石丸清隆

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石丸 清隆 Football pictogram.svg
名前
カタカナ イシマル キヨタカ
ラテン文字 ISHIMARU Kiyotaka
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1973年10月30日(41歳)
出身地 大阪府交野市
身長 175cm
体重 70kg
選手情報
ポジション MF
ユース
1992-1995 阪南大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1996-2000 アビスパ福岡 120 (9)
2001-2005 京都パープルサンガ 124 (5)
2005-2006 愛媛FC 37 (2)
監督歴
2010-2012 愛媛FCユース
2013-2014 愛媛FC
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

石丸 清隆(いしまる きよたか、1973年10月30日 - )は、大阪府交野市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダー

来歴[編集]

小学2年の時にサッカーを始め、中学・高校時代は枚方FCに所属した。高校卒業後は阪南大学に進学してサッカー部に入部。1年時の1992年にはユース日本代表に選ばれた。4年時に1995年夏季ユニバーシアードのサッカー日本代表に選ばれ、同大会での日本の初優勝に貢献。

1996年に大学を卒業し、Jリーグのアビスパ福岡に入団。1年目から主力選手として活躍した。1998年末のJ1参入決定戦にも5試合全てに出場し、コンサドーレ札幌との第三代表決定戦の第2レグではJ1残留を決定つけるゴールを挙げた。

2001年にJ2の京都パープルサンガ(現:京都サンガF.C.)に移籍。前年まで三浦知良が付けていた背番号11を与えられ、同年のJ1昇格に貢献。2003年は背番号を6に変更の上で主将に就任し、2004年まで務めた。

2005年はコンスタントに出場を続けていた前年までと打って変わって出場機会を失い、10月28日にJFL愛媛FC期限付き移籍。12月4日までの1ヶ月余りと異例の短期契約であったがクラブのJ2昇格に貢献した。シーズン終了後に京都から戦力外通告を受けたのに伴い愛媛に完全移籍。2006年は主に途中出場で活躍し、この年限りで現役引退した。

引退後は愛媛に指導者として留まり、2007年から3年間はトップチームのコーチ、2010年からの3年間はユース監督を務め、2010年にはS級ライセンスを取得した。2013年からトップチームの監督を務めた[1]

2014年12月、京都のトップチームコーチに就任した[2]

エピソード[編集]

  • 京都在籍時、石丸のシュートは「おっさんシュート」の愛称で親しまれた。由来は、アナウンサーの聞き間違い(言い間違い?)ということだが、キャラクターとマッチしたのかなぜか定着しており、本人もネタにしている。

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
1995 阪南大 14 - - - 1 0 1 0
1996 福岡 - J 23 1 13 2 2 0 38 3
1997 8 29 4 6 0 3 2 38 6
1998 8 28 2 4 2 2 1 34 5
1999 8 J1 16 2 3 1 2 0 21 3
2000 8 24 0 3 0 1 0 28 0
2001 京都 11 J2 37 3 2 0 4 0 43 3
2002 11 J1 26 0 5 0 5 0 36 0
2003 6 27 0 4 0 0 0 31 0
2004 6 J2 34 2 - 1 0 35 2
2005 6 0 0 - - 0 0
2005 愛媛 36 JFL 6 1 -
2006 17 J2 31 1 - 1 0 32 1
通算 日本 J1 173 9 38 5 15 3 231 17
日本 J2 102 6 2 0 6 0 110 6
日本 JFL 6 1 -
日本 - - 1 0 1 0
総通算 281 16 40 5

その他の公式戦

タイトル[編集]

ユニバーシアード日本代表
京都パープルサンガ

指導歴[編集]

  • 2007年 - 2014年 愛媛FC
    • 2007年 - 2009年 コーチ
    • 2010年 - 2012年 ユース監督
    • 2013年 - 2014年 監督
  • 2015年 - 京都サンガF.C. トップチームコーチ

脚注[編集]