山崎亮平
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| 名前 | ||||||
| 愛称 | ヤマ、ギュンギュン | |||||
| カタカナ | ヤマザキ リョウヘイ | |||||
| ラテン文字 | YAMAZAKI Ryohei | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1989年3月14日(24歳) | |||||
| 出身地 | 新潟県南魚沼市 (旧南魚沼郡大和町) |
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| 身長 | 171cm | |||||
| 体重 | 66kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム | ジュビロ磐田 | |||||
| ポジション | FW | |||||
| 背番号 | 9 | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 (得点) | ||||
| 2007- | ジュビロ磐田 | 29 (4) | ||||
| 1. 国内リーグ戦に限る。2011年12月20日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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山崎 亮平(やまざき りょうへい、1989年3月14日 - )は、新潟県南魚沼郡大和町(現在南魚沼市)[1]出身のジュビロ磐田所属のサッカー選手である。ポジションはFW。
目次 |
来歴[編集]
幼時千葉県に移る。高円宮杯全日本ユースサッカー選手権 (U-15)大会ではベスト4、2006年の第85回全国高等学校サッカー選手権大会ではベスト4に進出している。なお、ジュニアユース及び高校では米倉恒貴とチームメイトだった。
高校卒業後、ジュビロ磐田に入団し、すぐにU-18日本代表に立ち上げから招集され、AFC U-19選手権2008 (予選)では5試合5ゴールと活躍、2008年のカタール国際ユーストーナメントでも得点王とMVPとなる活躍でU-19代表を優勝に導き中心選手として期待され、U-23日本代表にも選ばれたりもしたが、AFC U-19選手権2008では怪我の為、選出されなかった。
2008年シーズンは左足骨折でシーズンを棒に振り、2009年シーズンに再起を誓ったが再度骨折してしまい、復帰を目指してリハビリを行なっていた。しかし同年3月26日に体調不良を訴え検査を行なった結果、甲状腺機能亢進症と診断され、治療に専念する為に長期離脱した。このような怪我や病気などの影響もあり、北京五輪日本代表からは直前の合宿には呼ばれたものの落選した。
2010年復帰後は主に途中出場ながら徐々に出場機会を得、ヤマザキナビスコカップ準決勝川崎フロンターレ戦ではチームを決勝へと導くアウェイでの逆転ゴール、決勝サンフレッチェ広島戦では結果的に決勝点となる4点目のゴールを挙げ(スコアは2-2から延長戦の末5-3)、優勝に大きく貢献した。またU-21日本代表にも選ばれ、ナビスコカップ直後の第16回広州アジア競技大会では第1戦での先制点など通算2ゴールを上げ、代表の優勝にも大きく貢献した。
2011年7月、甲状腺機能亢進症が再発し離脱したが、同年8月20日の22節横浜F・マリノス戦にてベンチ入り復帰。
2012年は、背番号が25から9となり、ジュビロ磐田では09年まで在籍した中山雅史以来の9番をつける選手で、2人目となる。
2月5日に行われた、ロンドン五輪アジア最終予選第4戦のシリアとの試合にスタメン出場をしたが、相手選手との競り合いでの着地の際に、バランスを崩し、左橈骨(とうこつ)を骨折してしまい、負傷退場となった。その後、全治2ヶ月との診断結果が出た[2]。
評価・エピソード[編集]
高校選手権に出場したとき、ジュビロの先輩である中山雅史(山崎が出場した高校選手権のイメージキャラクターを務めていた)が、山崎の力強いドリブルで突破しゴール前で積極的にシュートを狙っていくプレースタイルを見て「ギュンギュンいくよ、山崎くん!」と言った。そこから主に磐田サポーターから"ギュンギュン"という愛称で呼ばれている[3]。
所属クラブ[編集]
- JOGO UNITED
- FC千葉なのはなジュニアユース
- 千葉県立八千代高等学校
- 2007年 - 現 在 ジュビロ磐田
記録等[編集]
- 2007年5月9日 プロデビュー(ナビスコカップ) - 大分トリニータ戦 (ヤマハスタジアム)
- 2010年10月10日 プロ初ゴール(ナビスコカップ) - 川崎フロンターレ戦 (等々力陸上競技場)
- 2013年3月23日 プロ初ハットトリック (ナビスコカップ) - 対清水エスパルス戦 (ヤマハスタジアム)[4]
個人成績[編集]
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2007 | 磐田 | 29 | J1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 |
| 2008 | 6 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 7 | 0 | |||
| 2009 | 25 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ||
| 2010 | 4 | 0 | 5 | 2 | 2 | 0 | 11 | 2 | |||
| 2011 | 19 | 4 | 4 | 1 | 2 | 0 | 25 | 5 | |||
| 2012 | 9 | 26 | 2 | 3 | 1 | 3 | 2 | 32 | 5 | ||
| 2013 | |||||||||||
| 通算 | 日本 | J1 | 55 | 6 | 14 | 4 | 7 | 2 | 76 | 12 | |
| 総通算 | 55 | 6 | 14 | 4 | 7 | 2 | 76 | 12 | |||
代表歴[編集]
出場大会など[編集]
- 2007年
- U-18日本代表
- U-19日本代表- AFC U-19選手権2008 (予選)
- 2008年
- U-19日本代表- カタール国際ユーストーナメント
- U-23日本代表
- 2010年
- U-21日本代表- 第16回広州アジア競技大会
- 2011年
- U-22日本代表
- 2012年
- U-23日本代表- ロンドン五輪アジア最終予選
脚注[編集]
- ^ ジュビロ磐田の公式サイトやサッカー誌におけるプロフィールでは千葉県出身。
- ^ 山崎亮平選手の負傷について ジュビロ磐田公式サイト 2012.2.9付ニュースリリース
- ^ 2012年1月9日に放送されたやべっちFCにて、ゲストに呼ばれ、ファンからの質問に対し、山崎本人が中山につけられたのが元で、サポーターの方からギュンギュンと呼ばれていると発言している。2012年1月9日放送 テレビ朝日 やべっちFC[出典無効]
- ^ ジュビロ磐田公式サイト 2013 ヤマザキナビスコカップ vs.清水エスパルス
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