徳重健太

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徳重 健太 Football pictogram.svg
名前
カタカナ トクシゲ ケンタ
ラテン文字 TOKUSHIGE Kenta
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1984年3月9日(30歳)
出身地 鹿児島県鹿児島市
身長 187cm
体重 87kg
選手情報
在籍チーム ヴィッセル神戸
ポジション GK
背番号 30
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2002-2008
2004
2005-2008
2009-
浦和レッズ
セレッソ大阪(loan)
ヴィッセル神戸(loan)
ヴィッセル神戸
0 (0)
1 (0)
21 (0)
102 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2013年11月24日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

徳重 健太(とくしげ けんた、1984年3月9日 - )は、日本サッカー選手Jリーグヴィッセル神戸所属。ポジションはゴールキーパー

略歴[編集]

元々は鹿児島実業高校への進学を希望していたが金銭面の問題で両親に説得され国見高校へ進学した。 在学中の先輩に大久保嘉人松橋章太などが、後輩に平山相太渡邉大剛などが、同級生には徳永悠平などがそれぞれいる。2年時に高校タイトル3冠を達成し、3年時には主将として全日本ユースと高校選手権を制した。また、その活躍が認められU16代表から各年代の代表に選出されていた。

2002年浦和レッズに入団したが、在籍3年間で出場機会を得ることができずに2004年、GK不足に悩んでいたセレッソ大阪へのレンタル移籍を決断。ここでJリーグデビューを果たした(しかし、出場はその1試合のみ)。2005年に浦和に復帰したが、8月には残留争いの最中にあったヴィッセル神戸にレンタルで加入。この年は4試合の出場に留まり神戸は結局残留ならずJ2に降格したがそのままレンタル延長が発表された。その後順調にJ1復帰を決めたチームとは裏腹に徳重自体は出場機会に恵まれないまま2年間が過ぎる。

しかし2008年、守護神である榎本達也が全治約1ヶ月の怪我をしたことをきっかけに出場機会を得ると自身最多となるJリーグ9試合に出場し不調だったチームの3連勝に貢献(その間にはPK職人として名高い遠藤保仁のコロコロPKを止めた)。

2009年より浦和から完全移籍。同年は榎本の控えだったが、2010年和田昌裕監督就任後はチームの低迷と共に精細を欠いていた榎本達也からポジションを奪取。終盤はビックセーブを連発し、J1残留に貢献した。榎本が徳島ヴォルティスへ移籍した2011年は自身初のリーグ戦全試合フル出場を達成。初めて1年間通してレギュラーとしてプレーした。

2012年もレギュラーを務めたが、10月24日の練習中に左足を捻挫[1]。チームが残留争いをする中で無念の離脱となってしまった。終盤戦に復帰するも、結局16位で降格になった。2013年は開幕前のキャンプに負傷し、新加入の山本海人にポジションを明け渡していたが、山本の負傷以後はレギュラーに返り咲き、24試合に出場した。

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2001 国見高 1 - - - 2 0 2 0
2002 浦和 36 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2003 21 0 0 0 0 0 0 0 0
2004 0 0 0 0 - 0 0
C大阪 32 1 0 - 0 0 1 0
2005 浦和 21 0 0 0 0 - 0 0
神戸 30 4 0 - 0 0 4 0
2006 J2 3 0 - 1 0 4 0
2007 J1 5 0 4 0 2 0 11 0
2008 9 0 0 0 2 0 11 0
2009 0 0 4 0 3 0 7 0
2010 13 0 2 0 2 0 17 0
2011 34 0 2 0 0 0 36 0
2012 31 0 3 0 1 0 35 0
2013 J2 24 0 - 0 0 24 0 
通算 日本 J1 97 0 15 0 10 0 122 0
日本 J2 27 0 - 1 0 28 0
日本 - - 2 0 2 0
総通算 124 0 15 0 13 0 152 0
  • 強化指定選手としての公式戦出場はなし

代表歴[編集]

  • 2001年U-17世界選手権代表

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ GK徳重健太選手の負傷についてヴィッセル神戸 2012年10月26日

外部リンク[編集]