森勇介

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名前
愛称 ユウスケ[1]
カタカナ モリ ユウスケ
ラテン文字 MORI Yusuke
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1980年7月24日(31歳)
出身地 静岡県清水市
(現:静岡市清水区
身長 175cm[1]
体重 74kg[1]
選手情報
在籍チーム 東京ヴェルディ
ポジション DF (SB)
背番号 19
利き足 右足[1]
クラブチーム1
クラブ 出場 (得点)
1999-2000
2001-2002
2002-2004
2005-2010
2011-
ヴェルディ川崎
ベガルタ仙台
京都パープルサンガ
川崎フロンターレ
東京ヴェルディ
6 (0)
40 (1)
30 (0)
133 (6)
30 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。2011年12月12日現在。
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森 勇介(もり ゆうすけ、1980年7月24日 - )は、静岡県清水市(現:静岡市清水区)出身で、東京ヴェルディ1969所属のサッカー選手。ポジションディフェンダー

目次

[編集] 来歴

中学時代は清水エスパルスジュニアユースチームに所属。清水東高校を卒業後、1999年にヴェルディ川崎(現:東京ヴェルディ)へ入団。

2001年、当時J2のベガルタ仙台へ移籍し、右サイドバックのレギュラーとしてチームのJ1昇格に貢献する。翌2002年、シーズン途中で解雇された。

その後、京都パープルサンガを経て、2005年に川崎フロンターレに移籍。同年11月20日セレッソ大阪戦ではベンチから審判に向かって暴言を吐いたとして、試合に出場していなかったが退場処分となった[2][注釈 1]

2007年3月17日の横浜FC戦で、途中交代の際にピッチ際の給水ボトルを蹴飛ばし、2度目の警告を受けて退場となった[3]。翌日には頭を丸刈りにして反省の弁を述べたものの、川崎はこの問題に対し、直後の試合であるAFCチャンピオンズリーグバンコク・ユニバーシティ戦のメンバーから外した。

2009年7月11日、第17節アルビレックス新潟戦において左肘で松下年宏の顔面を打った行為とレッドカードを受けた後の態度・振る舞いが「暴行・脅迫および一般大衆に対する挑発行為」であるとして2試合の出場停止処分を受けた[4][5]。同年8月1日、多摩川クラシコで前半、マッチアップしていた長友佑都に対し、肘打ちをした映像がJリーグアフターゲームショーで取り上げられ、野々村芳和が苦言を呈した。同年11月のヤマザキナビスコカップ決勝戦後の表彰式において、川崎フロンターレの一部選手が不適切な行動をとったことが問題となった[注釈 2]。その際にガムをかみながら表彰式に臨んだ森は特に問題視されたため、チームは1試合の出場停止処分を下した。

2010年5月16日のジュビロ磐田戦では、ボールのないところで朴柱昊を蹴ったことが「乱暴な行為」、審判員の目の届かない場所で当該行為に及んだことが「その他、きわめてスポーツマンらしくない行為」に相当するとされ、2試合の出場停止を受けた[6][注釈 3]同年9月29日のヤマザキナビスコカップ準決勝1stレグのジュビロ磐田戦では、試合開始早々に同じく朴にかなり悪質なタックルを仕掛け、朴は腓骨を骨折し負傷退場となった[8][9]。12月7日、川崎の公式サイトにて来季の契約を更新しないことが発表された[10]

2011年より、古巣である東京ヴェルディへ移籍[11]。2000年のV川崎時代以来11年ぶりの復帰となる。

[編集] 評価

  • 2010年4月にはラモス瑠偉がコラムで日本代表に呼んでほしいプレイヤーとして挙げ「今の調子を見たらすごくいいのは、川崎の森」「暴走が心配なら呼んで話をすればいいんですよ」「何でアイツをヴェルディから出しちゃったのか」と評価した[12]
  • 2010年限りで川崎での契約が非更新となった理由について、地元紙の神奈川新聞は、森は守備面に課題があり、失点減を目指す来季構想にそぐわないため、と報じた[13]
  • 2011年より東京Vに加入するにあたって、スポーツニッポンは、東京Vの羽生英之社長が「君にフェアプレー賞を獲らせたい」と森を口説いたと報じた[14]

[編集] 所属クラブ

ユース経歴
プロ経歴

[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
1999 V川崎 24 J1 1 0 0 0 2 0 3 0
2000 3 5 0 1 0 0 0 6 0
2001 仙台 18 J2 29 1 2 0 0 0 31 1
2002 仙台 18 J1 11 0 4 0 - 15 0
京都 15 J1 1 0 - 0 0 1 0
2003 京都 29 J1 11 0 4 1 0 0 15 1
2004 J2 18 0 - 0 0 18 0
2005 川崎 25 J1 3 0 1 0 3 0 7 0
2006 19 28 0 7 0 2 0 37 0
2007 30 1 5 0 4 2 39 3
2008 17 3 4 0 2 0 23 3
2009 30 0 4 0 1 0 35 0
2010 25 2 4 0 3 0 32 2
2011 東京V 18 J2 30 1 - 1 0 31 1
2012 19 -
通算 日本 J1 162 6 34 1 17 2 213 9
日本 J2 77 2 2 0 1 0 80 2
総通算 239 8 36 1 18 2 292 11
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2007 川崎 19 6 0
2009 7 0
2010 6 0
通算 AFC 19 0

[編集] 経歴

[編集] 脚注

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注釈
  1. ^ Jリーグにおいて試合不出場で退場処分を受けた選手は中西哲生平本一樹に続いて3例目。
  2. ^ 詳細については2009年のJリーグカップ#表彰式での悪態騒動を参照。
  3. ^ さらに、「クラブ独自の処分」として2試合の出場停止処分を受けたため、計4試合の出場停止に至った[7]
出典
  1. ^ a b c d 選手・スタッフプロフィール 川崎フロンターレオフィシャルウェブサイト
  2. ^ J1 第31節 退場に伴う森 勇介選手(川崎F)の出場停止処分について Jリーグ公式サイト、2005年11月22日
  3. ^ 出直し - フロンターレ日記、2007年3月21日
  4. ^ ゲーム記録・速報 2009/J1リーグ第17節 vs.アルビレックス新潟 川崎フロンターレ公式ウェブサイト
  5. ^ J1 第17節 退場に伴う 森 勇介選手(川崎F)の出場停止処分について Jリーグ公式ウェブサイト、2009年7月15日
  6. ^ 2010Jリーグディビジョン1 第12節の行為に対する森 勇介選手(川崎F)の出場停止処分について Jリーグ公式サイト、2010年6月2日
  7. ^ 森勇介選手の処分について 川崎フロンターレ公式ウェブサイト、2010年6月2日
  8. ^ 公式記録 2010Jリーグヤマザキナビスコカップ 準決勝 第1戦 Jリーグ公式サイト、2010年9月29日
  9. ^ パク チュホ選手の負傷について ジュビロ磐田公式ウェブサイト、2010年10月1日
  10. ^ KAWASAKI FRONTALE:契約満了選手のお知らせ”. 川崎フロンターレ (2010年12月7日). 2010年12月7日閲覧。
  11. ^ 森勇介選手移籍加入のお知らせ 東京ヴェルディ公式サイト、2010年12月14日
  12. ^ 「槍」のタイプならあのヤローを呼んでくれ、ラモス瑠偉のふざけないで真面目にやれ! vol.39、2010年4月13日
  13. ^ 川崎:来季構想「相馬監督」が秒読み、森ら2選手を戦力外 神奈川新聞社、2010年12月7日
  14. ^ 森 好条件のJ1クラブに断り! 東京V復帰へ スポーツニッポン、2010年12月14日

[編集] 外部リンク

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