小林克也

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小林 克也こばやし かつや1941年3月27日 - )は、日本のラジオDJナレータータレント俳優広島県福山市出身。広島大学附属福山高校卒業、慶應義塾大学経済学部中退。通称KORBY(コービー)。

目次

[編集] 来歴・人物

広島大学附属福山高等学校にトップ合格。中学・高校時代からFENや海外ラジオを聴き続けて洋楽の洗礼を受け、また主にFENの聞き取りによる独学で英会話能力を取得。大学在学中に通訳案内業試験に合格し外国人相手の観光ガイドのアルバイトを始めるも、こちらに精を出し過ぎ、好きな英語でも経済学の英語原書には全く興味を持てず、『自分は頭がいい』の自信が脆くも崩れ去り、大学を中退。外国人相手のナイトクラブなどの司会を本業とした。1970年、『バブリング・ポップス』(ラジオ関東(現・アール・エフ・ラジオ日本))のDJで電波デビュー。この番組はワーナー・パイオニアの新譜(主に洋楽)を紹介する番組であった。

1970年代後半に選曲家の桑原茂一、俳優の伊武雅刀らとともに始めた音楽ラジオ番組『スネークマンショー』は、曲間に挿まれるシュールなコントなど斬新なスタイルが話題を呼び、大阪ローカルから東京に進出しマニア的なブームを起こした。のち、『スネークマンショー』はテクノポップバンドYMOとコラボレーションし、アルバム『増殖』に参加。その中の1曲である、小林の声をフィーチャーした「タイトゥン・アップ」は米国でも発売され、ビルボード・ダンス・チャートにランクインも果たした。そもそも「スネークマン」の名は、小林が米国のDJウルフマン・ジャックのパロディとして登場させたキャラクターが由来である(小林が巳年生まれのため)。

1981年にスタートしたテレビ朝日深夜番組ベストヒットUSA』では司会(VJ:ヴィジュアルジョッキー)を務め、洋楽ミュージックビデオを紹介。数多くの来日アーティストに小林自らインタビューを行うなど、本格的な洋楽番組として名を馳せた。1989年に終了するが、単発特番が組まれた後、2003年からはBS朝日NACK5などで復活している。

1982年に結成した中年バンド「小林克也&ザ・ナンバーワン・バンド」でのアバンギャルドな音楽活動でも知られる。ハワイ移民の広島弁をフィーチャーしたデビュー曲「うわさのカム・トゥ・ハワイ」は日本語ラップのはしりとして一部に評価が高い。近年ではNHKテレビ『みんなのうた』の楽曲「ガムシャ〜ラ」にヴォーカルで参加。その他、俳優の分野においては、1984年の映画『逆噴射家族』での怪演ぶりが高い評価を得た。その後伊丹十三監督の映画『マルタイの女』やNHK大河ドラマ武田信玄』などの出演作品がある。

また、サザンオールスターズ桑田佳祐とは長年の交流があり、サザンの楽曲制作に多数協力し、多数のアルバムにSpecial Thanksのかたちでクレジットされている(主に初期作品での英詞の監修)。桑田は前述のザ・ナンバーワン・バンドのアルバム『もも』で楽曲提供・ヴォーカル参加しており、サザンのアルバム『NUDE MAN』の1曲目「DJ・コービーの伝説」では、まさにDJ・小林克也をモチーフとして取り上げた。『KAMAKURA』収録の「死体置き場でロマンスを」にもMCとして参加している。また2004年に発売されたサザンのDVD『ベストヒットUSAS』は全編ベストヒットUSAのパロディであり、小林もサザンのミュージックビデオを紹介するMCとして出演している。

現在でもラジオDJとしてレギュラー番組を多数抱え、リスナーに絶大な支持を受けている。日本に長年に渡り洋楽を紹介した功績は限りなく大きい。そのためか、「小林克也のSUPER DANCE BEATS」等、小林の名前を使ったCDが、いくつか存在する。また抜群な語学力を活かして英語関連の著書、教材も多数手掛ける。

2006年4月13日に体調の異変を訴え、翌14日に都内の病院に入院。ラジオの生番組は急遽ピンチヒッターを立てて放送した(収録番組は収録済み分を通常通り放送)。入院から約2週間後の4月27日、BS朝日の『ベストヒットUSA』収録で仕事復帰した。翌28日、NACK5の『ファンキーフライデー』生放送冒頭に胃の半分を切除する手術を受けたことを報告、また、『小林克也のRADIO BAKA』内で初期の胃ガンであった事を告白した。

名前が同音異字の有名人に俳優・小林勝也小林且弥英語版)がいる。

[編集] 逸話

  • 声だけ聞くと、日本人には英語のnative speakerとしか思えない素晴らしい発音の英語を話す。実は純粋の日本人だと教えられて驚く人は多い。帰国子女として英語を身につけたのでなく、FEN聞き取りによる小林独自の習得方法により海外経験を持たないまま素晴らしい英語力、発音を身につける。『どうしたら英語がうまくなるんですか?』ともっともよく聞かれる一人であろう。発音に関しては、口の形、舌の位置、口の周りの筋肉を鍛えることを重視する。そのノウハウの一部はかつて『百万人の英語』から小林自身のVHSビデオテープとして発売され明かされた。
  • 高校時代、古文をカリキュラムとして学習させられることに関し、『なんでこんなに誰も使わない死んだ言葉を勉強しなきゃならないんだろう?』と疑問に感じたそうである。その影響か、大学受験では入試科目に古典が一切なく、英語を重視する慶應義塾大学経済学部に入学する。
  • 2006年1月現在、全国で680店舗を展開するユニクロ(UNIQLO)が、1984年6月に広島市中心部に開いた1号店(中区袋町)開店の時、広島ローカルのCMに起用され、のち全国展開が始まってからも、暫くの間、CM等に登場していた。当時の店名は「ユニーク・クロージング・ウエアハウス」(UNIQUE CLOTHING WAREHOUSE)といい、現在の呼称は当時の店名の略称が元になっている。尚、この1号店は現在はない。また、ユニクロが現在のような有名ショップになった後も、再度CM出演したことがある。
  • テレビ番組『ねるとん紅鯨団』に出演した際に、好きなタイプの女性を訊かれて「ソフィア・ローレン」と答えている。
  • テレビ番組『ザ・ベストヒット'83』ではビートたけしと共演。細川たかしの「矢切の渡し」を英語風に「ヤギリノワタシ!」と絶叫した。

[編集] 主な出演

[編集] ラジオ番組

[編集] 現在の出演番組

[編集] 過去の出演番組

上記のうち、ファンキーフライデー、「お願い!DJ!」、ZIP HOT 100の3番組はいずれも4時間以上の長時間生放送番組であり、放送日もそれぞれ金曜・土曜・日曜と連続している点は注目に値する。しかし、ZIP HOT 100は本人の意思により3月26日放送をもって降板した。詳しい経緯は小林克也のRADIO BAKAの「3つ目のボタン」中の『小林時々日記』に書かれている。

[編集] テレビ

[編集] 現在の出演番組

[編集] 過去の出演番組

横浜ベイスターズを応援していた番組であるが、小林自身は熱烈な広島カープのファンであるため、ベイスターズコーナーだけ席を外していた。
Bro.KONE柳沢慎吾らとレギュラー出演。

[編集] テレビドラマ

[編集] 映画

[編集] アニメ

[編集] PV

[編集] CM

[編集] 出演(テレビ)

前述の小林克也&ザ・ナンバーワン・バンドでリリースされた「うわさのカム・トゥ・ハワイ」を歌っている。
  • 日清食品 ウォーキングカラオケプレゼントキャンペーン
三波春夫ばりの着流し姿にラメのアイシャドーを塗って熱唱。
アニメ声風の声を発するパペットと共に出演。現在は製造中止。

[編集] 声の出演(テレビ)

[編集] ナレーション(テレビ)

[編集] ラジオ

※その他多数

[編集] ゲーム

[編集] 著書

  • 小林克也のビートにノッて70短文英会話』(光文社、1987/4、小林の最初の著書、何故英語なのか、自らの来歴に詳しい、ISBN 978-4334051372
  • 英語のクスリ』(イーフロンティア、2001/12、ISBN 978-4590011219
  • うわさのファンキーフライデー』(辰巳出版、2009/1、ISBN 978-4777805013)

[編集] 外部リンク