川辺駿

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川辺 駿 Football pictogram.svg
名前
カタカナ カワベ ハヤオ
ラテン文字 KAWABE Hayao
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1995年9月8日(19歳)
出身地 広島県広島市
身長 175cm
体重 70kg
選手情報
在籍チーム サンフレッチェ広島
ポジション MF
背番号 36
利き足 右足
ユース
広島高陽FC(落合東小)
2008-2010 サンフレッチェ広島Jr.ユース(落合中)
2011-2013 サンフレッチェ広島ユース(吉田高)
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2013 サンフレッチェ広島(2種登録) 3 (0)
2014- サンフレッチェ広島
1. 国内リーグ戦に限る。2014年2月8日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

川辺 駿(かわべ はやお、1995年9月8日 - )は、日本プロサッカー選手広島県広島市安佐北区出身。[1]並木学院高等学校卒。ポジションはミッドフィールダーJリーグサンフレッチェ広島所属。

来歴[編集]

4歳上の兄の影響で幼少期からサッカーに親しみ[1]、小学1年生の頃から地元強豪チームの広島高陽FCでプレーする[2]。同クラブの2期上に渡大生、4期上に中山雄登、6期上に増田卓也がいる。

2008年、サンフレッチェ広島ジュニアユースに入団する[2]。同期に宮原和也大谷尚輝。ボランチとして活躍し、2010年クラブユース選手権(U-15)3位進出に貢献している[3]

2011年、宮原・大谷らと共にサンフレッチェ広島ユースに昇格する。同年高1のときからレギュラーに抜擢され中心選手として活躍し[4]、同年度の山口国体少年の部3位、高円宮杯では2連覇(2011年高円宮杯プレミア2012年高円宮杯プレミア)などに貢献した。

2013年高3から宮原・大谷らと共にトップチームに2種登録選手として登録され、同年3月13日ACL第2節対北京国安戦にベンチ入りを果たす。のち同年3月25日、宮原と共に所属はユースのままトップチームとプロ契約を結ぶ[5]。なお高校年代選手のプロ契約としては高萩洋次郎岡本知剛以来3例目であるが[5]、ユース所属でのプロ契約は初のケース。同年3月30日にJ1リーグデビューを果たしている。同時に活躍した広島ユースでは同年度のクラブユース選手権(U-18)準優勝、同年度のJユースカップ準優勝に貢献する。また、鈴木政一率いるU-18日本代表にも選出され、AFC U-19選手権2014 (予選)3試合すべてボランチとして出場している。

2014年、正式にトップチーム昇格[1]。同期入団は、宮原、大谷、高橋壮也皆川佑介茶島雄介ビョン・ジュンボン

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2013 広島 36[注 1] J1 3 0 0 0 0 0 3 0
2014 36
通算 日本 J1 3 0 0 0 0 0 3 0
総通算 3 0 0 0 0 0 3 0
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2013 広島 37[注 1] 2 0
2014 36
通算 AFC 2 0
  • Jリーグ初出場 : 2013年3月30日J1第4戦対清水エスパルス戦(アイスタ

代表歴[編集]

脚注[編集]

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注釈
  1. ^ a b 先にACLの背番号登録を行い、後にJリーグの背番号登録を行ったため、背番号が異なることに注意。なお37番は宮原のJリーグ登録用背番号。
出典
  1. ^ a b c 輝け サンフレルーキーズ<3>MF川辺駿(18)=広島ユース”. 中国新聞 (2014年1月31日). 2014年1月31日閲覧。
  2. ^ a b J's GOAL、2013年3月25日付
  3. ^ adidas CUP 2010 日本クラブユースサッカー選手権(U-15)大会 準決勝 (PDF)”. 日本クラブユースサッカー連盟 (2010年8月22日). 2014年1月31日閲覧。
  4. ^ 広島MF川辺駿(1年、広島ユース)_主役候補が見せた絶大な存在感”. ゲキサカ (2011年10月5日). 2014年1月31日閲覧。
  5. ^ a b ユースの川辺・宮原とプロ契約”. 中国新聞 (2013年3月26日). 2014年1月31日閲覧。

参考資料[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]