日本女子サッカーリーグ

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日本女子サッカーリーグ
今シーズン・大会:
2012 日本女子サッカーリーグ
分類 女子サッカー
開始年 1989年
主催 日本サッカー協会
参加チーム 22(なでしこ<1部>:10、チャレンジ<2部>:12)
加盟国 日本の旗 日本
前回優勝チーム なでしこ: INAC神戸レオネッサ
チャレンジEAST:常盤木学園高等学校
チャレンジWEST:FC高梁吉備国際大学
公式サイト 日本女子サッカーリーグ
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日本女子サッカーリーグ(にほんじょしサッカーリーグ)は、女子サッカーのトップリーグである。

1部リーグの愛称はなでしこリーグ、2部リーグの愛称はチャレンジリーグである。

目次

[編集] 概要

加盟チームはJリーグ傘下のクラブチーム・実業団チーム・市民クラブ(NPO法人・株式会社等)・学校法人等様々な形態をとっている。

選手は、1部リーグのなでしこリーグは社会人・大学生が主体だが、2部リーグのチャレンジリーグのチームの中には中学生・高校生が中心のチームもある。その構成はチームによりばらついている。また男子のトップリーグ(Jリーグ)が、ほぼプロ選手で構成されているのに対し、日本女子サッカーリーグは選手の多くがアマチュアである。

ちなみにリーグの呼称は第6回大会の前期まで略称「JLSL」、同大会後期から「2005年シーズン」までは略称「L・リーグ」が使用された。Lリーグと書かれることがあるが、正しくは「L・リーグ」(英文表記はL.LEAGUE)である。

2004年の途中からは愛称「なでしこリーグ」が制定されてL・リーグと併用[1]となったが、2006年から協賛スポンサーが付いたことなどにより「なでしこリーグ」が主に使われるようになった。L・リーグの名称は、規約上は残っているため、文書などでは見られることもある。

2010年、なでしこリーグ改革により1部リーグを10チームからなる「なでしこリーグ」、残りのチームは新規参入チームとともに「チャレンジリーグ」に再編された。

[編集] 歴史

[編集] JLSLの誕生

1960年代から70年代にかけて日本ではサッカー競技を行う女性が少しずつ見られはじめ、やがて全国各地でチームが結成されるようになると、地域ごとの小規模なリーグによる試合が展開された。

それにより1980年から全日本女子サッカー選手権大会が開催されるようになった。

1990年に行われた第11回アジア競技大会で女子サッカーが正式種目になることから「女子にも全国リーグを」との機運が高まったため、1989年に全国の女子サッカーの強豪6チームにより「日本女子サッカーリーグ」が誕生。当時の男子サッカー全国リーグの「日本サッカーリーグ」の略称「JSL」に倣って「JLSL」という略称もつけられた。

1991年の第3回大会からJLSLは10チームに拡大。つづく第4回(1992年)には下部リーグ「JLSLチャレンジリーグ」も設けられ、JLSLの最下位チームと入れ替え戦を行うようになった。

[編集] 「L・リーグ」

1994年には、前年にプロ化した男子リーグが「Jリーグ」という略称を制定して人気を博したことなどにより、9月8日に略称「L・リーグ」を発表。後期日程の始まる10月から使用された。つづいて9月28日にはL・リーグ公式テーマソング「WE ARE THE WINNERS」が発表され、翌年には各チームのイメージソングも続々と作られた。

このころにはほとんどのチームが専用のグラウンドを持ち、クラブハウスを持つチームも誕生。プロ契約選手も登場し、世界中からも多くの外国人選手の集まる「世界最高の女子リーグ」と呼ばれていた。

[編集] リーグ消滅の危機

アトランタオリンピック1996年)で日本女子代表が3戦全敗したことが影響し、観客が激減。さらにシドニーオリンピックへの出場権を逃したことや、バブル経済の崩壊から企業をバックにもつチームの相次ぐ解散や地域クラブ化、またプロ契約選手や外国人選手が次々とに契約解除にあうなどがおこる。

1998年のシーズン中にフジタサッカークラブ・マーキュリー日興證券ドリームレディースが続けて廃部を発表。リーグ終了後の理事会では翌シーズンから各チームに求めていた運営分担金を3分の1に減らし外国人選手を登録しないことなどを決め、規模を縮小して8チームで行うことを決めたが、1999年1月の全日本女子サッカー選手権大会終了後には鈴与清水FCラブリーレディースシロキFCセレーナが相次いで脱退を表明。リーグ衰退の危機に直面することになった。

そのため1999年からはチャレンジマッチ(←チャレンジリーグ)を廃止し、浦和レイナスFCの新規参入と、試験的にではあるが大学リーグから日本体育大学女子サッカー部を受け入れを行いチーム数を揃えることとした。しかしその年のシーズン後、日本体育大学女子サッカー部は有力選手が卒業するなど毎年平均した戦力が整わない事によるレベルの違いなどを理由にわずか1年で撤退し、またOKI FC Windsの解散、プリマハム松下電器のチームスポンサーから撤退によるクラブチーム化(伊賀フットボールクラブくノ一スペランツァF.C.高槻)、そしてメインスポンサー(旭国際開発)撤退による宝塚バニーズレディースサッカークラブの市民チーム化があり、企業の撤退によるチーム基盤の弱体化からリーグ全体のレベル低下を招くこととなった。

[編集] リーグ再興への模索

2000年からL・リーグは、経費節減などを目的に東西の地域別に分けた「一次リーグ」と、その成績により上位リーグと下位リーグに分けた「決勝リーグ」を行い、試合観戦を無料とした。これは有料開催にすると会場により基本料金が無料開催の2ないし5倍と大幅に上がる上、その収益に応じて会場使用料をさらに追加することになるため、たとえ1000円という比較的安価な入場料ではあっても徴収するとかえって経費が掛かるということを鑑みた。

しかし「サッカーをすること」そして「日本女子代表になること」を目的とする選手を中心に構成された従来から所属の「セミプロクラブ」や「実業団チーム」と、「サッカーを楽しむ」ことを目的とする「市民クラブチーム」との対戦とが一次リーグでは生じ、レベルや意識の違いから対戦の際にさまざまな弊害が指摘された。また経費節減を優先するあまり、2003年度まではJリーグ東京ヴェルディ1969の練習場である稲城市ヴェルディグラウンドなど、スタンドや得点表示のない会場での試合がいくつか見られた。

だが2003年に行われた第4回女子ワールドカップにより女子サッカーに対する関心が再び高まり、10月23日にはJリーグ・東京ヴェルディ1969対清水エスパルスの後座試合として、日テレ・ベレーザ対宝塚バニーズの試合がL・リーグとしては初めての国立霞ヶ丘陸上競技場において開催されるなど、少しずつ人気回復への策が取られるようになっていった。

[編集] 二部制の導入と「なでしこ」人気

2004年からは上位と下位の各8チームずつの二部制に移行。L1の最下位とL2の1位チームが自動入れ替えとなった。ただしL2リーグについては2004年は6チーム、2005年は7チームの参加だった。

6月に開幕したこのシーズンは日本サッカー協会の掲げる「キャプテンズ・ミッション」に「女子サッカーの活性化」が盛り込まれたことなどにより、すべてスタンドのある会場で実施された。経費節減の関係から電光掲示板を使用しなかったり選手名の表示がなかったりではあったが、4月に行われたアテネオリンピック・アジア予選により女子サッカーに注目が集まったこともあって、以前に比べて多くの観客が訪れるようになった。とくにオリンピック中断前では最後の試合となる7月25日の日テレ・ベレーザTASAKIペルーレFC戦(稲城中央公園総合グラウンド)では女子サッカーでは異例の2500人もの観客を集めた。

オリンピック本戦では「なでしこジャパン」という愛称を与えられたサッカー日本女子代表がベスト8の成績を収めて女子サッカーへの注目が集まったため、9月には新たに「なでしこリーグ」という愛称が採用された。これは、これからの世界規模の大会でのなでしこジャパンの躍進をL・リーグから作ろうという趣旨が込められ、これはまた「なでしこ」を日本女子サッカーのブランドとすることによりリーグへの注目を高めるという狙いもあるといわれている。

この年のリーグ戦はさいたまレイナスFCが初優勝を飾った。

2005年兵庫県神戸市を本拠地とするINACレオネッサが4月からL2に加盟。L1・L2ともに3回戦での総当たり(リーグ)戦を行った。リーグ開幕の直前には男子の富士ゼロックス・スーパーカップに相当するなでしこスーパーカップが新設され、L・リーグチャンピオンが全日本女子サッカー選手権大会の優勝チームと対戦。日テレ・ベレーザ浦和レッズレディースを敗って初代女王となった。

また6月26日には日テレ・ベレーザ対浦和レッズレディース戦(ひたちなか市総合運動公園陸上競技場)が試験的に「有料試合」(小学生以上・前売り700円、当日800円)で行われ観客1095人が訪れた。

[編集] 「mocなでしこリーグ」

2006年、日本女子サッカーリーグはブライダル産業やレストランなどを展開するモック(moc)を協賛スポンサーに迎え、「mocなでしこリーグ」としてスタートすることになった。

また福岡県春日市を本拠地とする福岡女学院フットボールクラブのトップチームが福岡J・アンクラスとしてディビジョン2に加盟し、宝塚バニーズは本拠地を京都府に移して「バニーズ京都サッカークラブ」となった。

ディビジョン1の優勝チームにはモック(moc)のグループ会社であるアイプリモから1億円のティアラが贈呈されることとなり、なでしこリーグオールスターで初披露ののち、公募により「アイプリモ なでしこクイーンズ ティアラ」と名づけられ、日テレ・ベレーザが初代授与チームとなった。

2007年は序盤にTASAKIペルーレFCが無敗で独走しかけたが、後半にベレーザの追い上げにあい、勝ち点8差を逆転されてベレーザが3連覇を達成した。

[編集] 「plenusなでしこリーグ」

2008年開幕前にモック(moc)のリーグスポンサー撤退が発表された。3年契約の予定を、スポンサーの都合により2年で撤退したことから「なでしこスーパーカップ」が中止になる等、一時的に「メインスポンサー無し」による影響がでたが、開幕直前に株式会社プレナス(plenus)と3年間のトップ・パートナー契約を結び、リーグ名称を「plenusなでしこリーグ」とすることになり、オールスターも開催が決定した。

また、鹿児島県鹿児島市を本拠地とする鹿児島鴨池フットボールクラブアサヒナがディビジョン2に準加盟し、全17チームで運営されることになった。

2009年はTASAKIペルーレFCの休部による退会とジュ ブリーレ 鹿児島(鹿児島鴨池フットボールクラブアサヒナ改め)の正式加盟により全16チームで運営されることになった。

浦和レッドダイヤモンズ・レディースが日テレ・ベレーザに勝ち点11の差をつけて移管後では初、さいたまレイナスFC時代を含めると2回目の優勝を遂げた。

リーグ戦終了後に行われた入れ替え戦で福岡J・アンクラスがスペランツァF.C.高槻を破り、2010年から再編される新たな「なでしこリーグ」に参加する10チームが決定した。

[編集] 「プレナス なでしこリーグ」・「プレナス チャレンジリーグ」

2010年、10チームからなる全国リーグの「プレナス なでしこリーグ」(1部リーグ)、東西各6チームからなる東日本・西日本地域の「プレナス チャレンジリーグ EAST/WEST」(2部リーグ)にリーグ再編された。またこれまで2部リーグは全ての参加チームの中で上位に入ったチームに1部の下位との入れ替え戦出場権を与えたが、2010年度からJリーグの方式に倣って「なでしこリーグ準加盟制度」を開始。なでしこリーグ(1部)昇格の権利はチャレンジリーグ(2部)所属の準加盟チーム限定となった。

また、2009年より大韓民国において女子サッカーリーグ「WKリーグ」が発足されたのに伴い、日韓リーグ優勝クラブによる対抗戦「日韓女子リーグチャンピオンシップ」が創設された。

[編集] 2011年の女子サッカーブーム

サッカー日本女子代表2011 FIFA女子ワールドカップで優勝を果たすと、代表メンバーが連日テレビに出演するなどの空前の女子サッカーブームとなった。この影響はなでしこリーグにも影響を及ぼし、1万人を超える多くの観客が詰め掛けた試合も続出するなど、空前のブームが起こった。

W杯後、三井住友カードトヨタ自動車がオフィシャルスポンサーになった。このうちトヨタは全国の営業所の協力を得る[2]

[編集] 2012年の参加チーム

[編集] プレナス なでしこリーグ2012(日本女子サッカーリーグ1部リーグ)

[編集] プレナス チャレンジリーグ2012(日本女子サッカーリーグ2部リーグ)


[編集] なでしこリーグに昇格するには

(2012年度の場合。2011年までの過去のルールは各年度リーグ戦の概要を読まれたい)

2009年度まではディビジョン2(L2)に属する全チームの中で1位になったチームと、ディビジョン1(L1)の最下位チームが自動入れ替え、さらにディビジョン2の2位とディビジョン1の最下位より1つ上の順位のチームが入れ替え戦を行っていたが、2010年度からチャレンジリーグからなでしこリーグへの昇格基準を変更し、チャレンジリーグに加盟した上で、かつ「なでしこリーグ準加盟」[3]申請を承認されたクラブが昇格資格を持つ。準加盟は地域リーグ所属チームも申請可で、現状では北海道、長野、清水第八、高槻、京都、鹿児島が該当する(ほかに静産大磐田とアギラス神戸が準加盟申請をし、審査待ちである)。

その中で、チャレンジリーグの成績で2位までに入った場合、1位に入った場合は自動的になでしこリーグの最下位(10位)チームと入れ替わり、2位の場合はなでしこリーグ9位のチームとの入れ替え戦を行ってなでしこリーグ昇格を目指す。なお昇格条件の成績で準加盟が1チームだけであった場合の対応は未定。2チームとも準加盟でない場合は自動入れ替え・入れ替え戦は一切行わない。

[編集] チャレンジリーグに昇格するには

なでしこリーグに新規参加を希望する地方のクラブを対象に、主催者が厳正な審査を行い、なでしこリーグへの参加相当と認められた場合、「チャレンジリーグ入れ替え戦」に出場する。ただし希望するチームが多かった場合、入れ替え戦に出場できるのは2チームまでなので、「入れ替え戦出場決定戦」を行い、そこで上位2位までに入ることが条件となる。

入れ替え戦では、チャレンジリーグの各地区最下位チームと入れ替え戦出場(または「出場決定戦」の成績上位)の2チームが対戦し、2試合の得点成績の合計でチャレンジリーグ参入を目指す。

[編集] 過去の参加チーム

[編集] 地域リーグへ降格

なでしこリーグ準加盟だが、2010年チャレンジリーグ・ウェスト6位(最下位)。その後のチャレンジリーグ入れ替え戦で敗れたため、九州女子サッカーリーグDiv.1降格
なでしこリーグ準加盟だが、2010年チャレンジリーグ・イーストディビジョン6位(最下位)。その後のチャレンジリーグ入れ替え戦で敗れたため、東海女子社会人リーグ降格
なでしこリーグ準加盟だが、2011年チャレンジリーグ・イーストディビジョン6位(最下位)。その後のチャレンジリーグ入れ替え戦で敗れたため、北海道女子社会人リーグ降格
なでしこリーグ準加盟申請中だが、2011年チャレンジリーグ・ウエストディビジョン6位(最下位)。チーム事情によりチャレンジリーグ入れ替え戦に参加せず、関西女子社会人リーグ降格が決定。

[編集] 解散・活動縮小など

福島第一原発事故のため、2011年をもって休部が決定した。所属選手はJリーグ・ベガルタ仙台が受け入れを表明しており[4]ベガルタ仙台レディースがこれらの選手を中心に発足した。

[編集] 歴代リーグ戦結果

年度 優勝チーム
1989 清水FCレディース
1990 読売サッカークラブ女子・ベレーザ
1991 読売サッカークラブ女子・ベレーザ
1992 読売日本サッカークラブ女子ベレーザ
年度 年間優勝 前期優勝 後期優勝
1993 読売日本サッカークラブ女子ベレーザ 鈴与清水FCラブリーレディース 読売日本サッカークラブ女子ベレーザ
1994 松下電器LSCバンビーナ 読売西友ベレーザ 松下電器LSCバンビーナ
1995 プリマハムFCくノ一 プリマハムFCくノ一 プリマハムFCくノ一
1996 日興證券ドリームレディース 日興證券ドリームレディース 日興證券ドリームレディース
1997 日興證券ドリームレディース 読売西友ベレーザ 日興證券ドリームレディース
1998 日興證券ドリームレディース 日興證券ドリームレディース 日興證券ドリームレディース
1999 プリマハムFCくノ一 プリマハムFCくノ一 NTVベレーザ
年度 年間優勝 東日本リーグ1位 西日本リーグ1位
2000 日テレ・ベレーザ 日テレ・ベレーザ 田崎ペルーレFC
2001 日テレ・ベレーザ 日テレ・ベレーザ 田崎ペルーレFC
2002 日テレ・ベレーザ 日テレ・ベレーザ 田崎ペルーレFC
2003 田崎ペルーレFC YKK東北女子サッカー部フラッパーズ 田崎ペルーレFC
年度 L1優勝チーム L2優勝チーム
2004 さいたまレイナスFC 岡山湯郷Belle
2005 日テレ・ベレーザ INACレオネッサ
年度 ディビジョン1優勝 ディビジョン2優勝
2006 日テレ・ベレーザ アルビレックス新潟レディース
2007 日テレ・ベレーザ 東京電力女子サッカー部マリーゼ
2008 日テレ・ベレーザ ジェフユナイテッド市原・千葉レディース
2009 浦和レッズ・レディース ASエルフェン狭山FC
年度 なでしこリーグ優勝 チャレンジリーグEAST優勝[5] チャレンジリーグWEST優勝[5]
2010 日テレ・ベレーザ 常盤木学園高等学校 スペランツァF.C.高槻
2011 INAC神戸レオネッサ 常盤木学園高等学校 FC高梁吉備国際大学

[編集] 優勝回数

チーム名 回数 優勝年度
日テレ・ベレーザ 12 1990,1991,1992,1993,2000,2001,2002,2005,2006,2007,2008,2010
日興證券ドリームレディース 3 1996,1997,1998
伊賀FCくノ一 2 1995,1999
浦和レッズ・レディース 2 2004,2009
鈴与清水FCラブリーレディース 1 1989
スペランツァFC大阪高槻 1 1994
TASAKIペルーレFC 1 2003
INAC神戸レオネッサ 1 2011
  • 前後期制は年間成績、2部制は1部リーグを対象に集計
  • 現存するチームの名称は、現在のチーム名で統一
  • 撤退したチームの名称は、撤退時のチーム名で統一

[編集] 歴代試合方式

名称
(年)
チーム 試合方式
第1回
(1989-90年)
6 6チームの2回総当り。80分(40分ハーフ)の成績のみで勝ったチームに勝ち点2、引き分けは1点、負け0点。
勝ち点が同じ場合は得失点差(当時の呼び名は「ゴールディファレンス」)→総得点(いずれも多い方)→総失点(少ない方)→直接対決の成績→順位決定戦(必要と認めた場合のみ。行わない時は抽選)の順(以下同じ)で決定。
第2回
(1990-91年)
総当り回数が3回に変更された以外は第1回と同じ。
第3回
(1991-92年)
10 4チーム増加して10チームによる2回戦総当りに。外国籍選手について「登録4名、ベンチ入り3名」と規定。そのほかは1回と同じ。
第4回
(1992年)
シーズン後半にはL・リーグに参加を希望するチームを対象とした「JLSLチャレンジリーグ」が開催され、同大会の優勝チームとL・リーグの年間最下位のチームがホーム・アンド・アウェーの2回制(成績はまず2試合の総得点を優先)による入れ替え戦を行った。
第5回
(1993-94年)
Jリーグと同じようにVゴール延長方式PK戦の完全決着方式を実施。
また、年間2回総当りを1回ずつ前・後期に区切って開催し、それぞれのステージの1位チームが年度優勝をかけて1試合による決勝戦(チャンピオンシップ)を行った。(同一チーム優勝の場合はそのチームが年度優勝となり決定戦を行わない)3位以下の順位は勝ち星数を最優先とし、同数の場合は80分(第7回からは90分)の勝ち星の多いチームが上位に。以下、得失点差など上記レギュレーションにより決定した。
通常の試合時間は第6回(1994年)までは80分だったが、第7回(1995年)から男子と同様の90分(45分ハーフ)に変更された。
JLSLチャレンジリーグ」との入れ替え戦も引き続き制定されたが、JLSL(L・リーグ)所属チームの脱退により実施されない年もあった。
第6回
(1994年)
第7回
(1995年)
第8回
(1996年)
第9回
(1997年)
第10回
(1998年)
第11回
(1999年)
8 年間2回総当りを1回ずつ前・後期に区切って開催し、各ステージ1位チーム同士で1試合による決勝戦を行った。
Vゴール延長戦が廃止され、90分制、勝ち点制(勝ち3、引き分け1、負け0)が復活。勝ち点が同じ場合のレギュレーションは上記に同じ。
第12回
(2000年)
9
(東4/西5)
前期は東西2ブロックによる2回総当り(参加チーム数は各年度により異なる)の地域リーグを行い、その成績により上位2チームずつの4チームが後期・上位リーグ(2回総当り)へ、それ以外は後期・下位リーグ(1回総当り)に回る。
勝ち点、順位の決定方法は第11回大会に同じ。
第13回
(2001年)
10
(東5/西5)
第14回
(2002年)
11
(東6/西5)
第15回
(2003年)
13
(東7/西6)
前期は第11〜14回と同じく東西2ブロックによる2回総当りの地域リーグ戦を行い、各ブロック上位2チームずつが後期・上位リーグ(2回総当り)に進出するとともに、2004年度の第16回大会でのL1リーグ(1部)参入が自動的に決定する。
それ以外のチームは後期・下位リーグ(1回総当り)に回り、5位以下は自動的にL2リーグ(2部)参入。上位4チームで更に1回総当りによる「2004 L1参入チーム決定戦」を行い、上位2チームがL1リーグ、下位2チームがL2リーグへそれぞれ回る。
2004
(第16回)
(2004年)
L1:8
L2:6
完全1・2部制を実施し、L1リーグは8チーム2回総当り、L2リーグは6チーム3回総当りの成績(勝ち点などのレギュレーションは第11〜15回に同じ)で順位を決定し、L1の8位とL2の1位チームが翌年度自動入れ替えとなる。
2005
(第17回)
(2005年)
L1:8
L2:7
L1は8チーム、L2は7チームのいずれも3回総当り(勝ち点等のレギュレーション、入れ替え方式は前回と同じ)とする。
2006
(第18回)
(2006年)
D1:8
D2:8
ディビジョン1(L1改め)は2回戦総当りのリーグ戦(レギュラーリーグ)を行い、上位4チームによる上位リーグと残り4チームによる下位リーグでそれぞれプレーオフ(1回戦総当り)を行う。
ディビジョン2(L2改め)は1チーム増の8チームによる3回戦総当りのリーグ戦。
ディビジョン1の最下位とディビジョン2の1位チームは自動入れ替え。
ディビジョン1の7位とディビジョン2の2位で入れ替え戦を実施する。
2007
(第19回)
(2007年)
ディビジョン1、ディビジョン2とも8チームによる3回戦総当りとする。
入れ替え方式は前回と同じ。
2008
(第20回)
(2008年)
D1:8
D2:9
ディビジョン1は8チームによる3回戦総当りとする。
ディビジョン2は9チーム(うち1チームは準加盟)による2回戦総当りを行なう。
入れ替え方式は当初、前回と同じ予定だったが、当シーズン限りで1チームの退会が決まったため、ディビジョン1最下位チーム(退会チームを除く)が自動降格からディビジョン2の2位との入れ替え戦実施に変更。ディビジョン2の1位は自動昇格。
2009
(第21回)
(2009年)
D1:8
D2:8
ディビジョン1、ディビジョン2とも8チームによる3回戦総当りとする。
ディビジョン1の最下位とディビジョン2の3位チームで入れ替え戦を実施する。
ディビジョン2の1位と2位は自動昇格。
2010
(第22回)
なでしこ:10
チャレンジ:12
(東:6/西:6)
(なでしこリーグ)10チームの2回総当たり
(チャレンジリーグ)東西それぞれ6チームずつで3回総当たり
(入れ替え戦)なでしこリーグの10位チームとチャレンジリーグの入れ替え戦出場チーム決定戦1位チームが進出(2試合制ホーム・アンド・アウェー)
※チャレンジリーグからなでしこリーグに昇格できる権利があるのは「なでしこリーグ準加盟チーム」のみで、チャレンジリーグの各地区準加盟チームの成績上位2チームずつの4チームによる1回総当たりでの「入れ替え戦出場チーム決定戦」で優勝することが必要(ただし、その地区の準加盟チームが2チーム以下であっても、最下位となった場合はなでしこリーグ入れ替え戦の出場資格を失い、チャレンジリーグ入れ替え戦に回る)。
2011
(第23回)
なでしこ:9
チャレンジ:12
(東:6/西:6)
基本は2010年に同じだが、なでしこリーグ・東京電力マリーゼが震災と原発事故の影響で参加辞退となったため、本年度は9チームで実施
入れ替え戦の仕組みが一部変更され、チャレンジリーグからなでしこリーグに昇格できる権利は「準加盟」のみであることは従来どおりであるが、チャレンジリーグのそれぞれの地区の上位2位までに入り、なおかつ準加盟の最上位チーム(各地区1チームずつの2チーム)による「入れ替え戦出場チーム決定戦」に勝利することが必要。但しどちらか一方の地区で準加盟が上位2位までに入れない場合はもう一方の地区の準加盟最上位チームが自動的に入れ替え戦進出。両方の地区とも上位2位までに準加盟が入れなかった場合は入れ替えを行わない。
2012
(第24回)
なでしこ:10
チャレンジ:12
なでしこリーグは2010年の方式に同じでチーム数が10チームに戻る。チャレンジリーグはチーム数12は従来に同じであるが、これまでの東西2つのグループ戦による形式をやめて1リーグ制とし、12チームによる2回総当りとする。[6]また、2013年度からチャレンジリーグのチーム数を16に増やすことになった。(その選出方法などは未定)[7]
  • 2003年までの名称は「第○回」で、2004年からは西暦での表記に変更されている。ただしクラブが作成のポスターなどに回数での表記が見られることがある。

[編集] 表彰

[編集] 最優秀選手賞

年度 選手名 当時所属クラブ ポジション 国籍
1989 半田悦子 清水FCレディース FW 日本の旗 日本
1990 野田朱美 読売ベレーザ MF 日本の旗 日本
1991 手塚貴子 読売ベレーザ FW 日本の旗 日本
1992 高倉麻子 読売ベレーザ MF 日本の旗 日本
1993 高倉麻子 読売ベレーザ MF 日本の旗 日本
1994 埴田真紀 松下電器LSCバンビーナ DF 日本の旗 日本
1995 シャーメイン・フーパー プリマハムFCくノ一 FW カナダの旗 カナダ
1996 リンダ・メダレン 日興證券ドリームレディース FW ノルウェーの旗 ノルウェー
1997 山木里恵 日興證券ドリームレディース DF 日本の旗 日本
1998 アグネッテ・カールセン 日興證券ドリームレディース MF ノルウェーの旗 ノルウェー
1999 井坂美都 プリマハムFCくノ一 FW 日本の旗 日本
2000 原歩 日テレ・ベレーザ MF 日本の旗 日本
2001 酒井與恵 日テレ・ベレーザ MF 日本の旗 日本
2002 酒井與恵 日テレ・ベレーザ MF 日本の旗 日本
2003 大谷未央 田崎ペルーレFC FW 日本の旗 日本
2004 安藤梢 さいたまレイナス FW 日本の旗 日本
2005 大野忍 日テレ・ベレーザ FW 日本の旗 日本
2006 澤穂希 日テレ・ベレーザ MF 日本の旗 日本
2007 大野忍 日テレ・ベレーザ FW 日本の旗 日本
2008 澤穂希 日テレ・ベレーザ MF 日本の旗 日本
2009 安藤梢 浦和レッズ・レディース FW 日本の旗 日本
2010 大野忍 日テレ・ベレーザ FW 日本の旗 日本
2011 川澄奈穂美 INAC神戸レオネッサ FW 日本の旗 日本

[編集] 得点王

年度 選手名 当時所属クラブ 国籍 得点数
1989 周台英 清水FCレディース 台湾の旗 台湾 12
1990 野田朱美 読売ベレーザ 日本の旗 日本 16
1991 手塚貴子 読売ベレーザ 日本の旗 日本 29
1992 リンダ・メダレン 日興證券ドリームレディース ノルウェーの旗 ノルウェー 17
1993 半田悦子 鈴与清水FCラブリーレディース 日本の旗 日本 14
1994 シャーメイン・フーパー プリマハムFCくノ一 カナダの旗 カナダ 24
1995 シャーメイン・フーパー プリマハムFCくノ一 カナダの旗 カナダ 27
1996 リンダ・メダレン 日興證券ドリームレディース ノルウェーの旗 ノルウェー 29
1997 アンネリ・アンデレン 鈴与清水FCラブリーレディース スウェーデンの旗 スウェーデン 19
1998 泉美幸 鈴与清水FCラブリーレディース 日本の旗 日本 21
1999 井坂美都 プリマハムFCくノ一 日本の旗 日本 21
2000 小林弥生 日テレ・ベレーザ 日本の旗 日本 4
2001 大谷未央 田崎ペルーレFC 日本の旗 日本 5
2002 大谷未央 田崎ペルーレFC 日本の旗 日本 5
2003 大谷未央 田崎ペルーレFC 日本の旗 日本 33
2004 安藤梢 さいたまレイナス 日本の旗 日本 12
2005 大谷未央 TASAKIペルーレFC 日本の旗 日本 25
2006 永里優季 日テレ・ベレーザ 日本の旗 日本 18
2007 大野忍 日テレ・ベレーザ 日本の旗 日本 23
2008 大野忍 日テレ・ベレーザ 日本の旗 日本 20
2009 安藤梢 浦和レッズ・レディース 日本の旗 日本 18
2010 大野忍 日テレ・ベレーザ 日本の旗 日本 13
2011 川澄奈穂美 INAC神戸レオネッサ 日本の旗 日本 12
大野忍
  • 2000年から2002年は上位リーグでの得点数。

[編集] 新人賞

年度 選手名 当時所属クラブ ポジション 国籍
1989 永野伴美 清水FCレディース MF 日本の旗 日本
大竹奈美 読売ベレーザ FW
山木里恵 日産FCレディース DF
泉美幸 新光精工FCクレール FW
1990 小野寺志保 読売ベレーザ GK 日本の旗 日本
1991 大部由美 日興證券ドリームレディース DF 日本の旗 日本
1992 森本佑子 プリマハムFCくノ一 MF 日本の旗 日本
1993 武岡恵美子 日興證券ドリームレディース FW 日本の旗 日本
1994 井坂美都 浦和レディースFC FW 日本の旗 日本
1995 磯﨑浩美 田崎ペルーレFC DF 日本の旗 日本
1996 ナタリー・ニートン 読売西友ベレーザ FW
1997 中地舞 読売西友ベレーザ DF 日本の旗 日本
1998 津波古友美子 鈴与清水FCラブリーレディース DF 日本の旗 日本
1999 相澤舞衣 松下電器パナソニック バンビーナ MF 日本の旗 日本
2000 山本絵美 田崎ペルーレFC MF 日本の旗 日本
2001 稲葉昌美 宝塚バニーズ 日本の旗 日本
2002 安藤梢 さいたまレイナス FW 日本の旗 日本
2003 近賀ゆかり 日テレ・ベレーザ MF 日本の旗 日本
2004 村岡夏希 伊賀フットボールクラブくノ一 FW 日本の旗 日本
2005 丸山桂里奈 TASAKIペルーレFC FW 日本の旗 日本
2006 松田典子 浦和レッズ・レディース FW 日本の旗 日本
2007 矢野喬子 浦和レッズ・レディース DF 日本の旗 日本
2008 岩渕真奈 日テレ・ベレーザ FW 日本の旗 日本
2009 高瀬愛実 INAC神戸レオネッサ FW 日本の旗 日本
2010 藤田のぞみ 浦和レッズ・レディース MF 日本の旗 日本
2011 吉良知夏 浦和レッズ・レディース FW 日本の旗 日本

[編集] イメージソング

略称をL・リーグとした1994年と、「mocなでしこリーグ」となった2006年にイメージソングが作られている。

[編集] L・リーグ

1994年9月28日、L・リーグは公式テーマソング「WE ARE THE WINNERS」を発表した。これは社団法人日本音楽事業者協会の30周年記念行事として行われた「クロスマーケティング・キャンペーン」の一環によるもので、モーリス・ホワイトによるこの曲の日本語版が翌1995年2月下旬に酒井法子らにより発売された。また4月26日には各クラブのイメージソングが発表され、のちに市販されるとともに試合会場でも流された。

L・リーグ公式テーマソング「WE ARE THE WINNERS」

歌手名 曲名 レーベル 発売日
リン・リンゼイ
モーリス・ホワイト (プロデュース)
WE ARE THE WINNERS 日本コロムビア 1995年1月21日
酒井法子 with
L・リーガーズ (※)
OH OH OH~ We are the Winners ビクターエンタテインメント 1995年2月22日
タイガース・メモリアル・
クラブ・バンド
OH OH OH~ We are the Winners ポリスター 1995年2月25日
キッス・イン・ザ・ダーク OH OH OH~ We are the Winners 日本コロムビア 1995年2月21日

※L・リーガーズ:L・リーグ選手がボランティアでコーラス参加 (メンバー)

L・リーグ10チーム・イメージソング

チーム名 歌手名 曲名 レーベル 発売日
読売西友ベレーザ 和田アキ子 約束の夢 ワーナーミュージック・ジャパン 1995年5月25日
TOKYO SHiDAX LSC マルシア AMOR…SAUDADE 日本コロムビア 1995年4月21日
鈴与清水FCラブリーレディース Ah-ya (あや) Trust~今日が始まる~ BMGビクター 1995年5月24日
プリマハムFCくノ一 かとうれいこ Brand-new Days ポニーキャニオン 1995年7月21日
松下電器パナソニック
バンビーナ
佐藤聖子 VOICE フォーライフ・レコード 1995年5月19日
田崎ペルーレFC Mika (みか) BRIGHTEST BLUE バップ 1995年6月1日
日興證券ドリームレディース 早見優 CHANCE~めぐりあいを
宝石にかえて~
東芝EMI 1995年6月7日
フジタサッカークラブ・
マーキュリー
三浦理恵子 Girls, be ambitious! イーストウエスト・ジャパン 1995年6月10日
シロキFCセレーナ 生稲晃子 ファンキー ララバイ イーストウエスト・ジャパン 1995年6月10日
宝塚バニーズ
レディースサッカークラブ
日向薫 Eeyo Eeyo SAMBA! 日本コロムビア 1995年4月21日
郷真由加 パープル・イレブン

[編集] mocなでしこリーグ

2006年5月、mocなでしこリーグの開幕にあわせてイメージソングが発表され、試合会場では試聴版のCDが配布された。

mocなでしこリーグ オフィシャル・サポートソング「It's alright!!」

歌手名 曲名 レーベル 発売日
MARKO It's alright!! HONEY'S MUSIC

[編集] 主催団体およびスポンサー等

[編集] 主催

[編集] トップパートナー(特別協賛)

[編集] オフィシャルスポンサー

いずれも2011年シーズン途中より

[編集] 公式試合球

[編集] 過去のスポンサー

[編集] リーグ戦

  • 株式会社モック(moc) なでしこリーグ (2006 - 2008 2007年) - 当初3年契約で、スポンサーの都合により2年で打ち切られる。

[編集] カップ戦

[編集] 公式試合球

[編集] テレビ放映

[編集] 関連大会

以下の大会は、現在行われていない。

[編集] 脚注・出典

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  1. ^ 【L・リーグ】日本女子サッカーリーグの愛称について
  2. ^ “なでしこにトヨタ あるぞ女子クラブW杯”. (2011年10月15日). http://www.nikkansports.com/soccer/news/p-sc-tp0-20111015-850063.html 2011年10月15日閲覧。 
  3. ^ Jリーグ準加盟制度に倣った仕組み。天然芝グラウンドや一定収容人員のスタンド保有などのリーグが定めた諸条件を満たすか、それに準じるチームが対象
  4. ^ 東京電力女子サッカー部マリーゼ所属選手の受け入れについてベガルタ仙台公式サイトより)
  5. ^ a b 斜め文字のチームは「なでしこリーグ準加盟」ではなかったため、優勝しても入れ替え戦出場はできず。
  6. ^ 日刊スポーツ・2012年1月25日
  7. ^ スポーツニッポン・2012年1月25日

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

[編集] 公式サイト

[編集] サポーターサイト

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