バニーズ京都SC
| バニーズ京都SC | |
|---|---|
| 原語表記 | バニーズ京都SC |
| 愛称 | B京都 |
| クラブカラー | 水色 |
| 創設年 | 1990年 |
| 所属リーグ | 日本女子サッカーリーグ |
| 所属ディビジョン | 2部(チャレンジリーグWEST) |
| ホームタウン | 京都府 |
| ホームスタジアム | 京都府立山城総合運動公園ほか |
| 収容人数 | 7,000 |
| 代表者 | 宮宇地昭 |
| 監督 | 宮宇地昭 |
| 公式サイト | 公式サイト |
| ■テンプレート(■ノート)■サッカークラブPJ | |
バニーズ京都SC(バニーズきょうとえすしい)は、 日本女子サッカーリーグに所属する女子サッカークラブ。京都府京都市および長岡京市を本拠地とする。
目次 |
[編集] 歴史
ルーツとなるチームは、大阪市西区の靱公園を中心に活動していた、大阪FCレディース。 理事会で承認され、1990年1月にゴルフ場運営会社の旭国際開発㈱による女子サッカー部として、大阪FCレディースを基盤とする形で創設され、初代監督に大阪FCレディース監督の河本雅彦が就任した。またクラブ名は、当時の社長であった辻本卯太郎の干支と、社内で用いられていたウサギのキャラクターをもとにして河本が役員会で提案し、ACCバニーズと改称された。また大阪FCレディースの選手で、ACCバニーズにも参加したゴールキーパーの大向真紀がウサギのキャラクターをデザインし、エンブレムの一部として採用された。 その際、旭国際開発が経営するゴルフ場の本社が所在する兵庫県宝塚市に社員寮を用意し、練習場を伊丹スポーツセンターでスタートした。 この年、関西女子サッカーリーグに所属し、また初めて全国選手権大会に出場した。この成績を基に翌1991年から日本女子サッカーリーグに日興證券ドリームレディース、松下電器LSC、フジタ天台SCマーキュリーとともに旭国際バニーズとし参戦した。
1995年、旭国際バニーズの運営権は旭国際開発子会社であるジェイ・アンド・ジーに移行され、それに伴いクラブ名称も宝塚バニーズレディースサッカークラブと改名された。この頃から地域密着を掲げての活動を開始。日本代表選手だった水間百合子、野田朱美や外国人選手が在籍し、そのほかの選手も競技に専念。年間2億円以上の運営費により勝利給も支給されていた。
だがバブル経済の崩壊を受け、1999年ジェイ・アンド・ジーが運営から撤退。選手・コーチ陣・クラブスタッフの有志を中心に、1999年からは「自立」のスローガンを掲げて、勉学・仕事とサッカーの両立を目指すこととし、2000年には完全な市民クラブとなり、宝塚市民、後援会員、選手の家族などの支援が活動が中心となった。
仕事や学業を終えた夜間に練習を行うが練習場の確保もままならず、遠征費も選手たちが身銭を切って捻出するなど経営は非常に厳しく、そのため遠方での試合にもバスによる移動を強いられていた。
そのような中で京都府サッカー協会への移管交渉が進められていった。この際、宝塚バニーズを解散の上、選手はバニーズ京都または他チームと契約するという形を取った。また下部組織チームについて、当時京都府サッカー協会女子委員長であった宮宇地昭が監督を務めていた女子サッカークラブ、FC SPIELENと合併の上、同クラブを下部組織化 (旧宝塚バニーズジュニアをこれに伴い独立クラブ化) する形を取り、バニーズ京都サッカークラブがここに誕生した。監督として、アルビレックス新潟レディースの監督を務めていた牛浜真が招聘された。 一方でスポンサー企業探しも行われ、多くの選手はスポンサー企業での就業を斡旋されるなど、競技環境は大幅に改善されることになった。
下部組織は「バニーズ京都SC SPIELEN」、「バニーズ京都SC SPIELEN Jr.」とがある。前者はU-15以上の世代に属する選手が、後者はU-12世代の選手が所属。2009年度より、チーム名を「バニーズ京都SCガラシャ」と改名の上、旧SPIELENをサテライトチーム化し、O-19でトップチーム登録外の選手やレギュラーを獲得していない選手が所属できるようにした。
2008年5月13日にクラブ運営団体はNPO法人の認証を受け「特定非営利活動法人BUNNYS-京都」を設立。
[編集] チーム成績
[編集] 日本女子サッカーリーグ
| 回 | 年度 | チーム名 | リーグ | チーム数 | 試合 | 勝点 | 勝 | 分 | 敗 | 順位 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 3 | 1991 | 旭国際バニーズ | JLSL | 10 | 18 | 10 | 4 | 2 | 12 | 8位 |
| 4 | 1992 | 10 | 18 | 14 | 6 | 2 | 10 | 6位 | ||
| 5 | 1993 | 10 | 18 | -- | 5 | -- | 13 | 7位 | ||
| 6 | 1994 | L・リーグ | 10 | 18 | -- | 5 | -- | 13 | 9位 | |
| 7 | 1995 | 宝塚バニーズレディースサッカークラブ | 10 | 18 | -- | 1 | -- | 17 | 10位 | |
| 8 | 1996 | 10 | 18 | -- | 8 | -- | 10 | 6位 | ||
| 9 | 1997 | 10 | 18 | -- | 3 | -- | 15 | 10位 | ||
| 10 | 1998 | 10 | 18 | -- | 10 | -- | 8 | 6位 | ||
| 11 | 1999 | 8 | 14 | 15 | 5 | 0 | 9 | 6位 | ||
| 12 | 2000 | 9 | 14 | 13 | 4 | 1 | 7 | 7位 | ||
| 13 | 2001 | 10 | 14 | 19 | 6 | 1 | 6 | 8位 | ||
| 14 | 2002 | 11 | 11 | 19 | 6 | 1 | 3 | 5位 | ||
| 15 | 2003 | 13 | 20 | 20 | 6 | 2 | 8 | 9位 | ||
| (16) | 2004 | L・リーグ1部 (L1) |
8 | 14 | 12 | 4 | 0 | 10 | 6位 | |
| (17) | 2005 | 8 | 21 | 4 | 1 | 1 | 19 | 8位 | ||
| (18) | 2006年 | バニーズ京都サッカークラブ | なでしこリーグ ディビジョン2 |
8 | 21 | 16 | 5 | 1 | 15 | 6位 |
| (19) | 2007 | 8 | 21 | 24 | 7 | 3 | 11 | 6位 | ||
| (20) | 2008 | 9 | 16 | 13 | 4 | 1 | 11 | 6位 | ||
| (21) | 2009 | バニーズ京都SC | 8 | 21 | 17 | 4 | 5 | 12 | 6位 |
- 1992年まで「勝ち点制」(勝ち2、引き分け1、負け0)を採用。
- 前後期制を採用した1993年から1999年までの成績は年間順位。
- 予選(地区)リーグと決勝リーグを採用した2000年から2003年までの成績は年間順位。チーム数は両地区の合計チーム数。
- 1999年から「勝ち点制」(勝ち3、引き分け1、負け0)を採用。
- 2004年から二部制に移行。チーム数は所属リーグのみ。
- 2003年まではシーズン名に「第○回」と表記されていたが、2004年からは西暦年で表記するようになった。
[編集] 1997-98入替戦
| L・リーグ参入希望チーム | 結果 | L・リーグ最下位 |
|---|---|---|
| マザーズ熊本レインボーレディース | 1回戦0-12 2回戦0-14 |
宝塚バニーズレディースサッカークラブ |
※宝塚バニーズのL・リーグ残留決定
[編集] 2004 L1参入チーム決定戦
- 開催期間: 2003年12月4日‐23日
| 順位 | チーム | 試合 | 勝点 | 勝 | 分 | 敗 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1位 | 大原学園JaSRA女子サッカークラブ | 3 | 6 | 2 | 0 | 1 |
| 2位 | 宝塚バニーズレディースサッカークラブ | 3 | 6 | 2 | 0 | 1 |
| 3位 | 岡山湯郷Belle | 3 | 3 | 1 | 0 | 2 |
| 4位 | ASエルフェン狭山FC | 3 | 3 | 1 | 0 | 2 |
※大原学園、宝塚バニーズのL1参入決定
[編集] 2010なでしこリーグ&チャレンジリーグ入替戦出場チーム決定戦
- 2010年10月11日-23日
| 順位 | チーム | 試合 | 勝点 | 勝 | 分 | 敗 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1位 | スペランツァF.C.高槻 | 3 | 6 | 2 | 0 | 0 |
| 2位 | バニーズ京都SC | 3 | 3 | 1 | 0 | 1 |
| 3位 | AC長野パルセイロ・レディース | 3 | 0 | 0 | 0 | 2 |
※スペランツァF.C.高槻の2010なでしこリーグ&チャレンジリーグ入替戦出場が決定
[編集] チームカラー
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- チームカラーは水色
[編集] ユニホームスポンサー
| 掲出箇所 | スポンサー名 | 表記 |
|---|---|---|
| 胸 | 株式会社ゴールフリー | ゴールフリー |
| 背中 | なし | - |
| 袖 | なし | - |
| パンツ | 株式会社元廣 | MOTOHIRO |
[編集] チーム名変遷
- 1990年 (創部) - 1991年
ACCバニーズ
- 1991年 - 1994年
旭国際バニーズ
- 1995年 - 2005年
宝塚バニーズレディースサッカークラブ
- 2005年 - 2008年
バニーズ京都サッカークラブ
- 2009年 -
バニーズ京都SC
[編集] 歴代監督
(日本女子サッカーリーグ参入以降)
| 監督 | 在任期間 | 備考 |
|---|---|---|
| 河本雅彦 | 1991-1993 | GM兼任 |
| 鎌田俊司 | 1994 | GM河本雅彦 |
| 高田泰樹 | 1994 | |
| ヘルムート・コスメル | 1994-1995 | |
| 野田朱美 | 1995 | |
| 河本雅彦 | 1995-1996 | GM兼任 |
| 渡部博尚 | 1997-1999 | |
| 田中真由美 | 2000 | |
| 高藤順 | 2001-2004.7 | |
| 島田素英 | 2004.9-2005 | |
| 牛浜真 | 2006 | |
| 宮宇地昭 | 2007 |
[編集] 選手
[編集] 現在在籍している選手
2009年度
- GK
- 1 佐々木香織
- 16 増渕瞳
- 21 山本彩加
[編集] かつて所属していた選手
- 荒川幸子 (ジュ ブリーレ 鹿児島)
- 伊丹絵美
- 稲葉彩衣里 (神奈川大学女子サッカー部コーチ)
- 上田早紀子 (清水第八プレアデス)
- 上野友紀子 (スペランツァFC大阪高槻)
- 尾板裕子 (現姓兼吉、ポルト神戸FC、元サッカー日本女子代表)
- 高紅 (ガオ・ホン、元サッカー中華人民共和国女子代表)
- 柏原慶子
- 清原万里江 (神村学園中等部・高等部女子サッカー部コーチ)
- 清原祐子 (伊賀フットボールクラブくノ一)
- 佐藤恵子
- ジェニン・サパラ
- シェリル・ソールズベリー (元サッカーオーストラリア女子代表)
- 武内真希 (大原学園JaSRA女子サッカークラブ)
- 中岡麻衣子 (スペランツァFC高槻)
- 野田朱美 (解説者・元サッカー日本女子代表)
- 深澤里沙 (ジェフユナイテッド市原・千葉レディース)
- 藤本優希 (福岡J・アンクラス)
- 細川元代 (ジェフユナイテッド市原・千葉レディース)
- マール・プリエト
- 水間百合子 (元サッカー日本女子代表)
- 安田真季 (大阪桐蔭高等学校女子サッカー部コーチ、元サッカー日本女子代表)
- 矢田貝実希子 (福岡J・アンクラス)
- 若林エリ (浦和レッドダイヤモンズ・レディース)
- 西田明美 (浦和レッドダイヤモンズ・レディース) *下部組織との二重登録
[編集] 外部リンク
- バニーズ京都SC公式サイト
- SPIELEN (宮宇地監督ブログ、旧下部組織公式サイト)
- バニーズ京都SC・ガラシャ (下部組織公式ブログ)
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