十八銀行

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株式会社十八銀行
The Eighteenth Bank, Limited
Nagasaki 18 bak Main office 2011.jpg
本店
種類 株式会社
市場情報
東証1部 8396
福証 8396
本社所在地 日本の旗 日本
長崎県長崎市銅座町1-11
設立 1877年(明治10年)9月2日
(第十八国立銀行)
業種 銀行業
金融機関コード 0180
SWIFTコード EITNJPJT
事業内容 銀行業
代表者 代表執行役会長 宮脇雅俊
代表執行役頭取 森拓二郎
資本金 244億4百万円
(2013年3月31日現在)
発行済株式総数 1億7,571万7千株
(2013年3月31日現在)
純利益 単体:37億27百万円
連結:36億157百万円
(2013年3月31日現在)
純資産 単体:1,321億31百万円
連結:1,357億9百万円
(2013年3月31日現在)
総資産 単体:2兆6,029億25万円
連結:2兆6,122億79百万円
(2013年3月31日現在)
従業員数 単体:1,396人
連結:1,599人
(2013年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口) 4.57%
日本生命保険 4.10%
明治安田生命保険 2.84%
十八銀行従業員持株会 2.78%
佐賀銀行 2.49%
西日本シティ銀行 2.25%
CBNY DFA INTL SMALL CAP VALUE PORTFOLIO (常任代理人シティバンク銀行) 2.20%
肥後銀行 2.11%
日本マスタートラスト信託銀行(信託口) 2.08%
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口4)1.88%
(2013年3月31日現在)
主要子会社 十八総合リース株式会社
長崎保証サービス株式会社
十八ビジネスサービス株式会社
十八カード株式会社
十八ソフトウェア株式会社
株式会社長崎経済研究所
関係する人物 藤原和人(元頭取)
外部リンク http://www.18bank.co.jp/
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十八銀行のデータ
店舗数 100
(長崎県内89店、県外11店)
貸出金残高 1兆3,441億81百万円
預金残高 2兆2,273億2百万円
特記事項:
(2013年3月31日現在)
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株式会社十八銀行(じゅうはちぎんこう、: The Eighteenth Bank, Limited)は、長崎県長崎市銅座町に本店を置く地方銀行。コーポレートスローガンは「大切にしたい 心と心」である。

概要[編集]

長崎県の指定金融機関親和銀行と共同で受託している。

かつては北の親和銀、南の十八銀とすみ分けがはっきりしていた長崎県だが、親和銀のふくおかFG傘下入りが端緒となり競合が激化している[1]。このためシステムの合理化により店舗間の情報共有を進めたほか、法人営業の人員を増やすなど体制の再構築に取り組んだ[2]

ネット支店であるデジタル出島支店を展開するほか、入金照合サービスで使用する被振込専用支店は長崎ゆかりの人物であるフィリップ・フランツ・フォン・シーボルトの名を冠して「シーボルト支店」としている。

現存する数字の銀行名(旧国立銀行)で唯一数字の部分の英称が英語読み(JuhachiではなくEighteenth)の銀行である。

沿革[編集]

前史
正史
  • 1877年(明治10年)
    • 5月16日 - 国立銀行願書を提出。
    • 9月2日 - 国立銀行条例に基づき、「第十八国立銀行」として設立。
      • 資本金は16万円。初代頭取には永見伝三郎、支配人には松田源五郎が就任。役職員は頭取以下21名。
      • 松田源五郎の提案により、立誠会社を解散して国立銀行を東濱町326番地に営業所で開業の運びとなった。
    • 12月20日 - 開業。
  • 1878年(明治11年)
  • 1879年(明治12年)
    • 9月 - 島原大村厳原福江に国税徴収のために出張所を設置。
    • 10月1日 - 松田源五郎ら有志実業家が発起人となり、長崎商法会議所を築町の松田商行(現・十八銀行本店の所在地)に設立。
  • 1885年(明治18年)
    • 7月 - 政府紙幣5万円の下付を受け、洋銀買い付けを開始。
    • 9月 - 洋銀鑑定人を採用。
  • 1886年(明治19年)
    • 3月1日 - 貯蓄預金業務の取り扱いを開始。
    • 8月27日 - 佐世保出張所を設置。
  • 1889年(明治22年)
    • 5月8日 - 東濱町(東浜町)の大火で本店が類焼。
    • 10月12日 - 築町の俵物役所跡地に本店の新社屋(煉瓦造2階建て)が完成。
    • 12月1日 - 本店を東浜町から移転。
  • 1890年(明治23年)10月 - 第一号支店を朝鮮国(現・大韓民国仁川に開設。
  • 1897年(明治30年)7月1日 - 普通銀行に転換、「株式会社十八銀行」に改称し、営業を継続。(資本金100万円)
  • 1907年(明治40年)
    • 1月 - 株式の大暴落に端を発し、市場は混乱、金融界もその大打撃を受け、各所で取り付け騒ぎが起こる。
    • 6月 - 熊本支店で取り付けにあう。
    • この年 - 清国から銀行事務研修生が続々と長崎を訪れ、十八銀行で研修が行われる。
  • 1908年(明治41年)2月 - 厳原支店が取り付けにあう。
  • 1917年(大正6年)11月30日 - 資本金300万円を600万円とする。第一次世界大戦の結果、経済界は空前の活況を呈し、銀行の新設や増資の計画が相次いだ。
  • 1919年(大正8年)11月1日 - 口之津銀行を合併。資本金を650万円とする。
  • 1927年(昭和2年)
    • 4月21日 - 金融恐慌が全国に波及し、長崎でも午後になって取り付けが起こる。
    • 4月22日 - 長崎同盟銀行が十八銀行本店で臨時総会を開き、中央・地方の各組合銀行と歩調を合わせ、2日間休業を決定。
    • 6月1日 - 長崎銀行(現・株式会社長崎銀行とは無関係)を合併。
  • 1928年(昭和3年)4月1日 - 長崎市金庫取扱銀行に指定される。
  • 1929年(昭和4年)10月15日 - 有家銀行を合併。
  • 1931年(昭和6年)4月10日 - 満55歳定年制を導入。
  • 1936年(昭和11年)2月29日 - 政府の朝鮮における金融統制により、在鮮全9支店を朝鮮殖産銀行に譲渡。
  • 1942年(昭和17年) - 諫早銀行を合併。
  • 1944年(昭和19年)3月15日 - 長崎貯蓄銀行を合併。
  • 1945年(昭和20年)
  • 1951年(昭和26年)2月10日 - 資本金を1億円とする。
  • 1954年(昭和29年)1月11日 - 資本金を倍額増資して2億円とする。
  • 1955年(昭和30年)6月4日 - 本店横に扇橋が完成。
  • 1961年(昭和36年)3月 - 長崎菱和自動車と連携し、乗用車の月賦金融を開始。
  • 1962年(昭和37年)
    • 4月23日 - 東京支店を再開。
    • 9月 - 全国の銀行の中では初めて出勤簿制度を廃止。
  • 1963年(昭和38年)7月1日 - 資本金を6億円とする。
  • 1967年(昭和42年)4月30日 - 新本店建設のため、旧館感謝祭を実施。
  • 1969年(昭和44年)
    • 1月 - クレジットカードの取り扱いを開始。
    • 4月1日 - 資本金を12億円とする。
    • 7月9日 - 新本店社屋(現社屋)が完成。鉄筋コンクリート造地下1階・地上10階・塔屋2階建て[† 1]。総工費13億円。
    • 7月14日 - 新本店が開店。
    • 9月1日 - 思案橋支店など長崎市内4支店の営業時間を1時間延長し、午後4時までとする。
    • 10月23日 - 財団法人十八銀行社会開発振興基金を設立。
    • 11月20日 - 史料展示室を開設。
  • 1971年(昭和46年)8月27日 - ポルトガルの旗ポルトガル長崎領事館[† 2]が本店内に移転し、清島頭取が駐長崎ポルトガル国名誉領事に任命される。
  • 1972年(昭和47年)
    • 3月10日 - 外国部を設置。
    • 4月18日 - 総合オンラインシステムが九州で初めて完成。本店電算センターで開通式を挙行。
    • 9月 - 従業員特株会が発足。
    • 11月30日 - 預金2,000億円の大台を突破する。
  • 1973年(昭和48年)
  • 1976年(昭和51年)4月26日 - 九州の地方銀行では初めて、本店の1階に自動預金機が設置される[3]
  • 1978年(昭和53年) - 西日本初の本格的な無人コーナーを滑石支店に設置。
  • 1979年(昭和54年)10月1日 - 資本金を51億円とする。
  • 1991年平成3年)1月1日 - テレビコマーシャル解禁で、石田ゆり子を採用したものを放送開始。
  • 1993年(平成5年)4月 - 十八銀行女子陸上部が創設される。
  • 2001年(平成13年)1月1日 - ATM365日稼働を開始。
  • 2002年(平成14年)
  • 2003年(平成15年)7月25日 - バーチャル営業所、シーボルト支店を開設。
  • 2009年(平成21年)
  • 2010年(平成22年)10月1日 - 大阪証券取引所上場廃止。

歴代頭取[編集]

氏名 期間 備考
1 永見傳三郎 1877年 (明治10年)9月21日 - 1885年(明治18年)1月8日まで (7年4か月間)
2 松田源五郎 1885年(明治18年)1月8日 - 1901年(明治34年)4月1日まで (16年3か月間)
3 松田庄三郎 1901年(明治34年)4月1日 - 1916年(大正5年)1月19日まで (14年9か月間)
4 永見寛二 1916年(大正5年)1月19日 - 1922年(大正11年)4月16日まで (6年3か月間)
5 松田精一 1922年(大正11年)4月16日 - 1939年(昭和14年)7月28日まで (17年3か月間)
6 松田一三 1939年(昭和14年)7月28日 - 1956年(昭和31年)3月7日まで (16年8か月間)
7 清島省三 1956年(昭和31年)3月7日 - 1983年(昭和58年)10月1日まで (27年7か月間) 大蔵省出身。元・北九州財務局長。経済企画庁審議官。
8 堀太郎 1983年(昭和58年)10月1日 - 1990年(平成2年)2月1日まで (6年8か月間)
9 元治 1990年(平成2年)2月1日 - 2000年(平成12年)6月28日まで (10年4か月間)
10 藤原和人 2000年(平成12年)6月2日 - 2007年(平成19年)6月22日まで (7年間)
11 宮脇雅俊 2007年(平成19年)6月22日 - 2014年(平成26年)6月23日まで(7年間)
12 森拓二郎 2014年(平成26年)6月23日 -

イメージキャラクター[編集]

通帳、カードなどに以下のキャラクターを使用[いつ?]

  • あらいぐまラスカル
  • デジットくん。 - 同社のインターネット上の支店「デジタル出島支店」のイメージキャラクター

店舗網[編集]

総数 - 99店舗(本店1・支店89・出張所9)※インターネット専用のデジタル出島支店(1)、シーボルト支店(1)を除く。
銀行名にちなみ、電話番号に「18」が入っている店舗が多い。
長崎県内
88店舗(本店1・支店78・出張所9)※インターネット専用のデジタル出島支店(1)、シーボルト支店(1)を除く。
北松浦郡小値賀町を除く自治体すべてに店舗を有する。
長崎県外
11店舗(支店11)
かつて存在した支店・出張所
  • ウラジオストク松田銀行部 - 1916年(大正5年)3月2日に廃止の上、朝鮮銀行へ譲渡。
  • 仁川支店 - 1936年(昭和11年)2月29日に廃止の上、朝鮮殖産銀行へ譲渡。
  • 釜山支店 - 同上。
  • 元山支店 - 同上。
  • 京城支店 - 同上。
  • 木浦支店 - 同上。
  • 羅州主張所 - 同上。
  • 群山支店 - 同上。
  • 龍山支店 - 同上。
  • 広島支店 - 1986年(昭和61年)9月16日廃止の上、広島銀行へ譲渡。
  • 香港支店 - 1999年(平成11年)9月21日廃止。
  • 大分支店 - 2000年(平成12年)7月10日廃止。
  • 佐賀支店 - 2000年(平成12年)11月10日廃止。
  • 鹿児島支店 - 2001年(平成13年)3月2日廃止。
店舗の統廃合

( )は統合先の支店

1986年(昭和61年)
  • 9月19日 - 八幡支店(北九州支店)
1998年(平成10年)
  • 11月21日 - 西城山出張所
1999年(平成11年)
  • 10月15日 - 赤坂支店(福岡支店)、原支店(西福岡支店)
2001年(平成13年)
2002年(平成14年)
  • 6月7日 - 式見支店(城山支店)、千歳出張所(住吉支店)、江川出張所(深堀支店)、卸センター支店(本店営業部)
  • 10月4日 - 宝町支店(北支店)、広馬場支店(本店)、白木支店(思案橋支店)、雲仙支店(小浜支店)
2003年(平成15年)
  • 1月17日 - 中央市場支店
2005年(平成17年)
  • 6月24日 - 峰支店(豊玉支店)、佐須奈支店(比田勝支店)、夢彩都出張所(本店)、古賀支店(東長崎支店)、福田出張所(稲佐支店)、小川町出張所(諫早支店)、石田出張所(壱岐支店)
2006年(平成18年)
  • 1月27日 - 西彼支店(琴海支店)、小長井支店(高来支店)、森山支店(愛野支店)
2010年(平成22年)
  • 6月21日 - 京坪支店(佐世保支店)、伊王島代理店(本店)

ATM提携[編集]

九州ATMネットワーク」による九州内の銀行との間でATMの相互開放協定を結んでおり、これらの銀行のATMでカードにより預金を引き出す場合、他行利用手数料は徴収されない。

情報処理システム[編集]

佐賀銀行筑邦銀行2009年(平成21年)1月から基幹システムを日本ユニシス製「BankVision」を採用し共通化している。また十八銀は先陣を切り同年1月4日勘定系システムを移行した[4][5]

格付け[編集]

株式会社日本経済研究所による十八銀行の格付けは、「A / 安定的」となっている[6]。格付け対象は、長期優先債務または長期優先債務に準ずるもの。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 高さが屋上まで40.55m、塔屋まで51.9mで、当時長崎県下一の超高層ビルであった。
  2. ^ 1966年(昭和41年)11月24日に魚の町の広高商店内に設置。

出典[編集]

  1. ^ “長崎や熊本、塗り替わる金融地図 ふくおかFG 統合5年の変革(中)”. 日本経済新聞. (2012年4月27日). http://www.nikkei.com/article/DGXNASJC2402Q_V20C12A4LX0000/ 2014年5月22日閲覧。 
  2. ^ “十八銀行、法人営業を強化 11年度に要員倍増”. 日本経済新聞. (2011年3月11日). http://www.nikkei.com/article/DGXNASJC1001P_Q1A310C1LX0000/ 2014年5月22日閲覧。 
  3. ^ 「市制百年 長崎年表」(1989年(平成元年)4月1日, 長崎市役所)現代の長崎 p.360
  4. ^ 十八銀行で日本ユニシスの新勘定系システムが稼働開始 IT Leaders編集部 - 2009年1月6日
  5. ^ 新勘定系システム「BankVision(バンクビジョン)」が稼動開始 十八銀行
  6. ^ News Release (PDF)”. 日本経済研究所 (2012年7月20日). 2012年8月11日閲覧。

参考資料[編集]

  • 「市制百年 長崎年表」(1989年(平成元年)4月1日, 長崎市役所)
  • 「十八銀行130年の歩み」(2008年(平成20年)3月, 十八銀行総合企画部)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯32度44分35.376秒 東経129度52分29.381秒