型店を展開し加えてネットやカタログなど、資本力を生かした多様な販売網で急成長を続けている。

しかし、インターネットや効率的な流通システムは小さな書店にとっての武器にもなる。午後6時までに注文すれば翌日には本が届くので小さな書店でも大型店やインターネットに品ぞろえで対抗できるからである。「将来は大型チェーンと特定の分野に特化した専門店だけが生き残る時代になるのではないか」と予想する人もいる。

[編集] 脚注

  1. ^ "お知らせ インターネット上の著作権侵害に対する集英社の取り組みについて". 集英社. 2009年5月 閲覧。
  2. ^ "著作物再販協議会(第8回会合)議事録 書籍・雑誌の流通・取引慣行の現状". 公正取引委員会 (2008-06-19). 2008-07-24 閲覧。
  3. ^ 砂田弘他 (2005年11月8日). "図書館の今後についての共同声明". P.E.N.声明. 日本ペンクラブ. 2008-08-14 閲覧。
  4. ^ Terdiman, Daniel (2005-12-16). "「Wikipediaの情報はブリタニカと同じくらい正確」--Nature誌が調査結果を公表". CNET Japan. 2008-08-14 閲覧。
  5. ^ a b "出版再生、カギは?ヨーロッパの取り組み". ひと・流行・話題. 朝日新聞 (2008-02-14). 2008-07-20 閲覧。
  6. ^ "〈出版文化どう守る・上〉値引き合戦、書店姿消しスーパー台頭". 朝日新聞 (2008年3月6日). 2008-07-20 閲覧。
  7. ^ "〈出版文化どう守る・下〉「町の書店」に資本の波". 朝日新聞 (2008-03-07). 2008-07-20 閲覧。

[編集] 関連項目

[編集] 参考文献