ビデオジョッキー
ビデオジョッキー(video jockey)または ビジュアルジョッキー(visual jockey)とは、映像を素材としてディスクジョッキー(DJ)と同様の行為を行う者を指す。略称は「VJ」。DJと同じく、2通りの意味がある(後述)。
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VJ(司会者) [編集]
音楽番組などで司会進行を務める職業。音声だけのラジオ番組の司会役をディスクジョッキーと呼ぶのに対して、音声と映像の番組の司会役という意味がある。MTV内で発生し、主にMTVやスペースシャワーTVといった音楽専門チャンネルで使われる。
VJ(表現者、操演者) [編集]
DJが複数枚のレコードを組み合わせて音楽を作るようにクラブやディスコ、コンサート会場で音楽に合わせてビデオ映像等を流したり、ライブで映像を組み合わせたり、リアルタイムで製作したり、あらかじめ作っておいた映像を流したり、その手法は様々。最近はPC等を用いたスタイルが一般的になりVJをビジュアルジョッキー (visual jockey) と解釈することもある。
日本のVJ(表現)の歴史 [編集]
日本のVJ的表現の始祖 [編集]
日本では1985年に結成した原田大三郎、庄野晴彦のラジカルTVや、1980年代に立花ハジメがライブ中行っていたビデオアート的なビジュアルパフォーマンスがその始祖とされている。 しかしクラブを現場とする現代の語意においてのVJは、日本に芝浦GOLDやジュリアナ東京などの大バコが台頭した1980年代後半をその黎明期とする。現在のようにVJ機材は発達しておらず、また時代背景(バブル期)からDJブースからボタン一つで低温花火を打ち上げるようなビジュアル表現も存在した。
80年代後半・VJの黎明期 [編集]
その歴史のオリジネイターは、現在、日本における先駆者的VJの一人として認知される宇川直宏や、田中秀幸が率いるプリンストンガ、松木靖明など。 他には当時日本に移住していたイギリス人ユニットハイパーデリックビデオなどもいた。 これらアーティストが同時多発的にCLUBの壁面をVIDEO映像で彩っていった。 この時期にはVJ用のハードもアプリケーションも全くリリースされておらず、家庭用や業務用のビデオ機材を駆使し、当時発売したばかりのシャープ製の家庭用1眼プロジェクタでクラブの壁などに投影していた。 まだVJというカテゴリは存在していなかったが、宇川直宏が1989年にジョン・ゾーン率いるトーチャー・ガーデンと共にプレイした際、既に自称としてVJという肩書きをフライヤー上で使用していた。 1990年からGEOIDO等でM.M DelightがVJを始める。
1990年代半ば〜・VJ機材の登場と第二世代の頭角 [編集]
家電製品の進歩に伴い、VJ機器として流用可能な民生用のデジタル機器も多数登場しスタイルの幅が広がる。 また、PCの普及やテクノロジーの進歩に伴って、マクロメディア(現・アドビシステムズ)のDirectorやFlashなどのソフトウェアをベースにした簡易VJソフトを自作するVJが登場する。 やがてモーションダイブ、FUSE、m7、composite station等、様々な国内VJソフトウェアが開発され、デジタル製品誌やカルチャー誌などでも取り上げられ、VJが脚光を浴びるきっかけになった。 またこの頃、ハードウェアとしてVJ用に特化した映像ミキサーV-5が発売される。 これらを機に新たなスタイルのVJが頭角を現し始め、VJをメインに据えたクラブイベントなども催され、野外イベントにもVJが参加することが普通になった。
VJ機材の発展と新たなソフトウェアの台頭 [編集]
00年代前半からプロジェクターによる空間構成やメディア・アートを取り入れたVJ、DVDの一般化に伴って高画質な映像に移行するVJなど、そのプレイスタイルが多様に細分化を始める。 またソフトウェアは近年、コンピュータの処理速度の向上に伴って、より高機能、高画質に対応した新たなものが使用されている。 Modul8、Resolume、VDMXなどがある。
他にも、Jitter(Maxの映像モジュール)、openframeworks、ProcessingやMac OS Xに標準で添付されている開発ツールQuartz Composerなどのプログラミングソフトを使用し、さらなるリアルタイム性を追求するVJも行われている。
また、これらのソフトはSyphonによって相互にアルファチャンネル付き映像のリアルタイム交換が出来るため、一つだけでなく、複数を連携して使用されることもある。
VJ機材のモバイル化 [編集]
iPhoneを初めとしたスマートフォンの性能が向上し、10年代前後には携帯端末上のアプリケーションによる映像出力が可能になった。 さらに、より小型化されたノートPCの流行やiPad等のタブレットPCが登場する。 それに伴い、携帯可能な小型プロジェクタが登場し、より小規模な機材でのVJも可能となった。
国内でのVJの認知度と背景 [編集]
VJはDJと違い、未だ一般大衆に認知されているとは言えないのが現状である。
VJはDJが生んだクラブ文化の流れの中で発生し、照明係とPAの様な裏方の仕事の一つとして始まったため、未だに単なる裏方であるというイメージが少なからず存在している。 また、海外ではVJはDJと対等な立場として扱われているが、日本でのVJはDJと対等な立場で扱われないケースも少なからずある。 その要因として、絶対的な必要性が無いことや、先の裏方というイメージも加わってVJ文化が発展途中のためにVJとしての地位の確立が完全に成されていないことなどが考えられる。
しかしVJの文化はテクノロジーの進歩や技術革新と共に確実に成長しており、表現領域の拡大も相まってアンダーグラウンドのみならず様々な場所に露出しつつあり、VJは世間でも認知されつつある。 また、近年ではクラブイベント等で同じ視覚演出の領域を担い、VJと関係の深いクラブイベントの照明係もLJ(ライティング・ジョッキー)と称される場合も出て来ている。