吉備津神社 (福山市)

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吉備津神社

本殿
所在地 広島県福山市新市町宮内400
位置 北緯34度34分9秒
東経133度16分15.55秒
主祭神 大吉備津彦命
社格 備後国一宮・国幣小社・別表神社
創建 大同元年(806年)
例祭 11月22日25日
  
能舞台
能舞台
鳥居
鳥居

吉備津神社(きびつじんじゃ)は、広島県福山市(旧芦品郡新市町)にある神社である。備後国一宮で、旧社格国幣小社。通称 一宮(いっきゅう)さん

備中国一宮の吉備津神社より分祀されたもので、主祭神は備中国の吉備津神社と同じ大吉備津彦命である。

[編集] 歴史

吉備国が三国に分離された後の大同元年(806年)、吉備国一宮であった吉備津神社より勧請して創建されたと伝えられる。しかし、その百年後の905年から967年にかけて編纂された延喜式延喜式神名帳)に記載がないことから、実際の創建はもっと後であるとする説がある。実際、神社の名前が最初に確認できる史料は久安4年(1148年)の八坂神社の記録『社家条々記録』であり、境内の発掘調査でも12世紀以降のものしか出土していない。

中世より備後国一宮として崇敬を集めた。広大な社領と多くの神人を有し、たびたび近隣の豪族と衝突していたため、貞和2年(1346年)には高師泰が備後国守護に神人の横暴を止めるよう命じている。戦国時代には毛利輝元より、江戸時代にはこの地を治めた福島氏水野氏より社領の寄進があった。

[編集] 文化財

慶安元年(1648年)建立の本殿・平安時代の作の木造狛犬三体・太刀四振が国の重要文化財に指定されている。

境内背後の桜山一帯は、後醍醐天皇の倒幕計画に呼応して桜山茲俊が挙兵した地で国の史跡に指定されている。