松代直樹

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松代直樹
名前
愛称 マツヨ
カタカナ マツヨ ナオキ
ラテン文字 MATSUYO Naoki
基本情報
国籍 日本
生年月日 1974年4月9日(35歳)
出身地 奈良県奈良市
身長 181cm
体重 73kg
血液型 O型
選手情報
在籍チーム ガンバ大阪
ポジション GK
背番号 1
利き足 右足
Template(ノート 解説)サッカー選手pj

松代直樹(まつよ なおき、1974年4月9日 - )は、奈良県出身のJリーグガンバ大阪所属のサッカー選手ゴールキーパー)。

目次

[編集] プレースタイル

「GKを始めたのが高校に入ってから」という異色の経歴の持ち主。そのためか、スーパーセーブを見せたかと思うと、凡ミスを見せる。調子にムラがあることが難点。とはいえ、シュートへの反応、状況判断の早さに特筆すべきモノがある。

[編集] 来歴

1997年天理大学からガンバ大阪に加入。入団から数年は岡中勇人都築龍太といった優秀なゴールキーパーたちの後塵を拝し、控えに甘んじる。

2002年のシーズン中盤頃から正ゴールキーパーの座を掴む。 2005年8月、ナビスコカップ準々決勝第1戦(vsセレッソ大阪)で左手舟状骨骨折の怪我を負い、ポジションを失う。 以降は藤ヶ谷陽介と激しいポジション争いを演じている。

[編集] 人物・エピソード

  • 大学に進学したら、GK以外のポジションをやりたいと思っていた。
  • 2003年11月15日、万博でのJリーグ2ndステージ第13節(vsFC東京)で神懸り的なセーブを連発し、19本のシュートを1本も入れさせることなく、1-0で勝利。相手のFC東京・原博実監督をして「今日は松代にやられた」と言わしめた。この試合は、ガンバサポーターの間で伝説となっている。
  • 代理人は、糀正勝氏。2006年シーズン終了後、ヴァンフォーレ甲府からオファーを受けたがガンバ大阪に残留した。
  • 数少ないベテランの生え抜き選手として、2008年にはチームキャプテン(主将)を任される。

[編集] 所属クラブ

ユース経歴

ライセンス井本貴史が後輩にいる

プロ経歴

[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
1996 天理大 - - - 1 0 1 0
1997 G大阪 21 J 0 0 0 0 0 0 0 0
1998 G大阪 22 J 0 0 0 0 0 0 0 0
1999 G大阪 22 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2000 G大阪 22 J1 3 0 1 0 0 0 4 0
2001 G大阪 22 J1 1 0 0 0 0 0 1 0
2002 G大阪 1 J1 18 0 5 0 2 0 25 0
2003 G大阪 1 J1 30 0 4 0 2 0 36 0
2004 G大阪 1 J1 29 0 7 0 3 0 39 0
2005 G大阪 1 J1 14 0 4 0 1 0 19 0
2006 G大阪 1 J1 8 0 0 0 5 0 13 0
2007 G大阪 1 J1 6 0 4 0 0 0 10 0
2008 G大阪 1 J1 9 0 0 0 0 0 9 0
2009 G大阪 1 J1
通算 日本 J1 118 0 25 0 13 0 156 0
日本 - - 1 0 1 0
総通算 118 0 25 0 14 0 157 0
国際大会個人成績 FIFA
年度 クラブ 背番号 出場 得点 出場 得点
AFC ACL クラブW杯
2006 G大阪 1 1 0 -
2008 G大阪 1 3 0 0 0
2009 G大阪 1 5 0 -
通算 AFC 9 0 0 0

[編集] 経歴


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