今矢直城
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| 名前 | ||||||
| カタカナ | イマヤ ナオキ | |||||
| ラテン文字 | IMAYA Naoki | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1980年6月18日(32歳) | |||||
| 出身地 | 兵庫県 | |||||
| 身長 | 179cm | |||||
| 体重 | 72kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | MF | |||||
| 監督歴 | ||||||
| 2010- | 早稲田ユナイテッド | |||||
| ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
今矢 直城(いまや なおき、1980年6月18日 - )は日本のサッカー指導者、教育関係者、元サッカー選手。ポジションはミッドフィルダー(右サイドのMF、またはボランチ)。
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[編集] 経歴
兵庫県生まれ、大阪府育ち。親の仕事の関係で、10歳からオーストラリア・シドニーで過ごす。18歳で一時帰国し、サンフレッチェ広島の練習に参加するも入団は果たせなかった。19歳の時、シドニーのあるニューサウスウェールズ州のプレミアリーグ(en)に所属するブラックタウン・シティー(en)でデビューし、右サイドのMFとして活躍する。25試合出場、6得点、15アシスト、リーグ優勝、リーグベスト11、決勝戦MVPを獲得。オーストラリアン・ナショナルサッカーリーグ(NLS)のキャンベラ・コスモスに在籍していた2001年には、ヴァンフォーレ甲府の練習生として、入団を目指していたこともある。その後もオーストラリア各州で開催されるプレミアリーグ(1部相当)でプレーを続けた[1]。
2003年には自身初の欧州挑戦としてスイス・スーパーリーグ(1部)所属のヌーシャテル・ザマックスに移籍し、2003-04シーズンUEFAカップ1回戦のAJオセール戦に出場している。2004年にはヌーシャテル・ザマックスから2部のFCラ・ショー・ドゥ・フォンに移籍し、2005年にはオーストラリアに戻って古巣のブラックタウン・シティーでプレーした後、NLSを改組して発足したAリーグにニュージーランドから参加したニュージーランド・ナイツFCでもプレーした。
2007年7月、ドイツのVfBリューベック(レギオナルリーガ所属、3部相当)と契約。同年12月クラブ倒産危機の為、リューベックを退団した。
2008年に日本へ帰国し、ジュニア層を対象としたサッカーの指導を開始。2010年10月には東京都品川区に株式会社「Naocastle」を設立して代表取締役となり、英語での実技指導やオーストラリアへの現地研修を含めた「英語とサッカーを同時に学べるスクール」の運営を行っている[2]。また、2010年からは東京都社会人リーグの早稲田ユナイテッドにて監督を務め、同年にクラブを2部から1部へ昇格させている。
[編集] 所属クラブ
- 2000年 ブラックタウン・シティー (オーストラリア)
- 2001年 キャンベラ・コスモス (オーストラリア)
- 2002年 ブラックタウン・シティー (オーストラリア)
- 2002年 アデレード・ギャラクシー (オーストラリア)
- 2003年 ブラックタウン・シティー (オーストラリア)
- 2003年-2004年 ヌーシャテル・ザマックス (スイス)
- 2004年 FCラ・ショー・ドゥ・フォン (スイス)
- 2005年 ブラックタウン・シティー (オーストラリア)
- 2005年-2006年 ニュージーランド・ナイツFC (ニュージーランド)
- 2006年-2007年 マルコーニ・スタリオンズ (オーストラリア)
- 2007年 VfBリューベック (ドイツ)
[編集] 脚注
- ^ 当時のNSLには財政面などでの問題が多い不安定なリーグで、実際にキャンベラ・コスモスも2001年限りで解散した。
- ^ これらの活動はJ SPORTSで放送されているサッカー番組「Foot!」で紹介された(初回放送は2012年1月19日)。