家本政明
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
家本 政明(いえもと まさあき、現姓:當麻[1]、1973年6月2日 - )は、広島県福山市出身のサッカー審判員。
目次 |
来歴
福山葦陽高校時代はDFとしてプレイし、広島県選抜にも選出された。だが、同志社大学入学後に病気のためサッカー選手を断念。一転して審判員を目指す。
同志社大学経済学部卒業後の1996年、Jリーグ・京都パープルサンガ(現京都サンガF.C.)を運営する株式会社京都パープルサンガに入社。同年に1級審判員を全国最年少で取得。
2002年からはJ2リーグで主審、2004年以降はJ1リーグでも主審を務める。但し、京都パープルサンガの職員であったため、サンガ絡みの試合で審判を務めることは出来ない。2005年には国際主審に登録され、同年からは日本サッカー協会(JFA)のスペシャルレフェリー(SR、現プロフェッショナルレフェリー:PR)として活動している。
しかし、ジャッジの質やピッチ上での行動に対して批判が相次ぎ(詳細は後述)、「一貫性を持ったレフェリングが出来ていない」という理由でJFAから2006年9月12日付けで異例の「1ヶ月間の研修」を命じられ、一時的に審判活動が出来ない状態となった[2]。研修ののち、1ヶ月間香港で審判を務めた。結局、この年は再び国内で笛を吹くことはなかった。
2006年10月23日、JFA審判委員会が国際サッカー連盟(FIFA)に申請した2007年国際審判員の候補者28名のうち、7名いる国際主審に名を連ねたが[3]、「研修を行っている人物を国際主審の候補に挙げた」として、この選出にサポーターの間では議論が飛び交った。
2007年1月2日、全国高等学校サッカー選手権大会2回戦の野洲-真岡戦において主審を務め、国内での審判業に復帰した。2007年シーズンはJ1・J2ともに主審として復帰している。平均カード提示数はJリーグ全主審より多いものの、前年よりは減少している。(「主審記録」を参照)。
2008年3月、ゼロックス・スーパーカップでの判定を巡る騒動(後述)により、Jリーグ公式戦の無期限担当割り当て停止を受けた。その間も国際主審としての活動はこれまで通り行っており[4]、AFCチャンピオンズリーグ・AFCカップで笛を吹いた。また国内ではJサテライトリーグや各クラブの練習試合を担当していたが、6月15日のJ2第20節、愛媛FC-水戸ホーリーホック戦でJリーグ公式戦の主審に復帰している。さらに、7月12日のJ1第16節、大宮アルディージャ-ジュビロ磐田戦からはJ1リーグ戦の主審も再び担当している。
経歴
選手歴
審判員歴
- なお、当時は全国最年少の1級審判資格取得者でもあった。
- 2002年 - Jリーグ審判員に登録
- 2005年 - 国際主審登録、スペシャルレフェリー(現プロフェッショナルレフェリー)登録
判定への批判
前述のように、2005年にスペシャルレフェリーとなり日本を代表するプロの審判員として数々の試合で主審を務めてきたが、主審を務める試合では1試合に10枚以上カードを提示することも珍しくなく、また退場者を出すことも多いなど判定に対する批判は多く、サッカーファンからはその技量やジャッジの質に対し疑問の声がある。 その主な理由として、
- 試合中に冷静さを失い、感情的になった状態で判定を行うことがある。特に家本自身への不服意思表示などに過剰に反応し、審判としての権力を過剰に振るってしまう傾向がある。
- ファウルを見落としたり、1試合で同一選手に2枚イエローカードを出したにもかかわらず、確認ミスでレッドカードを出し忘れるなどの初歩的なミスをすることがある。
- 判定に説得力がなく、不満を持った選手が冷静さを失い、異議、ラフプレーが続出する。
などが挙げられている。
当初は若さからくる経験不足が不可解な判定の原因ではないかという意見もあったが、判定が批判されていた他の審判員が経験を積むごとに上達していったこともあり、ファンはさらなる改善を強く求めている。
また、判定そのものへの批判ではないが、以前は京都パープルサンガの職員であったことから、完全に公平さを期すために、同チームが属するカテゴリ(Division)のリーグの試合の笛を吹くべきではない、という声も散見される。
問題となった主な試合・判定
2005年
- 後半26分に鳥栖MF高橋義希が草津ペナルティエリアの外で倒されたプレーに対しPKを与える。これは草津側の抗議、及び副審との協議によってFKに訂正されたが、その際、ゲームキャプテンとして事態の確認に来た鳥栖GKシュナイダー潤之介に対し、何の抗議もしていないにもかかわらずイエローカードを提示した。シュナイダーは試合後、「主審に言葉を発していない段階で、『君は来る必要がない』と言われて警告。僕が(PKの)キッカーのつもりだったらどうするのか」と、コメントした。
- さらに後半ロスタイム、鳥栖ペナルティエリア内に草津MF高須洋平がドリブルで切り込んだが、バランスを崩して転倒。家本はこのプレーに対し、鳥栖のファウルとしてPKを宣告。更に、このプレー時高須から数メートル離れた位置にいた鳥栖DF八田康介にイエローカードを提示した(このイエローカードは試合後鳥栖MF飯尾和也へのものと訂正されたが、その直後八田に再訂正された。さらに、6月14日のJリーグ規律委員会において、人違いであったとして飯尾への警告に訂正された[5])。ファウルを受けたとされた当の高須は「足がもつれただけ。何でみんなが喜んでいるのか分からなかった」と語り、鳥栖の松本育夫監督は試合後、「これだけの“大誤審”を見たのは私の長いサッカー人生で2回目。1回目は二十数年前の国際試合での八百長試合だった」と語った。
- J1第29節(10月29日)、浦和レッドダイヤモンズ-川崎フロンターレ戦
- 試合終盤、川崎FW都倉賢がボールに向かって出した足が浦和GK都築龍太の腹部に当たったことに対して、都築が都倉を突き飛ばすという報復行為を行った。家本は都倉にレッドカード、都築にはイエローカードを提示、計11枚(浦和5枚、川崎6枚)のカードが乱発される荒れた試合となった。川崎サポーターのみならず、勝利した浦和のサポーターからもこの判定を含めた家本への不満が噴出し、川崎の関塚隆監督は、試合後「我々を勝たせてくれない『何か』が働いていた」と語った。
2006年
- 大分DF上本大海のファウルに対しカードを提示しなかったため、川崎の関塚監督が猛烈に抗議。家本は即座に関塚を退席処分とした。更にその後副審との協議の結果、当の上本にもこの試合2枚目のイエローカードを提示して退場処分とした。先に上本への処分が出ていれば関塚の抗議・退席もなかったため、1-1の引き分けに終わった試合後、このレフェリングに対し大分・川崎双方のサポーターから「家本辞めろ!」コールが起きた。
- J1第21節(8月30日)、鹿島アントラーズ-名古屋グランパスエイト戦
- 後半33分、FKの際に名古屋DF秋田豊が相手を妨害したとしてイエローカードを提示、PKを宣告。このPKが決勝点となり鹿島が2-1で勝利したが、試合後判定に怒る名古屋のセフ・フェルホーセン監督に対し、家本も応戦したためスタッフに止められた。なおこの試合の直後、先述の研修の指示が下っている。
2008年
- ゼロックス・スーパーカップ(3月1日)、鹿島アントラーズ-サンフレッチェ広島戦
- 前半12分に鹿島DF岩政大樹が相手GKの持つボールに左ひざを出し、2枚目のイエローカードで退場。その後、広島MF李漢宰も前半38分に退場になる。鹿島が2点リードした後半33分に、広島FW久保竜彦が鹿島MF中後雅喜と競り合って倒れた際、鹿島DF青木剛のファウルと判定してPK。広島が同点に追いついて行われたPK戦では、副審の武田進が「キッカーが蹴るより先に前に動いた」と判定したのを受けて、鹿島GK曽ヶ端準の3度のPKセーブのうち2度をやり直させた。広島の勝利に終わった試合後に家本に詰め寄って猛抗議した曽ヶ端と中後にイエローカード、手を叩く仕草をしたとされた大岩剛にレッドカードを出した[6]。結局、両チーム合計でイエローカード11枚、レッドカード3枚が提示されたこの試合の判定は、その年最初のJリーグ公式戦であり、注目度の高いスーパーカップでのものだったこともあり、マスメディアでも家本の名前と共に大きく取り上げられた。
- 松崎康弘日本サッカー協会(JFA)審判委員長は「判定ひとつひとつは大きく間違っていないが、十分に試合をコントロールできなかった。選手の信頼を得られなかった」と指摘し[7]、鹿島MF小笠原満男からも「一番冷静であるべきレフェリーが感情的だった[6]」と批判されるなど、選手からの信頼が未だに得られていないことが浮き彫りになった。この件について鬼武健二Jリーグチェアマンからは「審判は反省しているはず」[8]、川淵三郎JFAキャプテンからも「問題があったといわざるを得ない」[9]と苦言を呈された。
- その後、3月6日にはJFA審判委員会より、ゲームコントロールが悪かったとしてJリーグ試合の無期限担当割り当て停止の措置が下された。記者会見で松崎康弘審判委員長は、この措置は処分ではなく冷却期間を置くためであるとし、また判定については、一つ一つの判定自体は正しいとした上で、岩政への2回目の警告は危険なタックルとは言えず不適当なものであったこと、PKの際のGKの動作違反の厳格化については周知していなかったことを認めた[10]。
- 記者会見に同席した家本は岩政への2回目の警告について、「早い時間に中心選手が欠けると試合に影響すると考え、警告を出すまでにちゅうちょしたことは反省している」[11]と述べた。また、選手とのコミュニケーションの取り方については、「人間味があるというか、柔らかく接することも必要」[12]などとした。
その他
ここに挙げた比較的大きな事例以外にも、カード提示者の取り違え、カード提示枚数の記録違い、不可解な退場処分などが家本が担当する試合では頻発しており、しばしばサポーター・チーム関係者の怒りを買っている。2006年には担当した3試合続けて警備員に守られながら退場するという事態も起こっている。
主審記録
家本政明
| 年度 | カテゴリ | 試合 | 得点 | 平均 得点 |
警告 | 退場 | 平均 警告数 |
平均 退場数 |
退 席 |
勝利/ 引分 |
勝率/ 引分率 (%) |
||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 一発 退場 |
警告 2回 |
||||||||||||||
| 2006 | J1・J2 ナビスコ |
23 | H | 25 | 1.09 | 49 | 5 | 5 | 2.13 | 0.435 | 0 | H | 8 | 34.8 | |
| A | 33 | 1.43 | 62 | 1 | 4 | 2.70 | 0.217 | 3 | A | 10 | 43.5 | ||||
| 計 | 58 | 2.52 | 111 | 6 | 9 | 4.83 | 0.652 | 3 | 分 | 5 | 21.7 | ||||
| 2007 | J1・J2 ナビスコ |
29 | H | 50 | 1.72 | 52 | 2 | 3 | 1.79 | 0.172 | 0 | H | 16 | 55.2 | |
| A | 29 | 1.00 | 52 | 2 | 5 | 1.79 | 0.241 | 0 | A | 7 | 24.1 | ||||
| 計 | 79 | 2.72 | 104 | 4 | 8 | 3.59 | 0.414 | 0 | 分 | 6 | 20.7 | ||||
| 2008 | J1・J2 ゼロックス |
23 | H | 32 | 1.39 | 32 | 3 | 1 | 1.39 | 0.174 | 0 | H | 13 | 56.5 | |
| A | 18 | 0.78 | 38 | 2 | 1 | 1.65 | 0.130 | 0 | A | 4 | 17.4 | ||||
| 計 | 50 | 2.17 | 70 | 5 | 2 | 3.04 | 0.304 | 0 | 分 | 6 | 26.1 | ||||
Jリーグ全主審
| 年度 | カテゴリ | 試合 | 得点 | 平均 得点* |
警告 | 退場 | 平均 警告数* |
平均 退場数* |
退 席 |
勝利/ 引分 |
勝率/ 引分率 (%) |
||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 一発 退場 |
警告 2回 |
||||||||||||||
| 2006 | J1・J2・入替 ナビスコ ゼロックス |
685 | H | 1092 | 1.59 | 1236 | 15 | 48 | 1.80 | 0.092 | 2 | H | 312 | 45.5 | |
| A | 910 | 1.33 | 1447** | 27 | 69 | 2.11 | 0.140 | 7 | A | 221 | 32.3 | ||||
| 計 | 2002 | 2.92 | 2683** | 42 | 117 | 3.91 | 0.232 | 9 | 分 | 152 | 22.2 | ||||
| 2007 | J1・J2・入替 ナビスコ ゼロックス |
682 | H | 966 | 1.42 | 1277 | 16 | 54*** | 1.87 | 0.103 | 5 | H | 293 | 43.0 | |
| A | 850 | 1.25 | 1379 | 36 | 55 | 2.02 | 0.133 | 8 | A | 241 | 35.3 | ||||
| 計 | 1816 | 2.66 | 2656 | 52 | 109*** | 3.89 | 0.236 | 13 | 分 | 148 | 21.7 | ||||
| 2008 | J1・J2・入替 ナビスコ ゼロックス |
685 | H | 976 | 1.42 | 1119 | 22 | 37 | 1.63 | 0.086 | 2 | H | 293 | 42.8 | |
| A | 820 | 1.20 | 1311 | 16 | 54 | 1.91 | 0.102 | 4 | A | 219 | 32.0 | ||||
| 計 | 1796 | 2.62 | 2430 | 38 | 91 | 3.55 | 0.188 | 6 | 分 | 173 | 25.3 | ||||
- 備考
- Jリーグを担当する主審は2006年が31人、2007年が38人、2008年が36人(途中交代で主審を務めた副審は除く)である
- 表中の「H」はホームチーム、「A」はアウェイチーム、「分」は引き分けを示す
- 平均退場数に、監督・コーチ等チームスタッフの退席分は含まない
- 一部試合に関する注意点
- *2006年ナビスコカップ準決勝第2戦(9月20日)の千葉-川崎F戦、2007年ナビスコカップ準々決勝第2戦(7月15日)の川崎F-甲府戦は延長戦となったため、それぞれ90分当たりの平均値とした。
- **2006年J2第35節(8月23日)の鳥栖-神戸戦における、近藤祐介(神戸)に対する警告は、主審・副審の手続きに誤りがあったため、警告累積等、懲戒運用上の警告処分は取り消されたが、公式記録は変更されず、また本稿では主審のカード提示枚数を記載しているため、この警告を含めた。
- ***2007年J1第10節(5月6日)の大分-広島戦における、藤田義明(大分)に対する2回目の警告は長田和久主審の人違いであったため、出場停止等、懲戒運用上の退場処分(警告2回)は取り消されたが、公式記録は変更されず、また本稿では主審のカード提示枚数を記載しているため、この退場を含めた。
- 出典 - Jリーグ「Jリーグ試合記録」
脚注
- ^ 結婚して妻方の姓を選択したため、現在の本名は當麻 政明(とうま まさあき)であり、FIFAの国際審判員リストには「TOMA Masaaki」として登録されているが(※1)、日本での審判活動は現在も家本姓で行っている(※2)。
※1 参照 - FIFA "Football Officials - Referees"(英語)
※2 参照 - Jリーグ「Jリーグ担当主審/副審リスト」 - ^ 参考文献 - スポーツ報知「家本主審にレッドカード…1か月“出場停止”」(2006年9月13日付、2007年11月9日閲覧、現在はリンク切れ)
- ^ 参考文献 - 日本サッカー協会「2007年国際審判員候補者を発表」
- ^ 参考文献 - 産経新聞「家本主審に無期限割り当て停止 サッカー協会審判委」(2008年3月6日付、同日閲覧)
- ^ 出典 - Jリーグ「Jリーグ公式記録」
- ^ a b 参考文献 - サンケイスポーツ「鹿島、審判にやられた!疑惑判定続発で岩政&大岩開幕戦欠場」(2008年3月2日付、同年3月7日閲覧、現在はリンク切れ)
- ^ 参考文献 - スポーツナビ「判定はほぼ妥当 松崎審判委員長」(2008年3月1日付、同年3月7日閲覧、現在はリンク切れ)
- ^ 参考文献 - スポーツナビ「警告続出、審判の笛で波紋」(2008年3月1日付、同年3月7日閲覧、現在はリンク切れ)
- ^ 参考文献 - サンケイスポーツ「1日ゼロックス・スーパー杯の警告乱発に川淵C『問題あった』(2008年3月5日付、同年3月7日閲覧、現在はリンク切れ)
- ^ 参考文献 - サンケイスポーツ「ゼロックス杯で不可解判定の家本主審に“無期限出場停止”」(2008年3月7日付、同日閲覧、現在はリンク切れ)
- ^ 引用 - 毎日新聞「家本主審問題…当面、試合から外す 日本協会」(2008年3月6日付、同年3月7日閲覧、現在はリンク切れ)
- ^ 引用 - サンケイスポーツ「スーパー杯の家本主審、期限定めずJから外れる」(2008年3月6日付、同年3月7日閲覧、現在はリンク切れ)
|
||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||

