JUN SKY WALKER(S)

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JUN SKY WALKER(S)
基本情報
別名 ジュンスカ
出身地 日本の旗 日本
ジャンル ロック
ビートパンク
活動期間 1980年 - 1997年2007年 -
レーベル トイズファクトリー
1988年 - 1993年
エピックソニー
1994年 - 1997年)
アイビーレコード
(2011年 - )
事務所 BAD MUSIC
公式サイト ジュンスカサミット
メンバー
宮田和弥ボーカル
森純太ギター
寺岡呼人ベース
小林雅之ドラムス
旧メンバー
伊藤毅ベース

JUN SKY WALKER(S)(ジュン・スカイ・ウォーカーズ)は、日本のロックバンドである。1988年5月21日にメジャーデビューし、1997年6月14日に一度解散したが、2007年に再結成した。略称はジュンスカ、J(S)W。

目次

[編集] メンバー

[編集] 現在のメンバー

[編集] 過去に在籍したメンバー

[編集] 略歴

  • 1980年自由学園の学生だった宮田和弥(Vo)、森純太(G)、伊藤毅(B)、小林雅之(Dr)によって結成
  • 1980年代後半、ホコ天で絶大な人気を誇る。
  • 1988年、2月に伊藤が脱退し、伊藤はその後、THE STREET BEATSに加入→脱退し、ヤマハ音楽振興会に加入し、中島みゆきなどのディレクターとして活動する。
  • 1988年、弟がメンバー達の後輩だったことでJ(S)Wを知り、スタッフとして協力していた寺岡呼人が新しくベーシストとして加入。同年5月21日トイズファクトリーよりミニアルバム「全部このままで」でメジャーデビュー。
  • 1989年、日比谷野外音楽堂(4/23)での初ワンマンは豪雨に見舞われ、これよりJ(S)Wの野音に雨はつきものとなった。同年6月21日発売のアルバム「歩いていこう」がオリコンチャート3位を獲得する。この年、デビュー1年目にして日本武道館でライブを行う。
  • 1989年、2月に大阪城ホール、名古屋レインボーホール、日本武道館(2/26,27,28)でアリーナライブを行い大成功に収める。同年行われた名古屋で中京テレビのイベント「夢浪漫」で無料ライブを庄内緑地にて行う。このライブには2万人ものファンが詰め掛けた。(徹夜で並ぶファンも大勢いた)
  • 1990年、6月28日に発売されたミニアルバム「Let's Go ヒバリヒルズ」がオリコンチャート2位、11月21日に発売されたシングル「白いクリスマス」がシングルオリコンチャート1位を獲得する。
  • 1990年、グリーンスタジアム神戸(7/28)、西武球場(7/31)、名古屋深井広場(8/3、4、5)でアリーナクラスのコンサートを次々と行う。
  • 1991年2月21日に発売したアルバム「START」が初のアルバムオリコンチャート1位を獲得する。同年3月と4月に東京での8日間、渋谷公会堂(3/27,28,29,4/16,17,18)、日比谷野外音楽堂(4/13,14)でライブを行い、オリコン1位の「START」の勢いそのままに、同年11月には6thアルバム「TOO BAD」リリース
  • 1992年、日本武道館4日間(3/11、12、13、16)、名古屋市民会館5日間(3/18、20、25、26、27)、大阪城ホール(3/31)で行われたライブはすべてSOLD OUT。同年10月 7thアルバム「STAR BLUE」リリース
  • 1993年、毎年恒例の春の日比谷野外音楽堂でのライブ開催(4/3、4)、今回は“2DAYS 50 SONS”と題して2日間で50曲(実際は51曲)ダブリ無しで演奏、ファンを熱狂させた。この野音でJ(S)Wとしての“1年間ライブ休業”を発表。同年9月に寺岡脱退。同年11月に初期メンバーの伊藤が再加入。寺岡はその後、Mr.Children酒井法子などへの楽曲提供、ゆずネプチューン藤木直人などのプロデュースを行いつつ、ソロ・ミュージシャンとして活動する。
  • 1994年、レコード会社をEPIC・ソニーレコードに移籍。同年5月8thアルバム「DAYS」リリース
  • 1995年、5月9thアルバム「nine」リリース
  • 1996年、7月10thアルバム「EXIT」リリース
  • 1997年1月に解散を発表し、最後のベストアルバム「MY GENERATION」をリリース。解散ツアー「HELLO」を行い、最終日である6月14日日比谷野外音楽堂でのライブにて解散した。
  • 1997年2006年(詳しいソロの活動については各個人の項目を参照)
    • 宮田和弥は、ソロ名義で2枚のアルバムを発表したのち、ユニコーンの川西幸一らと共に新バンド「ジェット機」を結成。
    • 森純太は、プロデュース業やAi Bandなどを経て、自身がフロントを務めるバンド「BARBIE ATTACK DOLL(S)」を結成。
    • 伊藤毅は、再びディレクターとしての活動をしつつ、宮田のソロライヴにベーシストとして参加するなどしていた。2006年には自身が参加していたバンドTHE VANILAを再結成する。
    • 小林雅之は、POTSHOTへの加入→解散後はフリーのドラマーとして活動し、妻の実家である塗装会社で勤務している。
  • 2007年
    • 5月、小林の呼びかけで寺岡、森、宮田の4人で食事をしたところ話が盛り上がり久しぶりにとバンドを再結成、お世話になった渋谷La.mama25周年と名古屋E.L.L30周年記念ということもありJUN SKY WALKER(S)の2夜限り再結成ライヴが実現した。
    • 9月2日、解散以来10年ぶりに再結成することを発表した。宮田、森、寺岡、小林のメンバー構成で11月から神戸を皮切りに4ヶ所で「J(S)W 20th ANNIVERSARY PRE FESTIVAL」を行う。
    • 9月20日、テレビ朝日系列にて放送された「アメトーーーーーーク懐かしテレビ&アニメものまね高速ベロSP」にゲスト出演し、番組内にてスタジオライブを披露し、「歩いていこう」・「全部このままで」の2曲を演奏した。さらに、9月27日放送のアメトーーク!にて20日のスペシャルでの未公開映像を放送し、「MY GENERATION」を演奏していたところも放映された。
  • 2008年
    • 1月、寺岡呼人が主催の音楽イベント「Golden Circle Vol.11」出演。
    • 2月~5月、J(S)W 20th ANNIVERSARY TOUR "MY GENERATION"で全国32箇所のライブハウスを回った。ツアーファイナルは東京渋谷のC.C.LEMON HALL(33公演目)。
    • 7月~8月、サマーソニック、ライジングサンなどのフェスに参戦。
    • 9月~10月、J(S)W 20th ANNIVERSARY LAST TOUR "THANK YOU"、全国16箇所を回るツアー開催。ツアーファイナルとして、大阪城野外音楽堂(10/18)、日比谷野外音楽堂(10/25、26)でライブを行なった。後夜祭として、沖縄 桜坂セントラルでライブを行なった(11/01)。
    • 12月、COUNTDOWN JAPAN08/09(東京、大阪)、寺岡呼人主催「Golden Circle Vol.12」でジュンスカ再結成の活動を終える。 
  • 2011年
    • 4月、東北地方太平洋沖地震を受けて、チャリティライブを開催するため、活動再開することを発表する。
    • 6月、10月に東北6県ツアー「Walk to TOHOKU」開催を発表。
    • 10月、2012年から完全復活を発表。
    • 10月25日26日、19年振りにUNICORNとの対バンをGolden Circleとして日本武道館にて開催。[1]
    • 12月、アイビーレコード(カルチュア・コンビニエンス・クラブ系列トップ・パートナーズの100%子会社)からの第一弾作品としてシングル「シンフォニー」をTSUTAYAレンタル限定でリリース。
  • 2012年
    • 1月、再録ベストアルバム「B(S)T」をリリース。

[編集] エピソード

[編集] 結成

中学時代ギターを弾いていた森純太が、ベースを弾く1学年下の伊藤毅に声をかけ、週末などにセッションを行なう。セッションして行く内に、ドラムを入れたいと言う話になり、丁度その時に小林雅之が叩きたいと言って来て、メンバーになる。3人でセッションして行く内に、やはりボーカルも欲しいと言う話になる。小林を通じて宮田和弥が歌いたいと言いオーディションを受けた所、森が気に入りメンバーとなった。結成当時は地元のライブハウスで活動。多くの人に聴いて欲しいと言う思いもあり、ホコ天でのライブを思い付いた。ホコ天でライブを繰り返す内に次第に有名になり、多くのファンが集まるようになっていった。ホコ天でライブをしていた頃、弟を通じてジュンスカの存在を知った寺岡呼人がファンになりスタッフとして同行するようになった。

[編集] バンド名の由来

時代的にもスターウォーズの主人公Luke Skywalkerから来てるのではないかと言われているが、そうではなく、森純太が所有していた"JUN"という服飾メーカーのTシャツに印字された"SKY WALKER"というロゴプリントをメンバーが気に入り、響きがいいのでそのまま採用したというのが実状のようだ。 グループ名の末尾の(S)は、高校時代にJUN SKY WALKERというバンド名で活動時、英語の教師から「Rolling StonesBeatlesも、有名なグループには複数形の『S』が付いているから名前を変えてはどうか」と提案されたことによる。また、英語の教師から「グループであるからには、複数形のSをつけるか、冠詞の a が付かなければおかしい」と指摘されたためとも回答している場合もある。 (s)になっているのは、他人に指摘されたことでグループ名を変えたくないというささやかな反抗からであったが、BOØWYの「Ø」のように目立つから良いということになり、「(S)」が正式名称になった。そのためJUN SKY WALKERSという表記は誤りである。

[編集] 解散

リーダーの森純太は、結成当時からジュンスカをずっと続けて行きたいという思いがあった。しかし後期に出したアルバム「nine」のツアーが終わった頃、宮田和弥がジュンスカを辞めたいと言い、宮田は森に「ジュンスカを続けたいなら代わりのメンバーを入れてやってくれ」と言ったり、森も宮田を引き留めるのに何度も話し合いをしたが、宮田の気持ちは変わらず、バンドの顔であるボーカルの宮田がいなくなるならジュンスカじゃない、と森は解散を決心した。

[編集] ディスコグラフィ

[編集] シングル

  1. すてきな夜空 (1988年11月10日)
  2. 歩いていこう (1989年6月21日) PanasonicヘッドフォンステレオCM(CMにも出演)
  3. 白いクリスマス (1989年11月21日)
  4. START (1991年1月21日) ローソンCM
  5. つめこんだHAPPY (1991年10月25日) ローソンCM
  6. だから自由はここにある (1992年1月15日)
  7. メッセージ (1992年10月21日) フジテレビ系「クイズ!年の差なんて」エンディング
  8. 君が輝きつづけるように (1993年3月11日) HONDA「トゥディ」CM
  9. 100%無敵 (1994年4月21日) NHKBSヤングバトル」テーマソング
  10. さらば愛しき危険たちよ (1995年4月1日) TDKカセット「New AD」CM
  11. 愛しい人よ (1996年6月21日)
  12. 青春 (2008年9月10日)
  13. シンフォニー (2011年12月21日) TSUTAYAレンタル限定シングル

[編集] オリジナルアルバム

  1. J(S)W (1987年8月, CAPTAIN)インディーズアルバム
  2. 全部このままで (1988年5月21日, TOY'S FACTORY)
  3. ひとつ抱きしめて (1988年11月10日, TOY'S FACTORY)
  4. 歩いていこう (1989年6月21日, TOY'S FACTORY)
  5. Let'Go Hibari-hills (1990年6月28日, TOY'S FACTORY)
  6. START (1991年2月21日, TOY'S FACTORY)
  7. TOO BAD (1991年11月15日, TOY'S FACTORY)
  8. STAR BLUE (1992年11月11日, TOY'S FACTORY)
  9. DAYS (1994年5月21日, EPIC SONY)
  10. nine (1995年5月21日, EPIC SONY)
  11. EXIT (1996年7月1日, EPIC SONY)

[編集] その他のアルバム

[編集] カセットテープ

  1. HEY CRAZY(1984年)
    1. 南妙法蓮華経
    2. Rock'N Roll City
    3. NIGEL
    4. ALWAYS TO THE STREET
    5. どっとFEEL
    6. 13日の金曜日
  1. PRIVATE ONE(1986年)
    1. SHAKES BAD BOYS
    2. 言葉につまる
    3. テレフォンナンバー
    4. ON THE ROCKS
  1. PRIVATE TWO(1986年)
    1. MY GOOD BYE
    2. LONELY GIRL
    3. HEY HEY HEY
    4. ぶっとばせ
  1. カセット・マガジン BAD MORNING(1987年)
    1. SEXY EMBLEM
    2. BAD MORNING
    3. SUICIDE DAY
    4. CHI-GA-U
    5. I WANNA DANCE
    6. STREET ONE BOY
  1. PRIVATEⅢ(1987年)
    1. カギは誰が・・・
    2. NO NO BOY
    3. JACK & BETTY
    4. いつも二人で
  1. J(S)W クリスマス・カセット 白いクリスマス(1987年)
    1. 白いクリスマス
    2. オイ・オイ・オイ(ななしの詩)

[編集] トリビュートアルバム

[編集] DVD

  • ライブ帝国 JUN SKY WALKER(S) (2003年5月21日)
  • SPACE SHOWER ARCHIVE JUN SKY WALKER(S) LIVE 9011 (2006年12月22日)
  • JUN SKY WALKER(S) 20th ANNIVERSASY RE:START 2007/12/3 (2008年5月21日)
  • JUN SKY WALKER(S) MY GENERATION (2008年12月10日)
  • STAY BLUE 〜ALL ABOUT 20th ANNIVERSARY〜 (2009年3月25日)

[編集] 未発表曲

  • 早くイカせろ
  • TWIST & SHOUT(カバー)
  • カメラ小僧の唄

[編集] JUN SKY WALKER(S)の曲をカバーしたミュージシャン

CDとして発表されたもののみ。

[編集] 関連項目

田村淳ロンドンブーツ1号2号
学生時代はジュンスカのコピーバンドも組んでいた。尚最近では、2008年にビジュアル系バンド「jealkb」として、寺岡呼人主催のイベント「Golden Circle Vol.12」にてジュンスカと夢の共演を果たしている。
土田晃之
2007年の秋に放送された「アメトーーーク」の47年生まれ芸人のコーナーでジュンスカファンを公言している。学生時代は森純太のレスポールギターに憧れていたが、値段が高い為、代わりにグレコのギターを購入したとの事。現在そのギターはアンジャッシュの児島が持っているとの事。
伊藤英明
JUN SKY WALKER(S) MY GENERATIONツアーのDVDに付いていたパンフレット式のブックレットにコメントが寄せられている。再結成ライブも見に行った模様。また最近では、宮田和弥のソロツアー東京公演に花束が贈られている。
浅野忠信
学生時代コピーしていた事もあるとの事。いくつかの曲は歌詞カードを見なくても歌えるほどだとか。最近では、2008年のGolden Circle Vol.11東京公演にシークレットゲストとして参加した。
千秋
再結成ライブの渋谷ラ・ママ公演を見に行ったり、その当時、自身のブログでもジュンスカの事を書いている。
Mr.Children
彼らがまだ有名になる前はジュンスカライブに前座で出ていた事もあった。代表曲の1つ「抱きしめたい」は、桜井が宮田和弥の結婚式で披露する為に書いた曲だと言われている(実際は披露されなかった)。また、桜井自身はベースの寺岡とは非常に仲が良く、たびたび「Golden Circle」にも桜井自身がゲストとして参加している。そして桜井と小林武史が中心となって結成した「Bank Band」で、「休みの日」をカバーしている。
175R
ボーカルのSHOGOが大のジュンスカファン。ジュンスカの代表曲「MY GENERATION」、「白いクリスマス」をカバーしている。
スピッツ
ボーカルの草野マサムネが音楽を始めた頃、森純太の元に何度かデモテープを聴いてもらいに通っていたとの事。

[編集] 脚注

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  1. ^ Golden Circle HPより

[編集] 外部リンク

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