富澤清太郎
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| 富澤 清太郎 | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 愛称 | カンペーさん | |
| カタカナ | トミサワ セイタロウ | |
| ラテン文字 | TOMISAWA Seitaro | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1982年7月8日(27歳) | |
| 出身地 | 東京都 | |
| 身長 | 181cm | |
| 体重 | 73kg | |
| 血液型 | O型 | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | 東京ヴェルディ | |
| ポジション | DF | |
| 背番号 | 14 | |
| ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||
富澤 清太郎(とみさわ せいたろう、1982年7月8日 - )は、Jリーグディビジョン2(J2)・東京ヴェルディ所属のプロサッカー選手。ポジションはディフェンダー。
目次 |
[編集] 略歴
幼少時から東京ヴェルディの前身に当たる読売日本サッカークラブの下部組織でプレー。
2001年、トップチームに昇格するも、レギュラー獲得には至らず。
2005年、ベガルタ仙台に期限付き移籍。仙台では定位置をつかみかけたものの、シーズン途中で右足腓骨骨折の重傷を負い、後半戦を棒に振った。
2006年、仙台への移籍期限を満了し、東京ヴェルディに復帰。昨年の骨折が治りきらずに3月に手術することを決断する。その影響でシーズン序盤は欠場したが、7月12日第27節のベガルタ仙台戦で復帰。その後は徐々に出番を増やし、後半戦はスタメンに定着した。 2007年は土屋征夫の加入などもあり出番は流動的だったが、30試合に出場、J1昇格に貢献した。 2008年は土屋と那須がスタメンで固定されたため、ボランチやサイドバックとしての起用が多かった。
[編集] 所属クラブ
ユース経歴
- - 1994年 読売日本SCユースS(現・ヴェルディジュニア)
- 1995年 - 1997年 読売日本SCジュニアユース(現・ヴェルディジュニアユース)
- 1998年 - 2000年 読売日本SCユース(現・ヴェルディユース)
プロ経歴
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2001 | 東京V | 24 | J1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 2 | 0 |
| 2002 | 東京V | 14 | J1 | 10 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 12 | 0 |
| 2003 | 東京V | 14 | J1 | 6 | 0 | 3 | 0 | 2 | 0 | 11 | 0 |
| 2004 | 東京V | 14 | J1 | 1 | 0 | 1 | 0 | 4 | 0 | 6 | 0 |
| 2005 | 仙台 | 4 | J2 | 14 | 0 | - | 0 | 0 | 14 | 0 | |
| 2006 | 東京V | 14 | J2 | 18 | 3 | - | 0 | 0 | 18 | 3 | |
| 2007 | 東京V | 14 | J2 | 30 | 1 | - | 1 | 0 | 31 | 1 | |
| 2008 | 東京V | 14 | J1 | 25 | 1 | 6 | 0 | 1 | 0 | 32 | 1 |
| 2009 | 東京V | 14 | J2 | - | |||||||
| 通算 | 日本 | J1 | 43 | 1 | 12 | 0 | 8 | 0 | 63 | 1 | |
| 日本 | J2 | 62 | 4 | - | 1 | 0 | 63 | 4 | |||
| 総通算 | 105 | 5 | 12 | 0 | 9 | 0 | 126 | 5 | |||
[編集] 経歴
[編集] その他
ニンテンドーDSのボンバーマン愛好者であり、遠征バスの中で通信対戦をよくやっている。「ヴェルディの中では1番強い」と選手たちに言われている。富澤はボンバーマンについて「サッカーに似ていて、奥が深い」と語っている。
[編集] 外部リンク
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