深井正樹
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| 深井 正樹 | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| カタカナ | フカイ マサキ | |
| ラテン文字 | FUKAI Masaki | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1980年9月13日(28歳) | |
| 出身地 | 山梨県南巨摩郡増穂町 | |
| 身長 | 161cm | |
| 体重 | 61kg | |
| 血液型 | B型 | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | ジェフユナイテッド市原・千葉 | |
| ポジション | FW/MF | |
| 背番号 | 9 | |
| 利き足 | 左足 | |
| クラブチーム1 | ||
| 年 | クラブ | App (G) |
| 2003-2006 2007 2008-2008途 2008途- |
鹿島アントラーズ アルビレックス新潟 名古屋グランパス ジェフ千葉 |
92 (13) 18 (2) 5 (0) 11 (4) |
| 1. 国内リーグ戦に限る。{{{クラブ成績更新日}}}現在。 ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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深井 正樹(ふかい まさき、1980年9月13日 - )は、山梨県南巨摩郡増穂町出身のサッカー選手。ポジションはFW。ジェフユナイテッド市原・千葉所属。
目次 |
[編集] プレースタイル
小柄で特別スピードが速いというわけではないが、切れのある動きと巧みなテクニックで相手守備陣を翻弄し、また左足から繰り出されるシュートが特徴である。2004年末頃からはMFとしてプレーする事が多くなった。
[編集] 略歴
増穂小学校在学中に増穂サッカースポーツ少年団にてサッカーを始める。6年生で全国大会出場も経験。
増穂中学校に入学、甲西トラベッソ(旧甲西町・現南アルプス市)に入団。この頃にドリブルという武器が生まれる。
1996年、韮崎高校に進学。1、3年時に高校選手権に出場するものの、早期敗退が多く、全国的に無名であったが、1回戦で敗退した3年の選手権終了後、「もっと見てみたい選手だった」と紹介する記事も存在した。
1999年、駒澤大学に進学。巻誠一郎(現ジェフユナイテッド市原・千葉)とコンビを組み、「大学サッカー史上最高の2トップ」と謳われた。ユニバーシアード代表メンバーにも選出され、北京大会にて金メダル獲得。2001年の天皇杯ではジュビロ磐田相手に2得点した。
2003年、鹿島アントラーズに入団。入団当時の背番号は26番。3月22日、J1リーグ1stステージ第1節浦和レッドダイヤモンズ戦でデビュー。初ゴールは11月8日J1リーグ2ndステージ第12節ガンバ大阪戦。※2得点
2004年、長谷川祥之の背負っていた背番号11番を受け継いだ。
2006年、11月1日にタレントの尾上康代と入籍。2007年1月13日に結婚式を挙げた。
2007年、FWとしての出場機会を求め、アルビレックス新潟に期限付き移籍をしたが、度重なるケガを含め期待された結果を出す事が出来ず、期限付き移籍期間満了となった。
2008年は、名古屋グランパスに期限付き移籍したが出場機会に恵まれず、8月に残留争い中のジェフユナイテッド市原・千葉へ期限付き移籍した。千葉では大学時代の盟友・巻と再び2トップを組む。巻との相性も良く、移籍後はゴールを量産。残留に貢献する。
2009年、前年の移籍後の活躍から、1月5日に鹿島アントラーズよりジェフユナイテッド市原・千葉への完全移籍が正式発表された。<深井選手コメント> 鹿島にいた時間は自分にとって重要な、大切な時間でした。 期限付き移籍していた2年を含めて6年間、お世話になりました。 たくさんの温かい応援、サポートにはとても力づけられました。 敵としてカシマスタジアムに立ったとき、たくさんの人からブーイングしてもらえるような選手になりたいと思います。 本当にありがとうございました。
[編集] 所属クラブ
ユース経歴
プロ経歴
- 2003年 - 2006年 鹿島アントラーズ
- 2007年 アルビレックス新潟(※期限付き移籍)
- 2008年 - 2008年8月 名古屋グランパス(※期限付き移籍)
- 2008年8月 - ジェフユナイテッド市原・千葉(※2008年は期限付き移籍)
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2001 | 駒大 | 10 | - | - | - | ||||||
| 2002 | 駒大 | 10 | - | - | - | ||||||
| 2003 | 鹿島 | 26 | J1 | 22 | 2 | 5 | 0 | 4 | 2 | 31 | 4 |
| 2004 | 鹿島 | 11 | J1 | 20 | 3 | 6 | 2 | 3 | 0 | 29 | 5 |
| 2005 | 鹿島 | 11 | J1 | 27 | 4 | 6 | 0 | 2 | 0 | 35 | 4 |
| 2006 | 鹿島 | 11 | J1 | 23 | 4 | 11 | 1 | 3 | 1 | 37 | 2 |
| 2007 | 新潟 | 9 | J1 | 18 | 2 | 5 | 1 | 1 | 0 | 24 | 3 |
| 2008 | 名古屋 | 18 | J1 | 5 | 0 | 5 | 0 | - | 10 | 0 | |
| 千葉 | 36 | J1 | 11 | 4 | - | 0 | 0 | 11 | 4 | ||
| 2009 | 千葉 | 9 | J1 | ||||||||
| 通算 | 日本 | J1 | 126 | 19 | 38 | 4 | 13 | 3 | 177 | 26 | |
| 日本 | 他 | - | - | ||||||||
| 総通算 | 126 | 19 | 38 | 4 | |||||||
| 国際大会個人成績 | ||||
|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | 出場 | 得点 |
| AFC | ACL | |||
| 2002-03 | 鹿島 | 26 | 2 | 0 |
| 通算 | AFC | 2 | 0 | |
[編集] 代表歴
[編集] エピソード
- 憧れ、目標とする選手は左利き、小柄といった共通点があるマラドーナ。
- 鹿島入団時に師弟関係にあった秋田豊(現京都サンガF.C.コーチ)が退団する際、「敵として対戦して、引退を決意させるくらいに頑張りたい。そう思わせるのが、ほかの選手であってほしくない」と語り、2004年の背番号変更の際は「3番を下さい」とクラブに直訴したが、ポジションの都合により実現しなかった。
- 2004年の夏頃、ポンキッキーズ21(フジテレビ系)に「ジャカジャカジャンケン」のゲストとして登場し、「鹿島アントラーズのチビッコ」と自らを称していた。
- 鹿島在籍時の応援歌(ゲットゴール、ゲットゴールふかい)は「もっとノリのよいものを」という本人の要望により新しく作り直されたものである。一部では「get goal」が「月光」に聞こえるので「月光」とも呼ばれていた。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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