明王院 (福山市)

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明王院
Chudozan Myooin 06.JPG
本堂(国宝)
所在地 広島県福山市草戸町1473
位置 北緯34度28分43.4秒
東経133度20分45.5秒
座標: 北緯34度28分43.4秒 東経133度20分45.5秒
山号 中道山
宗派 真言宗大覚寺派
本尊 十一面観音菩薩
創建年 (伝)大同2年(807年
開基 (伝)空海
札所等 中国三十三観音8番
山陽花の寺18番
文化財 本堂、五重塔(国宝)
木造十一面観音立像(重要文化財)
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明王院五重塔(国宝)
(2005年11月27日撮影)

明王院(みょうおういん)は広島県福山市草戸町にある真言宗大覚寺派仏教寺院である。芦田川に面した愛宕山の麓にあり草戸稲荷神社が隣接している。かつては常福寺と言われており、中世には草戸千軒町が、門前町として栄えていたところとして有名である。本堂と五重塔国宝に指定されている。中国三十三観音霊場第八番札所、山陽花の寺二十四か寺第十八番札所。

沿革[編集]

寺伝によると、明王院の前身である「常福寺」は807年大同2年)に空海(弘法大師)によって創建されたという。この由来の根拠は江戸時代に作成された棟札によるものであるが、ほぼ同時期に作成された棟札がもう1枚あり、こちらには大同年中に「初住持沙門」と呼ばれる僧侶によって創建されと記されている。当寺の本尊十一面観音像は平安時代前期にさかのぼる作品であり、寺の草創もその頃にさかのぼるものと推定される。中世には門前に草戸千軒町(川底に埋もれた中世遺跡として著名)が栄えた。江戸時代には福山藩主となった水野家・阿部家の庇護の下で繁栄した。

文化財[編集]

国宝[編集]

明王院本堂
鎌倉時代1321年元応3年)に建立された仏堂。和様建築に鎌倉時代以降の新様式である大仏様(だいぶつよう)、禅宗様を加味した折衷様建築の代表例とされている。内部の外陣に見られる輪垂木(わだるき)を用いたアーチ型の天井は、近世の黄檗宗寺院の建築にしばしば見られるものだが、中世には珍しい。
明王院五重塔
南北朝時代1348年貞和4年)に建立された純和様の五重塔。初層内部の四天柱(仏塔の初層内部に立つ4本の柱をさす)、板壁などには極彩色の仏画や文様が描かれている。相輪の刻銘には、このが当時の繁栄した草戸千軒の経済力を背景に、ささやかな民衆の浄財を募って建立されたことが明記されている。

重要文化財(国指定)[編集]

木造十一面観世音菩薩立像(本尊)
平安時代前期の作で像高148.5cm。頭上面は髻(もとどり)の頂に阿弥陀仏一面、地髪上前面に菩薩面三・左側面に忿怒面三・右側面に牙をむく忿怒面三・背面に大笑面一の計十一面を頂く。作られた当時は彩色されていたようであるが、現在では褪色している。

広島県指定重要文化財[編集]

  • 明王院山門
  • 明王院書院
  • 明王院庫裡

福山市指定重要文化財[編集]

  • 木造南無仏太子像
  • 木造大日如来坐像及び両脇侍(不動明王・愛染明王)坐像
  • 木造五大虚空蔵菩薩懸仏
  • 木造阿弥陀如来立像
  • 木造不動明王立像
  • 木造不動明王立像
  • 木造制多迦・矜羯羅童子立像
  • 墓石群
  • 明王院鐘楼
  • 七重石層塔
  • 草戸愛宕神社本殿
  • 石層塔残欠
  • 絹本著色釈迦二十二部衆像
  • 絹本著色不動明王像
  • 絹本紺地金泥種子両界曼荼羅図
  • 紙本著色訶梨帝母乾闥婆王像(童子経曼荼羅)
  • 紙本著色十一面観音像千仏図
  • 紙本墨画不動明王像
  • 護摩堂本尊背障壁裏絵

隣の札所[編集]

中国三十三観音霊場
7 円通寺 -- 8 明王院 -- 9 浄土寺
山陽花の寺二十四か寺
17 円通寺 -- 18 明王院 -- 19 西國寺

関連項目[編集]