ブラウブリッツ秋田

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
TDKサッカー部から転送)
移動: 案内, 検索
ブラウブリッツ秋田
原語表記 ブラウブリッツ秋田
愛称 ブラウブリッツ、BB
クラブカラー    
創設年 1965年
所属リーグ 日本フットボールリーグ
ホームタウン 秋田市由利本荘市にかほ市
を中心とする秋田県全県
ホームスタジアム 仁賀保グリーンフィールド
運営法人 秋田フットボールクラブ株式会社
代表者 外山純
監督 横山博敏
公式サイト 公式サイト
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

ブラウブリッツ秋田(ブラウブリッツあきた、Blaublitz Akita)は、秋田県を本拠地として活動するサッカークラブである。

2009年まではTDKサッカー部(ティーディーケーサッカーぶ)であった。

目次

[編集] 概要

秋田フットボールクラブ株式会社
AKITA FOOTBALL CLUB Co.,Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 010-0951
秋田県秋田市山王3丁目1-7
東カンビル4F
設立 2009年9月12日
業種 サービス業
事業内容 サッカークラブの運営
代表者 代表取締役社長 外山純
資本金 1,740万円
外部リンク http://blaublitz.jp/
テンプレートを表示

TDKサッカー部として創部され、長らく実業団チームとして東北社会人サッカーリーグ日本リーグ2部JFLなどのリーグで活動。TDKが不況による業績不振に伴い、2009年シーズンでサッカー部の運営から撤退することになったため、TDKと秋田県サッカー協会の協議により、2010年よりクラブチーム化され「ブラウブリッツ秋田」に移行することとなった。将来的にJリーグ加盟を目指しており、実現すれば北東北初のJリーグチームが誕生することとなる。

クラブ名のブラウブリッツは、「ブラウ」はドイツ語で「青」、ブリッツは「稲妻」の意味であり、「青い稲妻」を表している。

エンブレムは、TDKサッカー部を受け継いだ経緯から形状は変更せず、秋田のなまはげと稲妻(ブリッツ)を取り入れたものである。

ホームスタジアムは、にかほ市仁賀保グリーンフィールドが中心で、試合により秋田市八橋運動公園陸上競技場西目カントリーパークサッカー場を使う場合もある。

運営法人は秋田フットボールクラブ株式会社で、初代社長には秋田県サッカー協会副会長の外山純が就任した。

2010年現在、10人のプロ選手、3人のTDKの社員選手、10人のアマチュア選手が在籍している。

[編集] 歴史

1965年TDKのサッカー部として創部。東北社会人サッカーリーグには1982年より加盟し、日本リーグ2部にも2シーズン在籍した経験がある(1985/86年1986/87年)。

東北社会人リーグ優勝11回、天皇杯16回出場の実績を誇る。東北2部リーグに同好会(サテライト相当)チーム「TDK親和会」が属している。

2006年度の東北社会人1部リーグでは5連覇となる優勝を決め、全国地域リーグ決勝大会への出場権を得る。その全国地域リーグ決勝大会では、グループリーグ1位で22年ぶり2度目の決勝ラウンドへの進出を果たした。さらに決勝ラウンドでは、引き分けによるPK戦で連勝する底力を見せ、FC岐阜V・ファーレン長崎ファジアーノ岡山といった強豪を押しのけ優勝し、悲願のJFL昇格を成し遂げた。

2007年3月12日、当時TDK SCの監督を務めていた小松勉が、早くJリーグに加盟できるように頑張りたいと明言した[1]

2009年2月2日、TDKが不況による業績不振に伴う経費削減の一環として、JFLの2009年シーズン終了をもって同社サッカー部の運営から撤退し、2010年からクラブチームに移行する方針である事が明らかになった。[2][3]

2009年5月14日、TDKや秋田県サッカー協会などはクラブ化にするため、「TDKSCクラブ化実行委員会」を設立したと発表した。同委員会がクラブ化に向け、スポンサーの発掘や収入計画を策定、8月にはチームを運営する株式会社を設立し、移行する。Jリーグ準加盟申請をする意向であったが、2009年12月に、ホームスタジアムの規模や経営体制、観客数など不十分な面があることから、準加盟申請しても許可される見通しがたたないとして、準加盟申請自体を見送ることになった。[4][5]

2009年9月12日、新チーム運営会社の設立総会が行われ、運営会社の名称は「秋田フットボールクラブ株式会社」に決定。チーム名は103通の公募の中から、「ブラウブリッツ秋田」に決定した。チームの母体であるTDKもメインスポンサーとしてつく見込み。[6]

2010年12月17日、クラブ側が八橋陸上競技場をホームスタジアムとして秋田県や秋田市と調整していたが、スタジアムの確保及び改修の目処が立たないために2011年もJリーグ準会員申請を見送ることとなった[7][8]

2011年11月30日、2012年のJリーグ準加盟申請を再び見送りとなった。ホームスタジアムとして予定している八橋陸上競技場の改修の目処が立っていないためである[9]

[編集] 成績

年度 カテゴリ 順位 勝点 試合 得点 失点 得失 天皇杯 監督
1982 東北 優勝 25 14 11 3 0 41 12 +29 -
1983 優勝 27 14 13 1 0 76 13 +63 -
1984 優勝 23 14 11 1 2 50 15 +35 1回戦
1985 JSL2部・東 12位 2 10 0 2 8 10 34 -24 -
JSL2部・下位 1 4 0 1 3 2 14 -12
1986 JSL2部・東下位 15位 1 20 0 1 19 13 65 -52 -
1987 東北 3位 22 14 10 2 2 51 15 +36 1回戦
1988 優勝 24 14 12 0 2 48 13 +35 1回戦
1989 優勝 24 14 11 2 1 49 11 +38 1回戦
1990 2位 21 14 9 3 2 31 13 +18 -
1991 3位 17 14 8 1 5 27 26 +1 -
1992 5位 14 14 6 2 6 18 24 -6 -
1993 5位 11 14 4 3 7 22 30 -8 -
1994 5位 11 14 3 5 6 18 28 -10 -
1995 5位 13 14 4 5 5 20 23 -3 -
1996 5位 14 14 6 2 6 25 24 +1 1回戦
1997 東北1部 3位 20 14 6 2 6 28 27 +1 -
1998 3位 25 14 8 1 5 30 18 +12 1回戦
1999 2位 26 14 7 5 2 35 13 +22 1回戦
2000 優勝 35 14 11 2 1 41 11 +30 1回戦
2001 2位 29 14 9 2 3 41 12 +29 -
2002 優勝 40 14 13 1 0 39 6 +33 1回戦
2003 優勝 29 14 8 5 1 38 12 +26 2回戦
2004 優勝 34 14 11 1 2 43 10 +33 1回戦
2005 優勝 29 14 9 2 1 36 10 +26 1回戦
2006 優勝 42 14 14 0 0 58 7 +51 2回戦
2007 JFL 13位 42 34 11 9 14 49 47 +2 4回戦 小松勉
2008 13位 41 34 10 11 13 48 47 +1 1回戦 佐々木寿生
2009 10位 46 34 14 4 16 39 54 -15 1回戦
2010 8位 51 34 14 9 11 54 41 +13 2回戦 横山博敏
2011 14位 37 33 10 7 16 38 52 -14 2回戦

[編集] 獲得タイトル

[編集] 個人

日本フットボールリーグ

[編集] ホームスタジアム・練習場

[編集] ホームスタジアム

[編集] 練習場

  • TDK総合スポーツセンター (にかほ市)

[編集] ユニフォーム

ユニフォームの色
カラー シャツ パンツ ストッキング
FP(1st)
FP(2nd) シルバー シルバー シルバー
GK(1st)
GK(2nd)
FP 1st
FP 2nd
GK 1st
GK 2nd

[編集] チームカラー

[編集] ユニフォームスポンサー

提出箇所 スポンサー名 表記 提出年 備考
TDK TDK 2010年-
背中 秋田県 あきたECOらいす 2011年-
鈴江コーポレーション SUZUE 2010年-
パンツ 佐藤養助商店 稲庭うどん佐藤養助 2011年-

[編集] ユニフォームサプライヤ

[編集] トレーニングウェアスポンサー

[編集] 歴代ユニフォームスポンサー年表

年度 背中 パンツ サプライヤー
2010 TDK SUZUE -/スポーツ立県あきた ユーアイ警備保障 hummel
2011 あきたECOらいす 稲庭うどん佐藤養助

[編集] 歴代在籍選手


[編集] 関連

[編集] 外部リンク

[編集] 脚注

[ヘルプ]
個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語