倉田秋
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| 倉田秋 | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 愛称 | シュウ | |
| カタカナ | クラタ シュウ | |
| ラテン文字 | KURATA Shu | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1988年11月26日(20歳) | |
| 出身地 | 大阪府高槻市 | |
| 身長 | 172cm | |
| 体重 | 68kg | |
| 血液型 | B型 | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | ガンバ大阪 | |
| ポジション | MF | |
| 背番号 | 20 | |
| 利き足 | 右足 | |
| クラブチーム1 | ||
| 年 | クラブ | App (G) |
| 2007-現 在 | ガンバ大阪 | 19 (0) |
| 1. 国内リーグ戦に限る。2008年12月8日現在。 ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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倉田秋(くらたしゅう、1988年11月26日 - )は、大阪府高槻市出身のサッカー選手。ガンバ大阪所属、ポジションはミッドフィールダー。大阪府立芥川高等学校卒。
目次 |
[編集] プレースタイル
ドリブルやパスを駆使して攻撃を彩るボランチ。ゴールへの嗅覚、シュートの技術に非凡な能力を見せ、ゴールを予感させる。ガンバ大阪ユースではキャプテンを務めるなど、精神面の強さも魅力である。ユース時代は、チームが「攻撃的スタイル」にシフトチェンジする際に、ポジションをサイドハーフに変え、前に出ていく回数を増やすという戦術が頻繁に用いられた。下がり目ポジションでも、前目であっても対応できるプレーの幅の広さを持ち合わせている。
[編集] 人物・エピソード
- 高校3年次の第30回日本クラブユース選手権大会では、決勝でゴールを決めるなど大きく貢献(1-0で優勝)。大会MVPに輝いた。
- プロとして初めて迎えた2007年開幕前のキャンプで輝きを見せ、監督・西野朗が絶賛。ガンバ大阪の攻撃を操るユースの先輩と比較して“二川2世”と評した。
- 2007年7月7日に行われたヤマザキナビスコカップ、浦和レッドダイヤモンズ戦でスタメンで公式戦初出場を果たすと、ボランチの位置で90分間積極的にプレー。バー直撃の推定35m強烈ミドルやファールでしか止めることの出来ないほど推進力のあるドリブルで観客を魅了した。試合後 西野監督が「(倉田)秋が特に輝いていた」と絶賛を送った。
[編集] 所属クラブ
ユース経歴
- 1995年 - 2000年 FCファルコン
- 2001年 - 2003年 ガンバ大阪ジュニアユース
- 2004年 - 2006年 ガンバ大阪ユース
プロ経歴
- 2007年 - 現 在 ガンバ大阪
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2007 | G大阪 | 31 | J1 | 6 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 8 | 0 |
| 2008 | G大阪 | 20 | J1 | 13 | 0 | 1 | 0 | 4 | 0 | 18 | 0 |
| 2009 | G大阪 | 20 | J1 | ||||||||
| 通算 | 日本 | J1 | 19 | 0 | 3 | 0 | 4 | 0 | 26 | 0 | |
| 総通算 | 19 | 0 | 3 | 0 | 4 | 0 | 26 | 0 | |||
| 国際大会個人成績 | FIFA | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 |
| AFC | ACL | クラブW杯 | ||||
| 2008 | G大阪 | 20 | 3 | 0 | 0 | 0 |
| 2009 | G大阪 | 20 | - | |||
| 通算 | AFC | 3 | 0 | 0 | 0 | |
[編集] 経歴
[編集] 代表歴
- U-14 日本代表
- U-15 日本代表
- U-16 日本代表
- 2004年 - AFC U-17選手権
- U-17 日本代表
- U-18 日本代表
- U-20 日本代表
[編集] 外部リンク
FIELD(サッカーマガジン インタビュー)(2007年8月16日)
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