宮沢正史

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宮沢 正史
名前
愛称 ミヤ、マーシー
カタカナ ミヤザワ マサシ
ラテン文字 MIYAZAWA Masashi
基本情報
国籍 日本
生年月日 1978年4月24日(31歳)
出身地 山梨県
身長 174cm
体重 68kg
血液型 B型
選手情報
在籍チーム 大分トリニータ
ポジション MF
背番号 32
利き足 左足
クラブチーム1
クラブ App (G)
2001-2006
2007
2008
2009
FC東京
大分トリニータ
ベガルタ仙台
大分トリニータ
112 (11)
6 (0)
2 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2008年12月8日現在。
Template(ノート 解説)サッカー選手pj

宮沢 正史(みやざわ まさし、1978年4月24日 - )は山梨県出身、Jリーグ大分トリニータ所属のプロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー、中でもボランチの位置を得意とする。


目次

[編集] 来歴

帝京第三高等学校中央大学を経て2001年FC東京に入団。初年度はトップでの出場機会が少なかったが、翌2002年原博実監督が就任するとレギュラーに抜擢され、Jリーグ優秀新人賞を受賞するなど活躍。特にコーナーキックフリーキックなどセットプレー時に宮沢が蹴るボールはFC東京の得点源となった。また中盤からの攻撃の第一歩となるロングパス、サイドチェンジの正確なボールを蹴る点も大きな特徴であり、原監督の目指す両サイドをワイドに使ったサッカーに欠かせない選手に成長した。

2004年シーズンからチームに加入した今野泰幸や、ユース出身の梶山陽平の台頭により控えに回ることが多くなり、2007年大分トリニータへ出場機会を求めて完全移籍したが、開幕時こそスタメンだったもののドイスボランチとしての連係がうまくいかないなどで、控えに回ることが増えた。左サイドとしてプレーしたこともある。2008年は1年間の期限付きでベガルタ仙台へ移籍していたが、リーグ戦2試合と天皇杯1試合のみの出場にとどまった。

2009年、大分に復帰。

[編集] プレースタイル

中盤の低い位置から左足で繰り出される長短のロングパスの精度は一級品。両サイドに低く速い弾道で正確なパスを通し、サイドアタックの基点となる。またフリーキックの精度も高く、味方に合わせるだけではなく直接ゴールを狙うことも多い。コーナーキックのキッカーも務める。ただ、大学時代はトップ下の選手だったことから、守備はあまり得意ではなく、近年サブが多くなっている原因となっている。

[編集] 所属チーム


[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2001 FC東京 25 J1 1 0 3 0 1 0 5 0
2002 FC東京 16 J1 29 4 7 3 1 0 37 7
2003 FC東京 16 J1 29 4 8 1 2 0 39 5
2004 FC東京 16 J1 18 0 4 0 2 0 24 0
2005 FC東京 16 J1 15 2 5 0 1 0 21 2
2006 FC東京 16 J1 20 1 2 0 1 0 23 1
2007 大分 14 J1 6 0 3 0 1 0 10 0
2008 仙台 6 J2 2 0 - 1 0 3 0
2009 大分 32 J1 4 0
通算 日本 J1 118 11 36 4 9 0 163 15
日本 J2 2 0 - 1 0 3 0
総通算 120 11 36 4 10 0 166 15

[編集] 代表歴

1999年 ユニバーシアード日本代表

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