小林慶行
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| 名前 | |||||||
| カタカナ | コバヤシ ヨシユキ | ||||||
| ラテン文字 | KOBAYASHI Yoshiyuki | ||||||
| 基本情報 | |||||||
| 国籍 | |||||||
| 生年月日 | 1978年1月27日(34歳) | ||||||
| 出身地 | 埼玉県与野市(現・さいたま市中央区) | ||||||
| 身長 | 178cm | ||||||
| 体重 | 71kg | ||||||
| 選手情報 | |||||||
| 在籍チーム | アルビレックス新潟 | ||||||
| ポジション | MF | ||||||
| 背番号 | 32 | ||||||
| 利き足 | 右足 | ||||||
| クラブチーム1 | |||||||
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| 1. 国内リーグ戦に限る。2011年12月4日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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小林 慶行(こばやし よしゆき、1978年1月27日 - )は、埼玉県与野市(現:さいたま市中央区)出身のプロサッカー選手。Jリーグ・アルビレックス新潟所属。ポジションは守備的MF。Jリーグ・モンテディオ山形に所属するDF小林亮は実弟。
目次 |
[編集] 来歴
1999年、駒澤大学からヴェルディ川崎に入団。2004年には第84回天皇杯優勝を経験したが、2005年にチームはJ2降格が決定。当初は残留する決意を固めていたが、チームの若返りを図るフロントが林健太郎と米山篤志を解雇した一方で、彼らよりも年長の永井秀樹を獲得するとその対応に不信感を抱き移籍を決断。地元でのプレーを希望し、同様の理由でヴェルディを退団した小林大悟と共に大宮アルディージャに移籍した。
大宮では小林(大)と共にチームの主軸として活躍。2008年からは主将を務めていたが、2009年は古傷の右脹脛を痛めたためリーグ開幕に間に合わず、第5節(ガンバ大阪戦)で戦列に復帰した。しかし、第6節(川崎フロンターレ戦)から4連敗を喫して失速するチームの中で、「走るサッカー」を標榜し縦への早い攻撃を志向する張外龍監督に対して、主将の立場から戦術の行き詰まりを示唆するコメントを発した[1]。
張監督との対立や若手の起用を図る張の方針により出場機会を失い、2009年6月に柏レイソルへ期限付き移籍[2]。J1残留争いをしている当該チーム間、それも主将の移籍はきわめて異例であり、大宮の渡邉誠吾代表はクラブ公式サイトに小林の希望を優先した旨を述べサポーターに理解を求める文章[3]を公開した。結局同年のチーム成績は大宮のJ1残留、柏のJ2降格に終わり、自身は12月23日付で大宮との契約非更新が発表された。
2010年、アルビレックス新潟へ移籍。2011年7月10日にはJ1通算300試合出場記録を樹立した。
[編集] 所属クラブ
- ユース経歴
- プロ経歴
- 1999年 - 2005年 ヴェルディ川崎→東京ヴェルディ1969
- 2006年 - 2009年 大宮アルディージャ
- 2010年 - アルビレックス新潟
[編集] エピソード
- 2002年、前年途中に入団したエジムンドが背番号7を強く希望したため、本人は譲る気はなかったが32番に変更。32番にした理由は「もう誰にも背番号を奪われたくないから」。大宮、新潟に移籍後も32番を愛用している(柏では32番が空いていなかったため40番)。
- 2008年のJ1第13節川崎戦でセンターラインの手前でもらったFKから相手GKが前に出ているのを確認しロングシュートを放ち推定55mの超ロングシュートを決めている。
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 1996 | 駒大 | - | - | - | 2 | 0 | 2 | 0 | |||
| 1997 | 10 | - | - | - | 3 | 1 | 3 | 1 | |||
| 1998 | - | - | - | 2 | 2 | 2 | 2 | ||||
| 1999 | V川崎 | 17 | J1 | 30 | 2 | 3 | 0 | 4 | 0 | 37 | 2 |
| 2000 | 7 | 11 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 13 | 0 | ||
| 2001 | 東京V | 19 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 21 | 0 | ||
| 2002 | 32 | 23 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 24 | 1 | ||
| 2003 | 18 | 1 | 4 | 1 | 0 | 0 | 22 | 2 | |||
| 2004 | 29 | 4 | 8 | 2 | 5 | 2 | 42 | 8 | |||
| 2005 | 26 | 2 | 6 | 2 | 1 | 0 | 33 | 4 | |||
| 2006 | 大宮 | 28 | 4 | 5 | 0 | 2 | 0 | 35 | 4 | ||
| 2007 | 33 | 3 | 6 | 1 | 0 | 0 | 39 | 4 | |||
| 2008 | 25 | 3 | 6 | 0 | 2 | 0 | 33 | 3 | |||
| 2009 | 5 | 0 | 1 | 0 | - | 6 | 0 | ||||
| 柏 | 40 | 10 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 12 | 0 | ||
| 2010 | 新潟 | 32 | 28 | 0 | 5 | 0 | 2 | 0 | 35 | 0 | |
| 2011 | 24 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 26 | 0 | |||
| 2012 | |||||||||||
| 通算 | 日本 | J1 | 309 | 20 | 51 | 6 | 20 | 2 | 380 | 28 | |
| 日本 | 他 | - | - | 7 | 3 | 7 | 3 | ||||
| 総通算 | 309 | 20 | 51 | 6 | 27 | 5 | 387 | 31 | |||
その他の公式戦
- 2005年
- スーパーカップ 1試合0得点
[編集] 代表歴
- 1999年 - U-22日本代表候補
[編集] 個人タイトル
- 2004年 - 第84回天皇杯優勝
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
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