渡邉大剛

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

渡邉 大剛
名前
カタカナ ワタナベ ダイゴウ
ラテン文字 WATANABE Daigo
基本情報
国籍 日本
生年月日 1984年12月3日(24歳)
出身地 長崎県
身長 171cm
体重 62kg
血液型 B型
選手情報
在籍チーム 日本の旗 京都サンガF.C.
ポジション MF
背番号 22
Template(ノート 解説)サッカー選手pj

渡邉 大剛(わたなべ だいごう、1984年12月3日 - )は、長崎県出身のサッカー選手。Jリーグ京都サンガF.C.所属。ポジションはミッドフィールダー。両サイドのウィングサイドバックとしても起用される。

目次

[編集] プレースタイル

スピードに乗ったドリブル、サイドからの鋭いクロスが武器。年齢も若く、今後の京都を支えるプレーヤーへの成長が期待される選手である。

[編集] 来歴

国見高校に在学中は、同校が数多くのタイトルを獲得した時期の主力選手であった。

京都入団後は2年目からトップチームでの出場も増えた。3年目の2005年柱谷幸一監督によって右サイドバックへコンバートされたが、出場試合数は減少。J1昇格後の2006年も同様の状態であったが、柱谷監督が解任され美濃部直彦監督が就任すると左サイドハーフとしてレギュラーを獲得した。

[編集] 人物

  • 横浜F・マリノスに所属する渡邉千真は実弟。
    • Jリーグ2009年第1節では弟渡邉千真もゴールを決めており、Jリーグ史上初兄弟揃っての開幕戦ゴールとなった。
  • 徳永悠平徳重健太は国見高校の1学年先輩であり、平山相太中村北斗は1学年後輩である。
  • 同世代で市立船橋高校卒のチームメイトである大久保裕樹によると、「国見の渡邉大剛」は当時の高校生たちにとっては、かなり著名な存在だったとか。
  • インタビューや、自身のブログ等のコメントからは、彼の真面目でしっかりとした性格が窺える。また、美濃部監督のホームページ開設後の間もない頃(当時はヘッドコーチ)に寄稿された彼の文章も非常に内容の濃い文章で、このことで彼のことを見直したファンも多かったようである。

[編集] 所属クラブ

ユース経歴

プロ経歴

[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2002 国見高 11 - - - 3 0 3 0
2003 京都 24 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2004 京都 22 J2 18 0 - 0 0 18 0
2005 京都 22 J2 4 0 - 1 0 5 0
2006 京都 22 J1 18 0 5 1 1 0 24 1
2007 京都 22 J2 47 3 - 1 0 48 3
2008 京都 22 J1 34 3 5 1 2 0 41 4
2009 京都 22 J1
通算 日本 J1 52 3 10 2 3 0 65 5
日本 J2 69 3 - 2 0 71 3
日本 - - 3 0 3 0
総通算 121 6 10 2 8 0 139 8

[編集] 高校時代の成績

  • 全国高校総体出場 (2000年:優勝/2001年:ベスト8/2002年:準優勝)
  • 高円宮杯全日本ユース選手権出場 (2000年:出場/2001年・2002年:優勝)
  • U-18日本代表(2002年)
  • 長崎県国体選抜(2002年)
  • 全国高校サッカー選手権優勝(2000年・2001年:優勝/2002年:準優勝)

[編集] 外部リンク

他の言語