森下俊
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| 森下 俊 | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 愛称 | シュン | |
| カタカナ | モリシタ シュン | |
| ラテン文字 | MORISHITA Shun | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1986年5月11日(23歳) | |
| 出身地 | 三重県伊勢市 | |
| 身長 | 178cm | |
| 体重 | 70kg | |
| 血液型 | O型 | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | 京都サンガF.C. | |
| ポジション | DF | |
| 背番号 | 19 | |
| 利き足 | 左足 | |
| クラブチーム1 | ||
| 年 | クラブ | App (G) |
| 2005-2008 2009- |
ジュビロ磐田 京都サンガF.C. |
4 (0) |
| 1. 国内リーグ戦に限る。2007年12月1日現在。 ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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森下 俊(もりした しゅん、1986年5月11日 - )は、三重県出身の京都サンガF.C.所属のサッカー選手である。ポジションはDF。ジュビロ磐田ユース出身。
目次 |
[編集] プレースタイル
高精度のフィード力を持つ左利きのセンターバック。磐田元監督の山本昌邦は「左足のキックの精度を備えた数少ないディフェンダー」と評価している。
点に絡む様な最終ラインからのロングフィード、効果的なサイドチェンジのパスにも自信を持ち、またサイドバックとしてプレーする能力も持つ。このあたりが重宝され、ユース代表を率いた大熊清からは磐田ユース時代に何度か招集されている。
[編集] 来歴
磐田ユースでは3バックの中央として不動のレギュラーであった。
昇格した2005年はシーズン序盤から怪我人が続出したため、早い時期から最終ラインのメンバーに抜擢され、3月のアジアチャンピオンズリーグでベンチ入り。5月の深圳戦で初出場を飾り1対1の強さと巧さを発揮して敵のFWを封じた。またナビスコカップやリーグ戦最終戦でのヴィッセル神戸戦ではスタメンでも出場している。
2006年はチームが急遽4バックに変更。彼は左サイドバックとして先発出場の機会を得たが、急造のフォーメーションだったためか精彩を欠き、その後は出場機会を失っている。
2009年から京都サンガF.C.へ完全移籍した。
[編集] 所属クラブ
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2005 | 磐田 | 25 | J1 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 |
| 2006 | 磐田 | 13 | J1 | 2 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 |
| 2007 | 磐田 | 13 | J1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 2008 | 磐田 | 13 | J1 | 1 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 3 | 0 |
| 2009 | 京都 | 19 | J1 | ||||||||
| 通算 | 日本 | J1 | 4 | 0 | 4 | 0 | 1 | 0 | 9 | 0 | |
| 総通算 | 4 | 0 | 4 | 0 | 1 | 0 | 9 | 0 | |||
| 国際大会個人成績 | ||||
|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | 出場 | 得点 |
| AFC | ACL | |||
| 2005 | 磐田 | 25 | 1 | 0 |
| 通算 | AFC | 1 | 0 | |
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