阪口夢穂
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| 名前 | ||||||||||||||
| 愛称 | みずほ、みーちゃん | |||||||||||||
| カタカナ | サカグチ ミズホ | |||||||||||||
| ラテン文字 | SAKAGUCHI Mizuho | |||||||||||||
| 基本情報 | ||||||||||||||
| 国籍 | ||||||||||||||
| 生年月日 | 1987年10月15日(25歳) | |||||||||||||
| 出身地 | 大阪府堺市北区 | |||||||||||||
| 身長 | 165cm | |||||||||||||
| 体重 | 58kg | |||||||||||||
| 選手情報 | ||||||||||||||
| 在籍チーム | ||||||||||||||
| ポジション | MF | |||||||||||||
| 背番号 | 20 | |||||||||||||
| 利き足 | 右足 | |||||||||||||
| ユース | ||||||||||||||
200?-2004 |
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| クラブ1 | ||||||||||||||
| 年 | クラブ | 出場 (得点) | ||||||||||||
| 2003-2004 2006-2008 2009 2010-2011 2012- |
21 (7) 56 (15) 2 (1) 28 (10) 10 (2) |
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| 代表歴2 | ||||||||||||||
| 2006- | 61 (17) | |||||||||||||
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| 1. 国内リーグ戦に限る。2012年11月11日現在。 2. 2012年8月9日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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阪口 夢穂(さかぐち みずほ、1987年10月15日 - )は、大阪府堺市北区出身の女子サッカー選手。大阪府立東百舌鳥高等学校卒[1]。日テレ・ベレーザ所属。ポジションはミッドフィールダー。実兄はchaqqのドラム担当の阪口憂也。
目次 |
来歴 [編集]
堺市立五箇荘東小学校[1]時代に下野池少年サッカースクールでサッカーを始める。サウスフリーウィンドFCを経て、スペランツァFC大阪高槻の下部組織であったラガッツァFC高槻スペランツァに入団。2001年9月には清水ナショナルトレーニングセンター(J-Step)で行われたU-16日本女子ユース選抜候補に招集され、トレーニングキャンプに参加した[2]。 翌2003年にはラガッツァ所属のままトップチームのスペランツァにも登録され、5月11日に行われたL・リーグ開幕戦 (対戦相手: 田崎ペルーレ)に先発出場。第2節の伊賀FCくノ一戦で初ゴールをあげるなど9試合に出場した。また同年度のU-18大阪府選抜に選出されて全日本女子ユース (U-18)サッカー選手権大会に出場した (決勝戦で静岡県選抜に破れ、準優勝の成績で同大会を終えた)。2004年には7月11日の宝塚バニーズレディースサッカークラブ戦でハットトリックを記録した。同年にはU-19代表に選出されて2005年にラガッツァFC高槻の選手およびスタッフがスペランツァから独立し、FC VITORIAを設立した際、阪口もそれに追随する形でスペランツァを離れた。
2005年1月にはU-19日本女子代表候補トレーニングキャンプに招集され、その後はU-18日本女子代表チームの一員として試合に出場。2006年1月には、なでしこジャパン候補トレーニングキャンプメンバーに初招集され、またなでしこリーグ・TASAKIペルーレFCに入団。リーグ戦では加入初年度からレギュラーとして試合に出場した。またなでしこスーパーカップ (対戦相手: 日テレ・ベレーザ) でも後半途中から出場機会を得た。
2006年、AFC女子アジアカップに出場する日本代表メンバーに選出され、7月19日のベトナム戦で、日本代表後半から出場し2得点を挙げた。この試合は代表デビュー戦でもあった。
2008年の北京オリンピックではボランチとして出場し、澤穂希とともに中盤の一角を担った。この大会ではグループリーグ・決勝トーナメントの全試合に先発出場し、日本はベスト4の成績で全日程を終えた。
この年限りで所属クラブのTASAKIペルーレが休部。阪口は2009年、アメリカ合衆国・USL WリーグのFCインディアナへ移籍した[3]。また同年、サッカーアスリートマネージメントを主に手掛けるソル・スポーツマネージメントと契約した。
Wリーグの開幕戦では1得点1アシストとチームの勝利に貢献したが[4]、練習中に左膝の前十字靭帯を断裂してしまい全2試合の出場にとどまった[5]。2010年、アルビレックス新潟レディースの選手として日本復帰することとなった[6]。 2011年7月、2011 FIFA女子ワールドカップではボランチとして全試合スタメン出場した。
2012年、日テレ・ベレーザへ移籍。ロンドンオリンピックでは全試合に出場し準決勝で2点目となるゴールを決めるなど銀メダル獲得に貢献した。
プレースタイル [編集]
クラブでは中盤の攻撃的ポジションを務めることが多いが、代表では佐々木則夫監督の判断でボランチでの起用が多い。[要出典]
稀にチーム事情によりゴールキーパーを務める場合もある。2006年の全日本女子選手権では準決勝・対浦和レッドダイヤモンズ・レディース戦においてPK戦まで試合がもつれ込んだ際に急遽GKを務め、3連続セーブの好守を見せ同試合の勝利に貢献した[7]。2011年のロンドンオリンピック出場に向けたアジア地区予選においては、第3GKの役割も期待されていると報道された[8]。
所属クラブ [編集]
- 下野池JSC
- 200?年 - 2004年 ラガッツァ高槻スペランツァ
- 2003年、2004年 トップチームのスペランツァF.C.高槻に登録
- 2005年 FC VITORIA
- 2006年 - 2008年
TASAKIペルーレFC - 2009年
FCインディアナ - 2010年 - 2011年
アルビレックス新潟レディース - 2012年 - 現 在
日テレ・ベレーザ
個人成績 [編集]
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | リーグ杯 | 皇后杯 | 期間通算 | |||||||
| 2003 | スペランツァF.C.高槻 | 24 | L・リーグ | 9 | 1 | - | 0 | 0 | 9 | 1 | |
| 2004 | 17 | L・リーグ1部 (L1) | 12 | 6 | - | 0 | 0 | 12 | 6 | ||
| 2006 | TASAKIペルーレFC | 10 | なでしこ Div.1 | 16 | 4 | - | 4 | 1 | 20 | 5 | |
| 2007 | 20 | 7 | 0 | 0 | 4 | 0 | 24 | 7 | |||
| 2008 | 20 | 4 | - | 3 | 0 | 23 | 4 | ||||
| アメリカ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
| 2009 | FCインディアナ | 20 | Wリーグ | 2 | 1 | - | - | 2 | 1 | ||
| 日本 | リーグ戦 | リーグ杯 | 皇后杯 | 期間通算 | |||||||
| 2010 | アルビレックス新潟 レディース |
20 | なでしこ | 12 | 4 | 4 | 3 | 3 | 0 | 19 | 7 |
| 2011 | 16 | 6 | - | 4 | 1 | 20 | 7 | ||||
| 2012 | 日テレ・ベレーザ | 10 | 2 | 4 | 1 | 0 | 0 | 14 | 3 | ||
| 通算 | 日本 | 1部※ | 115 | 34 | 8 | 4 | 18 | 2 | 141 | 40 | |
| アメリカ | Wリーグ | 2 | 1 | - | - | 2 | 1 | ||||
| 総通算 | 117 | 35 | 8 | 4 | 18 | 2 | 143 | 41 | |||
※2部制移行前(Lリーグ時代)の成績も含む。2005年は登録なし。
タイトル [編集]
クラブ [編集]
-
- TASAKIペルーレFC
- 皇后杯全日本女子サッカー選手権大会:1回 (2007年)
-
- 日テレベレーザ
- なでしこリーグカップ:1回 (2012年)
個人 [編集]
代表歴 [編集]
選出歴等 [編集]
- U-16日本女子ユース選抜 (2001年)
- U-18大阪府選抜 (2003、2004年度全日本女子ユース (U-18)サッカー選手権大会出場)
- 国民体育大会 大阪府選抜・兵庫県選抜 (2006年・2007年・2008年)
- U-18日本女子代表
- U-19日本女子代表 (AFC U-19女子選手権2006出場)
- U-20日本女子代表
- 日本女子代表
試合数 [編集]
| 日本代表 | 国際Aマッチ | |
|---|---|---|
| 年 | 出場 | 得点 |
| 2006 | 7 | 10 |
| 2007 | 5 | 3 |
| 2008 | 17 | 1 |
| 2009 | 0 | 0 |
| 2010 | 4 | 1 |
| 2011 | 14 | 1 |
| 2012 | 14 | 1 |
| 通算 | 61 | 17 |
(2012年8月9日現在)
ゴール [編集]
| # | 開催年月日 | 開催地 | 対戦国 | 勝敗 | 試合概要 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1. | 2006年7月19日 | オーストラリア、アデレード | ○ 5-0 | 2006 AFC女子アジアカップ | |
| 2. | |||||
| 3. | 2006年7月21日 | ○ 11-1 | |||
| 4. | |||||
| 5. | 2006年11月30日 | カタール、ドーハ | ○ 13-0 | 第15回アジア競技大会 | |
| 6. | |||||
| 7. | |||||
| 8. | |||||
| 9. | |||||
| 10. | 2006年12月4日 | ○ 4-0 | |||
| 11. | 2007年2月14日 | キプロス、ラルナカ | ○ 2-0 | 親善試合 | |
| 12. | |||||
| 13. | 2007年8月12日 | 日本、東京 | ○ 5-0 | 北京オリンピックアジア最終予選 | |
| 14. | 2008年3月10日 | キプロス | ○ 3-1 | CYPRUS WOMEN'S CUP 2008 | |
| 15. | 2010年11月14日 | 中国、広州 | ○ 4-0 | 第16回アジア競技大会 | |
| 16. | 2011年9月3日 | 中国、済南 | ○ 2-1 | ロンドンオリンピックアジア最終予選 | |
| 17. | 2012年8月6日 | イギリス、ロンドン | ○ 2-1 | ロンドンオリンピック |
脚注 [編集]
- ^ a b “堺から世界へ オリンピック、パラリンピックに出場 (PDF)”. 堺市ホームページ 広報さかい 2008年8月号 (リンク切れ). 2010年1月9日閲覧。[リンク切れ]
- ^ 2001年女子日本代表メンバー 蒼き鴉と緑の騎士 2010.1.8 05:02 (UTC) 閲覧、データ元: JFA公式サイト 2001.9.12付ニュースリリース (URL不明)
- ^ TASAKIペルーレFC 阪口夢穂・山本絵美 移籍先チーム決定のお知らせ(PDF) 田崎真珠 2009年2月20日付プレスリリース
- ^ 阪口が初ゴール&アシスト/Wリーグ nikkansports.com 河崎三行「なでしこ in USA」 2009年5月18日
- ^ 1人別メニューのインディアナ阪口 nikkansports.com 河崎三行「なでしこ in USA」 2009年6月27日
- ^ アルビレックス新潟レディース FC INDIANAより阪口 夢穂選手 新加入のお知らせ アルビレックス新潟 公式サイト 2010年1月17日
- ^ 東京スポーツ・2011年7月17日付 4面
- ^ 阪口「もしも」に備え二刀流、GKも! - サンケイスポーツ 2011.8.25付記事 (アーカイヴ)
外部リンク [編集]
- 阪口夢穂 - FIFA主催大会成績(英語)
- 阪口 夢穂 | 日テレ・ベレーザ公式サイト
- 所属マネジメント会社公式サイト
- 下野池少年サッカースクール公式サイト
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