カンピーナス

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カンピーナス
Campinas
ブラジルの旗
Ipês lilás na coronel quirino cambuí 002.jpg
カンピナースのダウンタウン(写っている紫色の花はイペと呼ばれるノウゼンカズラ科の植物)
Bandeiracampinas.jpg Brasão da Cidade de Campinas.png
市旗 市章
位置
の位置図
座標 : 南緯23度07分01秒 西経46度33分00秒 / 南緯23.11694度 西経46.55000度 / -23.11694; -46.55000
歴史
建設 1774年7月14日
行政
ブラジルの旗 ブラジル
 地域 南東部
 州 サンパウロ州
 市 カンピーナス
地理
面積  
  市域 887km2
標高 685m
人口
人口 (2006年現在)
  市域 1,059,420人
    人口密度   1,491.4人/km2
その他
等時帯 UTC-3 (UTC-3
夏時間 UTC-2 (UTC-2
公式ウェブサイト : Prefeitura Municipal de Campinas

カンピーナス(Campinas)(IPA: [kɐ̃ːˈpinɐs]) は、ブラジル南東部サンパウロ州の都市。標高約700mの高原に位置する。サンパウロにつぐ同州第二の都市。人口99万人(2003年)。

歴史[編集]

当初カンピーナスは、ブラジルの奥地開拓者(バンデイランチス)の基地として建設され、カンピーナス・ヂ・マト・グロッソと名付けられた。最初の入植はフランシスコ・バヘット・レメ・ド・プラドの下1739年から1744年の間に行われた。

1797年には町に昇格し、名称もヴィラ・ヂ・サォン・カルロスに変更されたが、1842年に市に昇格した際にカンピーナスとなった。

初期のカンピーナスの主産業は農業で、肥沃な土壌を利用して主にサトウキビやコーヒーの栽培が行われていた。しかし19世紀後半に入るとコーヒーの需要が伸び、市の人口は飛躍的に増加した。空前のコーヒー景気の中1872年にはパウリスタ鉄道会社が設立され、カンピーナスはブラジル有数の大都市へと成長した。20世紀に入って黄熱病が流行し、人口の3割を失う大きな打撃を受けたが劇的な復興を見せ、「不死鳥の町」として広く知られるようになった。

1930年代になるとコーヒーの価格が暴落し、代わりに工業が盛んになった。工業の急速な発展は労働力の需要を大きく増加させ、カンピーナスにはイタリアを始めとした多くの国々からの移民が流入した。また1970年代から1980年代にかけてはブラジル国内からの大規模な人口の流入が見られ、その都度カンピーナスは大きく発展した。その発展の目覚しさはしばしば同州のサンパウロ市に対して「西方の姫君」と形容されるほどであった。さらに市内には数多くのバスターミナル(ホドヴィアーリア)が建設され、カンピーナスは陸上交通の要所としても特筆すべき発展を見せた。その他カンピーナスにはハイテク産業が集中し、多くの優れた教育・研究機関も設立された。

しかしながら、1998年以降カンピーナスから工場が大量に移転した為、依然としてハイテク産業や諸研究機関の中枢ではあるものの、現在では商業が主産業となりつつある。

経済[編集]

おもな工業製品は織物、機械、農業機器。

教育[編集]

おもな大学カンピーナス・カトリック大学1941年創立)、カンピーナス大学1962年創立)。

交通[編集]

サンパウロブラジリアを結ぶ幹線道路が通る。また、100km強の距離であるにもかかわらず、ヴィラコッポス国際空港とサンパウロ市内のコンゴニアス国際空港との間に航空便がある。

姉妹都市[編集]

外部リンク[編集]