吉田寿光

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

吉田 寿光(よしだ としみつ、1963年8月29日 - )は、栃木県出身のサッカー審判員(元国際主審)。

目次

[編集] 来歴

宇都宮高校-筑波大学を経て、1993年に1級審判員に登録される。主にJリーグを中心に主審を務め、2003年からはスペシャルレフェリー(SR、現プロフェッショナルレフェリー:PR)として活動している。

[編集] 話題となった試合・判定

2005年9月3日に行われた2006 FIFAワールドカップ・アジア地区予選 5位決定戦ウズベキスタン代表-バーレーン代表戦での誤審(本来、PKの蹴り直しとなるところをルール適用のミスで相手の間接FKとした)により、FIFAAFCから国際審判資格の無期限資格停止処分を受けた。なお当該試合は後日、再試合となった。

「プレーに関する事実についての主審の決定は最終である」とするサッカーの競技規則を覆して再試合が行われたことについて、2006年1月17日朝日新聞のコラム内で、「今後判定を覆すことを認めるルールができるなら、『トシズ・ルール』と名付けてもらい、歴史に名を残したいぐらいに考えていた。」と語っている。

[編集] 判定に対する評価

審判としてのジャッジは日本人の主審の中でも一、二を争う的確さを持っており、前述の誤審を受けても日本では大きな処分を特に課さなかった。その技術を腐らせないため再研修を施した後、すぐに主審に復帰している。

前述の一件を除けば判定に関する批判はあまり聞かれない。日本のプロフェッショナルレフェリーの判定に対する批判は多いが、その中でも上川徹と吉田に関してはPRの名に恥じない判定で絶賛されることも多い。

2007年11月3日に行われたナビスコカップ決勝で、後半3分に見せたポジション取りは全国の審判員に衝撃を与えるほど的確で、革新的だった。[要出典]

また、2008年11月1日には2年連続4回目となるナビスコカップ決勝の笛を吹き、終始安定したレフェリングでキャリアの高さを見せた。

[編集] 人物

  • Jリーグ担当主審としては最も身長が低い(170cm)。
  • 切り返しのデザインを目立たせるため、ウェアーのチャックを半分ほど開けている。これは尊敬する審判である、アンドレス・フリスクオマージュしてのものである。

[編集] 受賞歴


先代:
上川徹
岡田正義
Jリーグ優秀主審賞
2004
2008
次代:
松村和彦
n/a