アメリカン・グラフィティ
| アメリカン・グラフィティ | |
|---|---|
| American Graffiti | |
| 監督 | ジョージ・ルーカス |
| 脚本 | ジョージ・ルーカス グロリア・カッツ ウィラード・ハイク |
| 製作 | フランシス・フォード・コッポラ ゲイリー・カーツ |
| 出演者 | リチャード・ドレイファス ロン・ハワード |
| 撮影 | ロン・イヴスレイジ ジョン・ダルクイン ハスケル・ウェクスラー |
| 編集 | ヴァーナ・フィールズ マーシア・ルーカス |
| 配給 | ユニバーサル映画/CIC |
| 公開 | |
| 上映時間 | 110分 |
| 製作国 | |
| 言語 | 英語 |
| 製作費 | $777,000 |
| 興行収入 | $115,000,000[1] |
| 次作 | アメリカン・グラフィティ2 |
『アメリカン・グラフィティ』(American Graffiti)は、1973年のアメリカ映画。
目次 |
概要 [編集]
監督、脚本のジョージ・ルーカスは、処女作『THX 1138』の興行的失敗を受け、自身の高校生活をベースに大衆に受ける青春映画の制作に着手し大ヒットした。低予算で製作されたため「興行的に最も成功した映画」とも言われた。
初公開時のアメリカでのキャッチフレーズは「1962年の夏、あなたはどこにいましたか(Where were you in '62?)」。
1960年代のサンフランシスコ郊外の町を舞台にしており、アメリカ人の誰もが持つ高校生時代の体験を映像化した作品。1962年の夏、多くの登場人物が旅立ちを翌日に控えた夕刻から翌朝までの出来事を追う「ワンナイトもの」である。青春時代の甘味なエピソードが、タイトル通り落書き(グラフィティ)のように綴られる。
また、アメリカがヴェトナム戦争に参戦する以前の「楽しい時代」を1970年代に描いたことにより、戦争のトラウマを別の面から浮かび上がらせたという側面もある。
1995年にはアメリカ国立フィルム登録簿に永久保存登録された。
スタッフ [編集]
- 監督:ジョージ・ルーカス
- プロデューサー:フランシス・フォード・コッポラ、ゲイリー・カーツ
キャスト [編集]
| 役名 | 俳優 | 日本語吹き替え | |||
|---|---|---|---|---|---|
| フジテレビ版 | テレビ朝日版 | TBS版 | BD版 | ||
| カート・ヘンダーソン | リチャード・ドレイファス | 野島昭生 | 堀勝之祐 | 野島昭生 | 堀内賢雄 |
| スティーヴ・ボランダー | ロニー・ハワード | 池田秀一 | 田中秀幸 | 森川智之 | |
| ジョン・ミルナー | ポール・ル・マット | ささきいさお | 青野武 | 鈴置洋孝 | 井上和彦 |
| テリー・フィールズ | チャールズ・マーティン・スミス | 湯原昌幸 | 富山敬 | 三ツ矢雄二 | 石田彰 |
| ローリー・ヘンダーソン | シンディ・ウィリアムズ | 戸田恵子 | 冬馬由美 | ||
| デビー・ダンハム | キャンディ・クラーク | あべ静江 | 麻上洋子 | 井上喜久子 | |
| キャロル・モリソン | マッケンジー・フィリップス | キャロライン洋子 | 冨永みーな | 日笠陽子 | |
| ボブ・ファルファ | ハリソン・フォード | 千葉繁 | 内田直哉 | ||
| DJウルフマン・ジャック | ウルフマン・ジャック | 桑田佳祐 | 小林克也 | 大塚芳忠 | |
| ペグ | キャスリーン・クインラン | ||||
- フジテレビ版日本語吹き替え:初回放送1980年10月24日 フジテレビ『ゴールデン洋画劇場』 21:00-22:54
- テレビ朝日版日本語吹き替え:初回放送1983年6月20日 テレビ朝日『日曜洋画劇場』 21:00-22:54
- TBS版日本語吹き替え:初回放送1984年6月23日 TBS『名作洋画ノーカット10週』 深夜0:10-2:11 ※ユニバーサル思い出の復刻版DVDに収録
- プロデューサー:安田孝夫、台詞:佐藤一公、演出:伊達渉、日本語版制作:東北新社 TBS
- BD版日本語吹き替え:2011年に発売されたBlu-rayに収録
主な挿入歌 [編集]
- ロック・アラウンド・ザ・クロック(ビル・ヘイリー&ザ・コメッツ)
- シックスティーン・キャンドルズ(ザ・クレスツ)
- 悲しき街角(デル・シャノン)
- ザットル・ビー・ザ・デイ(バディ・ホリー&ザ・クリケッツ)
- シー・ユー・イン・セプテンバー(テンポズ)
- サーフィン・サファリ(ザ・ビーチ・ボーイズ)
- 煙が眼にしみる(プラターズ)
- リトル・ダーリン(ダイアモンズ)
- ペパーミント・ツイスト(ジョイ・ディー&スターライターズ)
- バーバラ・アン(リジェンツ)
- ブック・オブ・ラヴ(モノトーンズ)
- メイビー・ベイビー(バディ・ホリー&ザ・クリケッツ)
- グレイト・プリテンダー(プラターズ)
- エイント・ザット・ア・シェイム(ファッツ・ドミノ)
- ジョニー・B・グッド(チャック・ベリー)
- 瞳は君ゆえに(フラミンゴス)
- 踊ろうよベイビー(ボビー・フリーマン)
- ユー・アー・シックスティーン(ジョニー・バーネット)
- ラブポーションNO9(ザ・クローバーズ)
- シンス・アイ・ドント・ハブ・ユー(スカイライナーズ)
- ティーン・エンジェル(マーク・ダイニング)
- オンリー・ユー(プラターズ)
- オール・サマー・ロング(ザ・ビーチ・ボーイズ)
製作 [編集]
ユニバーサルはルーカスが付けた『アメリカン・グラフティ』という題名を「分かりにくい」と気に入らず、「アナザー・スロー・ナイト・オブ・モデスト」という題名を提案した。ちなみにコッポラは「ロック・アラウンド・ザ・ブロック」を提案した。
夏の設定だが、撮影は冬に行われた。そのため、息が白くなっているシーンがある。役者たちは薄着で暑そうな演技をし、カットがかかると上着に飛びついたという。
演出 [編集]
脚本通りに演じることも望まず、俳優たちの好きなように演じさせた。
テリーのベスパ停車の失敗、強盗から投げられる酒のファンブル失敗、デビーの「Did you get it?」の失敗、キャロルの水風船顔面直撃などアクシデントが採用されることが多く、俳優たちは「ルーカスは失敗を望んでいた」と語っている。デビーの台詞の失敗は1テイク目だったので、そのテイクがOKとなり、撮り直しさせてもらえなかったとクラークは語っている。
ドレイファスは撮影時、終始踵を上げ、下げして、手をブラブラさせていたのでカメラ・オペレーターから「じっとしてろ」と注意された。その行動は劇中でも観ることができる。
チャールズ・マーティン・スミスは髪を切らされ、70年代には流行らない髪形にされた。そのためプライベートでは帽子を離さなかったという。ハリソン・フォードは髪を切るのを嫌がり、代わりにカウボーイ・ハットを被って出演した。
使用楽曲 [編集]
当時ラジオでよくかかったヒット曲、現在ではオールディーズと称される楽曲が全編に散りばめられる。また、実在のDJ、ウルフマン・ジャックを本人役で登場させている。全曲が収録されたサウンドトラックも大ヒットし、現在も人気が高い。
しかし、のちにこれが仇となり、音楽の権利上の問題で長らくビデオ化ができなかった。日本の地上波TV初放映は、1980年10月24日放送のフジテレビ『ゴールデン洋画劇場』で、サザンオールスターズの桑田佳祐が初の吹き替えをしたことで話題になった。その後、放映権はTBS系に移り、1984年に深夜特番『ソニー名作洋画ノーカット劇場』で放送された。吹き替え版は、2008年12月19日にユニバーサルから「思い出の復刻版」と題した吹き替え名画の傑作選の第1弾として発売された。
また、サントラに収録された全41曲はルーカス自身の好みで選ばれたものであり、舞台となっている1962年夏の最大のヒット曲だったフォーシーズンズの「シェリー」が入っていないことも一部で話題となった。また、ビーチ・ボーイズの「オール・サマー・ロング」は1962年ではなく64年の楽曲である。
公開後 [編集]
試写を見たユニバーサルの重役ネッド・タネンは「こんな映画は観客に見せる物じゃない」と激怒した。その後、試写を繰り返しても会社のこの映画への評価は上がらず、当初公開されたのはニューヨークの1館、ロサンゼルスの2館だけだった。更にユニバーサルは『アメリカン・グラフティ』完成から上映までの間にルーカスから提示された、『スター・ウォーズ』の企画を拒否してしまったが、ルーカスは理解のない会社に企画が渡らなくて安堵した。
結果映画は世界的に大ヒットし、この後続篇も製作され、さらに『グリース』、テレビドラマ『ハッピーデイズ』、『グローイング・アップ』など多くの亜流作品を生んだ。現在も青春時代のエピソードを当時のヒット曲で綴る映画を「アメグラもの」と表現されることがある。
当時は無名だったリチャード・ドレイファス、ハリソン・フォード、ロン・ハワード、チャールズ・マーティン・スミスが、のちのアメリカ映画を代表する大スター・売れっ子監督になっていったのは、よく知られるところである[2]。公開当時はボクサー上がりのポール・ル・マットが一番人気が出るのでは、と言われたが、彼本人の名前よりも役名が浸透してしまい、あまり人気が上がらなかった(俳優としては現在も活動している)。当時プロの役者だったのはハワードだけである。
DVD [編集]
DVDに収録されているのは、劇場公開版より約2分長いディレクターズ・カット版である。
思い出の復刻版DVD disc2に収録されている吹き替えは、TBS「名作洋画ノーカット10週」で放送されたものが収録されている。発売直前まで、発売元のユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパンのサイトには、若干本編からカットがある「日曜洋画劇場」で放送されたもののキャストが記載されていた。
裏話 [編集]
- ジョンの乗るフォード・デュース・クーペのナンバープレートにはルーカスの前作のタイトルをもじったナンバー、「THX-138」と書かれている。このイースター・エッグは後の『スター・ウォーズ』の劇中でも見られる。
- 登場人物が入り浸る「メルズ・ドライブイン」はサンフランシスコに実在したドライブインである。当時既に閉店していたが、映画撮影のために再度開店させた。店は撮影終了後に取り壊された。
- プロムの演奏シーンでギタリストが使っているギターはラージ・ヘッドのストラトキャスターであるが、この仕様は1965年にフェンダー社がCBSに買収された後のものなので1962年には存在しない。
脚注 [編集]
- ^ “American Graffiti (1973)” (英語). Box Office Mojo. Amazon.com. 2010年2月6日閲覧。
- ^ フォードは当時俳優業からやや離れて大工をしていたが、本作を境に本業へ復帰した。ちなみに出演料はリチャード・ドレイファスが週480ドル、フォードは週500ドルであった。
外部リンク [編集]
- アメリカン・グラフィティ非公式辞典
- アメリカン・グラフィティ - allcinema
- アメリカン・グラフィティ - KINENOTE
- American Graffiti - AllMovie(英語)
- American Graffiti - インターネット・ムービー・データベース(英語)
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