甲奴郡

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甲奴郡(こうぬぐん)は、備後国・広島県にあった郡の一つである。当初は「かふの」とも読まれた。

2005年3月31日総領町庄原市および比婆郡全5町と合併(新設合併)して消滅した。現在は庄原・府中三次各市および神石郡神石高原町になっている。

名前の由来については、川沿いに広がる土地を指す「河野」「河内野(カハフチ野)」が訛ったという説や、傾斜した土地を意味する「傾き野(かぶきの)」が変化したという説など諸説存在する。古くから鉄の産地として知られ、平安時代初期には鉄を朝廷に献上していた記録が残る。

甲奴郡に属していた町村(1889年の市町村制施行当時)[編集]

  • 有田村(ありだむら)
  • 有福村(ありふくむら)
  • 井永村(いながむら)
  • 稲草村(いなくさむら)
  • 岡屋村(おがやむら)
  • 小塚村(おづかむら)
  • 梶田村(かじたむら)
  • 上領家村(かみりょうけむら)
  • 亀谷村(かめだにむら)
  • 木屋村(きやむら)
  • 黒目村(くろめむら)
  • 五箇村(ごかむら)
  • 小堀村(こほりむら)
  • 佐倉村(さくらむら)
  • 階見村(しなみむら)
  • 下領家村(しもりょうけむら)
  • 上下村(じょうげむら)
  • 太郎丸村(たろうまるむら)
  • 知和村(ちわむら)
  • 斗升村(とますむら)
  • 中領家村(なかりょうけむら)
  • 西野村(にしのむら)
  • 抜湯村(ぬくゆむら)
  • 福田村(ふくだむら)
  • 二森村(ふたもりむら)
  • 本郷村(ほんごうむら)
  • 水永村(みずながむら)
  • 安田村(やすだむら)
  • 矢野村(やのむら)

(以上29村)

沿革(1889年以降)[編集]

  • 1889年(明治22年)4月1日 - 市町村制施行。(29村)
  • 1895年(明治28年)10月1日(19村)
    • 井永村・岡屋村・佐倉村・斗升村・水永村が合併し、清岳(きよたけ)村が発足。
    • 梶田村・西野村・福田村・本郷村が合併し、甲奴村が発足。
    • 有福村・小塚村・小堀村・二森村が合併し、吉野村が発足。
  • 1897年(明治30年)5月7日 - 上下村が町制施行し上下町(初代)になる。(1町18村)
  • 1912年(明治45年)1月1日 - 稲草村・木屋村・下領家村が合併し、田総(たぶさ)村が発足。(1町16村)
  • 1912年(大正元年)11月1日 - 有田村・太郎丸村・知和村・抜湯村・安田村が合併し、上川村が発足。(1町12村)
  • 1913年(大正2年)2月1日 - 上領家村・亀谷村・黒目村・五箇村・中領家村が合併し、領家村が発足。(1町8村)
  • 1954年(昭和29年)3月31日 - 上下町・清岳村・矢野村・吉野村、階見村の一部が合併し、上下町(2代)が発足。階見村の残部は神石郡高蓋村(現:神石高原町)に編入。(1町4村)
  • 1955年(昭和30年)3月31日(3町)
    • 田総村・領家村が合併し、総領町が発足。
    • 甲奴村と上川村の一部が合併し、甲奴町(初代)が発足。上川村の残部(知和の全域、太郎丸・安田の各一部)は双三郡吉舎町(現:三次市)に編入。
  • 1958年(昭和33年)10月10日 - 甲奴町(初代)が世羅郡広定村と合併し、甲奴町(2代)が発足。(3町)
  • 2004年(平成16年)4月1日(1町)
  • 2005年(平成17年)3月31日 - 総領町が庄原市(初代)および比婆郡西城町東城町口和町比和町高野町と合併し、庄原市(2代)が発足、郡より離脱。同日甲奴郡消滅。

変遷表[編集]

関連項目[編集]