小松塁

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小松 塁 Football pictogram.svg
名前
愛称 ルイ
カタカナ コマツ ルイ
ラテン文字 KOMATSU Rui
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1983年8月29日(30歳)
出身地 高知県安芸市
身長 191cm
体重 79kg
選手情報
在籍チーム V・ファーレン長崎
ポジション FW
背番号 40
利き足 右足
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

小松 塁(こまつ るい、1983年8月29日 - )は、高知県出身のプロサッカー選手Jリーグ ディビジョン2(J2)・V・ファーレン長崎所属。ポジションはフォワード(センターフォワード)。

経歴[編集]

関西学院大学時代の2005年ユニバーシアード日本代表に選ばれ、優勝に貢献。

2006年に前年特別指定選手として登録されていたセレッソ大阪に入団したが、シーズン途中の10月に全国地域リーグ決勝大会突破とJFL昇格を目指していた当時Kyuリーグ所属のV・ファーレン長崎期限付き移籍する。全国地域リーグ決勝大会では小松と同様に期限付き移籍で加入した林祐征とツインタワーを組んでいた。

2007年はセレッソに復帰し、当初は出場機会に恵まれなかったものの、シーズン途中から監督に就任したレヴィー・クルピがFWとしての総合的な能力の高さに着目してレギュラーに抜擢、スタメンに定着。古橋達弥と2トップを組んで、古橋の変幻自在な動きをカモフラージュするかのような動きを見せて、2人で合計30得点(古橋:18得点、小松:12得点)を挙げた。12得点はチーム2位の数字である。

2008年も当初は出場機会に恵まれなかったが、第8節のロアッソ熊本戦でスタメンに復帰すると、第9節の横浜FC戦から5試合連続でゴールを挙げるなど、スタメン起用に応えて成果を挙げている。2008年シーズンでは、古橋の負傷もあり、小松が1トップとなり、左に香川真司、右に柿谷曜一朗ないしは白谷建人、後半以降は乾貴士がシャドープレーヤーとなるフォーメーションを組むことが多かった。時として、森島康仁カイオとツインタワーを組むこともあった。しかし10月のフォーメーション変更後は、カイオにポジションを奪われ、再び控え暮らしが続くようになった。それでも、香川と並んで、チームトップタイの16得点を稼いだ。

2009年も前年末同様の1トップ2シャドーが基本フォーメーションであった。この為、香川・乾の2シャドーを活かすことに徹するカイオと異なり、自ら得点を狙おうとする意識が仇となり、カイオとのスタメン争いで苦戦することとなった。

2012年川崎フロンターレに移籍。リーグ開幕戦から数試合でスタメン起用されるも結果を残すことができず、監督が相馬直樹から風間八宏に交代した後は殆ど出場機会を与えられなかった。

2013年大分トリニータに移籍[1]7月22日、長崎へ2度目の期限付き移籍[2]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2005 C大阪 32 J1 0 0 0 0 - 0 0
2006 15 1 0 0 0 - 1 0
長崎 38 九州 0 0 - - 0 0
2007 C大阪 15 J2 32 12 - 2 0 34 12
2008 32 16 - 1 0 33 16
2009 35 6 - 1 0 36 6
2010 J1 23 2 5 2 1 0 29 4
2011 23 5 1 0 3 1 27 6
2012 川崎 17 12 0 2 0 1 0 15 0
2013 大分 9 5 1 2 0 - 7 1
長崎 34 J2 12 4 - 1 0 13 4
2014 40 -
通算 日本 J1 64 8 10 2 5 1 79 11
日本 J2 111 38 - 5 0 116 38
日本 九州 0 0 - - 0 0
総通算 175 46 10 2 10 1 195 49

※2005年は特別指定選手登録

国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2011 C大阪 15 6 1
通算 AFC 6 1

代表歴[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]